Destruction10―「灰燼戦場」
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○黒い画面
轟音、キノコ雲のエフェクト、核爆発。黒から白に染まる画面。
白い画面が徐々に色付き、焼け焦げた地面が顕になる。その地面を
踏みしめる、鋼の、異形の足。
焼け焦げた大地を進軍する、様々な生物の姿を模した、異形の軍勢。
破導獣軍団である。
その破導獣軍団を率いる、1機の人型の機体。幾百と開発された破導獣の
頂点として誕生した機体、破導獣ダンサイバーである。
遮那・モノローグ(以下M)「すべての地上は、戦場と化した――」
★
カットバック、世界中での戦闘の模様。
ニューヨーク、袈裟切りに裂かれ、斜めに崩れ落ちる自由の女神像を
挟み、対峙する破導獣軍団とICON無人兵器軍団の軍勢。
遮那・M「世界は、二人の大罪人により二色に染め上げられてしまった」
雲海に浮かぶ、破導獣軍団母艦、烈華翁。その周囲を取り巻く
ダンサイバーの群れ。艦橋アップ。配下である皇 黄金(すめらぎ こがね)
を従え、悠然と笑む三枝博士。
遮那・M「かつて日本を影から支配した怪老、西皇浄三郎48人の子の
ひとり、三枝小織博士」
★
モスクワ、炎に染まる都市の中、建物をことごとく突き崩しつつ、
破導獣と無人兵器の小競り合いが始まっている。
遮那・M「そして、同じく西皇48人の子のひとりであり、巨大軍事結社
ICONを指導者イオナの手から奪い牛耳った元幹部――」
洋上、上空を飛び交う無人兵器に守られる巨大人工島、ICON本部。
その司令室にて薄く笑っている金髪の青年。
遮那・M「サイレント・ボーンストリング。本名西皇 静」
★
パリ、ロンドン、シドニー…。世界中の大都市で、都市を炎に染め上げ
果てしなく続く戦闘。まさに地獄絵図。
遮那・M「怪老の落し種たるふたりが、世界を二分してそれぞれの戦争の
頂点に立つ。青図面を怪老が描いたとすれば、何たる壮大にして悪意的な
構図であろうか」
★
二大勢力争う戦場に、介入しようとする各国の戦闘機軍。だがことごとく
無人兵器〈空骸邪〉、そして鳥類を象った破導獣の群れに撃ち落されていく。
遮那・M「この一方的に始まった戦争に対して、もちろん世界の大国もただ
黙ってはいなかった」
★
洋上、集まった大艦隊、次々と水柱を上げ撃沈していく。艦の残骸が
沈んでいく海中、悠々と進む魚類、爬虫類といった形状の破導獣の群れ。
★
砂漠、重型無人兵器〈邪骸怒〉の両手が戦車の一台を持ち上げ、撤退する
戦車部隊の中央に投げつける。上がる大爆発。集まる戦車部隊を踏み潰し、
進軍する無人兵器軍団。
遮那・M「だが、核を頂点とするあらゆる大量破壊兵器を無効としてしまう
超技術の悪魔の軍勢に対し、圧倒的に物量で勝るはずの大国の兵器類は、
あまりに無力だった」
★
衛星軌道上、地表に砲口を向けているレーザー攻撃衛星。衛星のカメラ
視点、徐々に地上へとズームしていく画面、重火器を構え進軍する
〈邪骸怒〉をアップで捉える。突如そのカメラの視界の中、目線を振り仰ぐ
〈邪骸怒〉。両手で重火器〈ヘヴンズ・パニシュメント〉を構える。
画像、攻撃衛星を俯瞰。地上からの火線の一撃に貫かれ、爆発する攻撃
衛星。画像、パンして地球へ。大陸に次々と輝く赤い光点。大陸上の
あらゆる場所にて、絶え間なく…。
遮那・M「二人の大罪人同士の戦争は膠着状態に陥り、地上を破壊で
蝕みながらも3ヵ月が経とうとしていた」
★
蒼空。高速で飛行するスマートなフォルムの戦闘機。遮那の機体、
シーバス・リーガルである。
コクピットの中、凛とした表情にて、操縦桿を握る遮那。
遮那・M「そして、私は――」
○サブタイトル「Destruction 10 ― 灰燼戦場
○関東近郊、地方都市
建物という建物がことごとく瓦礫と化し、焼け野原となっている街。
ハア、ハア、
息遣いも荒く、布包みを小脇に抱え、走っている少年。その後を、
待て! と怒号を上げて追う、数人のヤクザな風体の大人たち。
逃げる少年の脚が、瓦礫から突き出た捻じ曲がった鉄筋に引っかかる。
うわ、とひと声上げて地面に倒れる少年。だが、たちまち追って来た
大人達に取り囲まれる。
取り囲まれながらも、ちっ、と大人達を睨み返す少年。
ヤクザ1「もう逃がさねえぞこのガキ!」
大人のひとり、少年の襟首を掴み上げる。一発殴り飛ばされ、切れた
口元から血を流しつつ地面に転がる少年。だが、それでも小脇に抱えた
包みは意地でも放していない。
ヤクザ1「いつもいつも食い物かっぱらっていきやがって、どこの乞食だ
コラァ!」
ヤクザ2「二度と悪さできねえよう、腕の1本へし折ってやるぜ」
恰幅のいいサングラスに禿頭の男が、殴り倒された少年の手首を掴み
上げようとする。と、
???「そこまでに…してやって、くれないか」
くぐもったような声が、大人達を諫める。頭までマントで覆った、
ひとりの男が横から現れる。
男の風体に、一瞬言葉を失う大人たち。その顔は、半分が包帯で覆われ、
如何な凄絶な場面に遭遇したのかマントから覗く頭髪は真白く染まっている。
???「…確かに、食料を盗んだこの子も悪いが、こんな子供にまで食料を
高値で売りつけるあんた達のやりかたもどうかと思う」
ヤクザ1「ンだとォ…」
マントの男の言葉に、取り囲む対象を少年から彼へと変える男達。
少 年「ユウ…」
少年、自らを救いに入ったマントの男の名前を呼ぶ。
○洋上、ICON要塞島
広大にて薄暗い司令室。各コンソールパネルが人間不在のまま
めぐるましく明滅し、読む者もいないデータ類をパネルに明滅させている。
その場にただひとりだけいる人間。司令室の中央席にて、眼前の大型
スクリーンに映し出されている無数の赤点で彩られた世界地図と、複数の
小モニタ内に展開している各地での戦闘の模様を見据えている若者。
いまやこの要塞ただひとりの人間でありながら、世界を蹂躙する張本人
のひとり、ボーンことサイレント・ボーンストリングである。
ボーン「――戦況をどう見る? 斑(まだら)三兄弟」
ボーンの呼びかけに答え、その背後に出現――否、立体画像として投影
される三人の人影。肉体を失い今や、ボーン率いる軍勢の中核となる
三つの戦闘機械頭脳と化した、かつての世界最凶の暗殺者、斑三兄弟
である。
無言にて立ち尽くす不動の巨漢、斑人三郎。きひひ…と凶暴な笑みを
たたえる小男、斑地二郎。三人の中央にて腕組む細身の剣士、斑天一郎。
天一郎「さして不利な状況ではない。だが、決して優勢な状況でもない」
長男、天一郎が応える。「奴等が絶対の盾を持つ軍団なら、こちらは最強の
矛を手にする軍勢。だが結局は戦況を膠着させる材料でしかない。今の
ままでは地上を焼き尽くしながらの消耗戦が続くだけだぞ、我等が主」
地二郎「ヒヒ…チチ地球が燃えちまうまでよォ、ナ、何人ブッ殺しときゃ
イイ? きひひ…」
天一郎「何より…柾 優とガイオーマ、これらを失ったことは痛手だ」
○関東近郊、地方都市
食料を盗んだ少年を庇うように立ち、黙って男達に殴られ続ける、
ユウと呼ばれたマントの男。だが、その足元をふらつかせるでもなく、
平然と彼等の拳を身体に受け立ち尽くしている。
天一郎の声「現状を大きく優勢へと覆すことができる、最強の駒をな」
○洋上、ICON要塞島
ボーン「仕方ないさ。ブラック・スフィアは姉さんが、僕には指導者
イオナから得られた異星文明の技術が。この戦争が始まる前から、お互い
の手駒と決めていたルールだ。どのみち危険極まりない“本物の”
ブラック・スフィアなど存在させるつもりもなかった」
カットバック。小笠原諸島洋上、関東平野を消滅させた閃光の中に
消えていくガイオーマ。
ボーン「そして姉さんも、“本物の”ブラック・スフィアを孕む
ザンサイバーを“進化の刻印”ごと自ら始末した」
カットバック。太平洋上に浮上した烈華翁とダンサイバーの群れに
突っ込んでいくザンサイバー。だが、そのザンサイバーを襲う
ダンサイバーの群れの一斉攻撃。手にした銃が、破甲刀が、
ザンサイバーの装甲を抉り、裂き、砕いていく。力尽き、海へと堕ちる
ザンサイバー。
ボーン「お互い、この地上にもはや畏れるものなどないというところかな」
機械頭脳の投影する立体映像にも拘らず、ふっ、とほくそ笑む天一郎
天一郎「主――せいぜい油断しないことだ」
ボーン「何と?」
天一郎「戦線がもはや地球全土を覆うとも、所詮は貴殿と姉上、二人の
人間の戦いよ。人と人との戦いは、些細なところから思わぬ結果を
もたらすぞ。特に、追い詰められた手負いの者との戦いはな」
○破導獣軍団母艦、烈華翁
三 枝「――そして弟を追い詰めるのは私のほう。そうしたら、あの子が
この膠着を突き破るどんな手段を持ってくるのか、楽しみでもあるわね」
さも可笑しげに、その美貌を歪ませ微笑む三枝博士。
数十機のダンサイバーを周囲に取り巻かせて、雲海に浮かぶ巨大母艦
烈華翁。その艦内指揮所。三枝と傍らに立つ黄金の眼前、特別拘束
されている訳でもなく、戦況を映すスクリーンの群れを見つめている…
捕囚、時実博士。
三 枝「それにしても…あの状況で逃げずにここに残り、あまつさえ私の
補佐すら買って出るか」
カットバック。“十字の檻(クロスケイジ)”司令室、拘束されて
転がされている時実と遮那。救出に飛び込んでくる月島蘭子。蘭子の肩を
借りて立ち上がる遮那に対し、自らは救出の手を拒む時実。
三 枝「自分が私に殺されるかもとは思わなかったのかしら?」
時 実「君は私を殺しはしないさ」状況に関わらず、どこか余裕のある
表情の時実。「――君は、自分の納得がいかない存在は、理解しうるまで
始末はしない。そういう人間だからね」
三 枝「ずいぶんと私のことに詳しいのね…まるで、本物の時実の
おじさんだわ」
カットバック。遺影に収まる若き日の時実。葬式の風景。喪服に身を包み
棺の中の死顔を見つめる、少女時代の三枝。
三 枝「あなたの目的は、何?」
時 実「まずはこうして君の興味を引き、この烈華翁という安全圏の中で
生き残ること。そして、この艦に積まれた“ブラック・ファイア
プレイス”の正体を知ること」
その言葉に、三枝の眉が吊り上る。
時 実「“進化の刻印”同様のブラック・スフィア発動パルスを人為的に
発生させ、疑似ブラック・スフィアを無数に起動させる超次元干渉
システム…“進化の刻印”なしに擬似ブラック・スフィアの起動に
行き着けなかったはずの君が、如何にそれだけのシステムを用意
しえたのかそしてその正体は何なのか、ましてその発動に関東平野を
消し去るほどの莫大な次元波動エネルギーが必要だったのは何故か。
科学者の端くれとしては、興味をそそられるところだからね…」
哄笑する三枝。
三 枝「そうね、ある意味ブラック・ファイアプレイスは私の生涯の
最高傑作だわ! だけど、もし本当に時実のおじさまが生きていた
としてもそれを理解することなど出来ない! できっこない! あれは
私のもの、あの子との戦争を勝ち残り、世界の理すら塗り替えるために
必要なもの――」
きっ、と哄笑を止め、睨むような眼差しを時実に向ける。
三 枝「そうよ…私は勝ち残り、この世界の王となる…」振り向く。
そこに、黙して三枝を見つめる、黄金の顔がある。「世界の王となる
者は…絶対の理すら越えて、自分の望みを、叶えることが出来るから…」
視線を交わす、三枝と黄金。そこに無言の盟約があるように。
時 実「ある意味では…君と私の目的は、一致しているのだな」ふと、
自嘲を漏らす時実。「この世界の理を…狂った輪を、断ち切ることさ…」
○東南アジア、ジャングル上空
森林のあちこちから火災が上がり、空に黒煙を燻らせている。ここでも
戦闘は起こったのだ。焼けた大地の上、横たわっている数機の破導獣、
あるいは無人兵器軍の残骸。その、1機の破導獣の残骸に突き込まれる、
鋼鉄の貫手。その貫手が破導獣の残骸の中から何かを掴み取り、外へと
掴み出される。鋼鉄の掌に収まる、ドーナツ状のデバイスで囲まれた、
直径50センチといった黒い球体。破導獣軍団の動力源たる擬似ブラック・
スフィアだ。
擬似ブラック・スフィアを掴み出した機体の全貌が顕になる。両肩に
長大な飛行用ブースターを、胸部に2枚の半月のごとき形状の重力
デフレクターを装備した機体、シーバス・リーガルである。その機体、
頭部コクピット内にて渋い表情を作っている月島蘭子。
蘭 子「これだけの潰し合いが行われた場所で、無事に回収できるのは
これだけか…」
と、周囲の森林ががささ…とわななく。その燃え残った森林から、
上空へと背の翼を広げて跳び出す三つの影、
は、と上を向くシーバス・リーガル。空に響く、きひひ…という下卑た
哄笑。斑地二郎の人格が移植されたICONの無人多肢兵器、〈空骸邪〉
だ。
空骸邪1「現れやがった現れやがったァッ! 残飯あさりの仔猫ちゃんよ
ォォッ!」
空骸邪2「キヒャハハハッ! きょーおのオヤツはナァーニかなーッ!」
3機の〈空骸邪〉が、宙空から一斉に手にしたライフルを撃ってくる。
瞬間、シーバス・リーガルの両肩のブースターが吼えた。
轟――! 一瞬の爆音と共に、〈空骸邪〉が気付いたときには既に3機
より遥か上空に瞬時に位置しているシーバス・リーガル。
空骸邪1「ナナナナッ…!」
空骸邪2「早えェだとォッ!」
3機が重い銃身を上方へ持ち上げる一瞬、後方に畳まれていた機種を
伸ばし、飛行形態へと変形するシーバス・リーガル。そのまま〈空骸邪〉
と一戦交えることなくブースター噴射、高速離脱を図る。
その高速にてたちまち戦空から飛び去るシーバス・リーガル。
蘭 子「残念ながら――所詮ヒトの技術だけで作られたこの機体じゃ、
あなた達には勝てないから」
空骸邪1「ニニ逃がすかァッ!」
慌て、追撃をかける3機の〈空骸邪〉。だが飛行形態となったシーバス
・リーガルの加速に追いつけるでもなく、その距離は縮まるどころか
離されていく。
と、突然後方から、その3機を横切り抜き去る黒い機影、
空骸邪1「のォッ!?」
その飛竜のごとき黒い機影、3機の前に立ち塞がるように、その機体を
黒い翼を伸ばした人型へと変形させる。
ボーンによりICONを追われた指導者イオナの懐刀、仮面の傭兵黒鬼
駆る擬似ブラック・スフィアを孕む機体、魔王骸だ。
空骸邪1「ククク黒鬼ィッ!?」
空骸邪2「ヒャヒャヒャッ! オオオ面白ぇー奴が出てきやがった
ァーーーッ!」
〈空骸邪〉の1機が、さっそくライフルを撃ち放つ。狙いたがわず連射
された砲弾のすべてが魔王骸を直撃するものの、ブラック・スフィアを孕む
機体として二次元絶対シールドを展開している魔王骸には傷ひとつ
つけられない。
黒 鬼「ひとりですら騒がしかったのが、三人も揃うともはや騒音どころか
公害だな、斑地二郎ども」
呟き、両腕の砲口を3機に向ける。連射で放たれた光弾がたちまち
先頭の1機に殺到し、まずは撃墜される1機の〈空骸邪〉。だが、残り
2機が素早く左右に散り、ライフルを捨てて背中から対破導獣突貫兵装
たる長槍、ペネトレーターを抜く。ペネトレーターを手に左右から突撃を
仕掛ける〈空骸邪〉。
黒 鬼「舐められたものだ」
魔王骸の両脛に設けられたブレード状装甲、その頂部の蓋が開き、装甲に
内蔵された武器が飛び出す。魔王骸の両手がそれを取ると、その黒色の刃が
ブーメラン状に展開する。魔王骸の新兵器、黒刃シャドウ・エッジだ。
シャドウ・エッジを左右に投げ放つ魔王骸。高速回転しながら飛ぶ
黒刃が、左右から来る〈空骸邪〉のそれぞれ、ペネトレーターを掴んだ
右腕を、背の翼を切り裂く。瞬時に得物を失ったほうの〈空骸邪〉に高速
で迫る魔王骸。胸部に鉄拳の一撃、同時、穿たれた胸の大穴にそのまま
腕先から光弾を放った。機体内部から膨れ上がるように、
宙空にて四散する〈空骸邪〉。だが、翼を裂かれた残り1機が、背部
ブースターを全開させ、推進力のみの勢いにて魔王骸へと特攻を
仕掛けてくる。
黒 鬼「愚かな」
その黒鬼のひと言どおり、その〈空骸邪〉の背に、自身の翼を切り裂き
U字に軌道を描いて飛んでいたシャドウ・エッジが、高速回転の勢いを
まったく殺さないままに突き刺さった。その一瞬を逃さず、〈空骸邪〉
へと詰め寄る魔王骸。素早くその手からペネトレーターを奪い取り、
強烈な蹴りの一撃を腹へと食らわせる。上半身と下半身、二つに割り
砕かれる〈空骸邪〉。爆発。
1分とかからず、3機の〈空骸邪〉を葬り去る魔王骸。
黒 鬼「月島蘭子、長槍を1本奪い取った。これから追いつき合流する」
蘭子の声「了解」
黒 鬼「それと――日本に向かった叶 遮那から連絡が入った」
ふん、と告げる。
○関東近郊、地方都市
焼け跡と化した街。何度となく殴られても一度たりとも反撃せず
立ち尽くしていた男、ユウの元から、ちっ、と地面に唾を吐き離れていく
ヤクザ風体の男達。食料を連中からった少年、とうとう最後まで
返さなかった食料の包みを手に、にやと笑ってユウの脇腹を小突く。
黒鬼の声「生きていたぞ――あの男が」
○瞬たちの寝倉
夜、焼け野原と化した街の一角、半分崩れた瓦礫に埋もれている
ガレージ。その開きっ放しの入り口から焚き火の明かりが漏れている。
焚き火を囲み食料を頬張っている、昼間殴られた頬の痕も痛々しい少年、
速水 瞬と横でやはり食事にありついている彼の妹、楓。そして、
目の前の食事に手をつけることなく二人の様子を見守っているかのユウ。
室内というのに、やはり白髪が覗く頭まですっぽりと身体をマントに
覆ったままだ。
瞬 「ったくウチの中でまでそんな暑っ苦しいカッコしてんじゃねーよ。
そんなもん脱げよなお前」
楓 「…お兄ちゃん、そんなこと言っちゃだめ」瞬を諫める楓。
「…それにお兄ちゃん、昼間またユウさんに助けられたんでしょ? お礼、
言ったの」
瞬 「ケッ、ひとが一発殴られてから出番待って登場してきやがって。
せめて殴られる前に助けろってーの」
楓 「…お兄ちゃん」
すっ、と立ち上がる楓。うっ、と一瞬ひるみつつ、負けじと立ち上がって
向かい合う瞬。
立つと、実は楓のほうが長身なのが判る。じっ、と、小柄な少年で
ある瞬を半分見下ろす形で見つめる楓。
瞬 「ナ、何だよ…」
楓 「お兄ちゃんが、私のためにがんばってくれてること、判ってる。
だけど、そのせいでお兄ちゃんが傷ついたり、他の人に迷惑が
いったりするのは…私、いや」言うと、ユウの目前にひざまづき、
その包帯に覆われた頬を撫でる。「…ユウさん、ごめん、なさい…
もしかして、ユウさんも、怪我したの?」
黙って首を横に振るユウ。その口元は、僅かに綻んでいる。
瞬 「ケッ、そいつウラ業者のヤクザどもに何発ぶん殴られようが
平然とつっ立ってたんだぜ。しまいにゃヤクザどもも気味悪がって
逃げてってよ、きっとこいつの身体、メカかなんかで出来てんだぜ」
楓 「…お兄ちゃん、そんなこと、したの?」
楓の静かな声に、失言を悟り、あちゃ、と口元を押さえる瞬。
改めてユウに向き直る楓。
楓 「…ユウさん、本当にごめんなさい…痛かったでしょう。身体の
ほう、大丈夫ですか?」
ユ ウ「ああ、心配要らないよ、楓ちゃん」包帯の隙間から覗く、口元を
微笑ませる。「瞬の言うとおり…僕の身体は作り物だから…ちょっとや
そっとのこと痛くはない」
瞬 「へっ、笑えねー冗談」ぶすっ、と、手にした残りの食料を一気に
口の中にかっ込む。「あーごっつぉさん。ハラも膨れたし、もう面白く
ねーから寝る」
言うと、さっさと焚き火の付近にあった毛布の中に潜り込んだ。
お兄ちゃん、という楓の抗議の声に、ぐーぐーとわざとらしいイビキを
立てて二人に背を向ける。
楓 「もう…」
○夜、地方都市、野外
深夜。静まった焼け野原、ひとり外に佇み、何するでもなく夜空を
見上げているユウ。
楓 「…ユウさん」そのユウに、握り飯の乗った皿を手に呼びかける楓。
「…お夕飯、食べて、ないよね? これ…」
ユ ウ「僕は、いいよ」その楓のほうに向き直り、応じる。「…楓ちゃんが
食べるか、明日、瞬にあげるかしてくれればいい」
楓 「でも…ユウさんも、おなか空いてるんじゃないの」
ユ ウ「…いや、食欲は、ないんだ」
楓 「でも、これは、ユウさんの分」言い、ユウのすぐ側に皿を置く。
「…昼間は、どうもありがとう。お兄ちゃんを、また助けてくれて…」
ユ ウ「何もしてないよ…ただ、突っ立っていただけさ」
楓 「…代わりに、殴られちゃったんだよね? 大丈夫?」ふう、と
溜息を漏らす。「…お兄ちゃん、スポーツ万能で身体だってよく動く
んだから、あんなことばっかりせずにちゃんと働いてくれればいいのに…」
ユ ウ「…今、この街じゃ、子供に仕事なんかないだろう?」
楓 「…そんなこと、ないよ。お兄ちゃん、今年高校出たばっかりで、
見かけだってもう立派な大人だし」
その楓の言葉に、ふと、彼女のほうを向くユウ。
楓 「身長だって、私よりうーんと大きいでしょう? 高校にいた頃は、
女の子にもててたんだ…ホントのこと言うとね、私も、ちょっと自慢
だったし憧れてもいた…」
ユ ウ「………」
その、見上げる楓の視線が、どこか虚ろ。
楓 「…こめん、おのろけ話みたい、だよね」
ううん、と首を振るユウ。
楓 「でも、ユウさん、本当にこれ、食べてね。…私、ユウさんが
ごはん食べるところ、あんまり見たことない…もしかして私、お料理、
まずい?」
ユ ウ「いや、それこそとんでもないよ。それに」ふと、視線を逸らす。
「…僕の身体は、作り物だから…もともとおなかも空かないさ」
楓 「そんなこと、ない」
言うと、楓、ユウのすぐ隣へ腰掛ける。視線を、ユウが見ている方向と
同じく空に向ける。
楓 「…初めてユウさんと会ったときも、ユウさん、お兄ちゃんと私、
助けてくれた」
カットバック。ヤクザ風の大人達に囲まれている兄弟二人を、庇うように
立つユウ。
楓 「心が冷たい人は、他の誰かを助けたり、しない。それに」
隣のユウの手を取る。冷えた指先をさすり、そこに生じた温もりを確かめる。
「ユウさんの手、暖かい。…機械とか、作り物の手なんかじゃないって、
思うから」
ユ ウ「――機械だよ。頑丈なのが取り柄の…だけど…もうこの身体は
駄目なんだ」楓の手から、自分の手を抜き、自嘲する。「支えるもの、
支えてくれるものがいないと、いざというとき錆付いて動かない、
役立たずの身体…そして僕は、この身体を支えるものを、失くして
しまったから」
楓 「支えてくれる…もの?」
と、
ガラ…、夜の静寂の中、付近の瓦礫が音を立てて崩れた。は、と
立ち上がり、楓の前に立つユウ。
その視線の先、いつの間にいたのか、細身の、着崩したスーツ姿の男。
一見昼間に遭遇したヤクザのひとりという風体。そして、その手には
何か長物を収めたと思われる布包みがある。
???「見つけたぞ。こんな焼け野原に紛れていたか」
にやり、と凄惨に笑む男。その顔には見覚えがある。斑三兄弟長兄、
斑天一郎である。手にした布包みを解き、その中身を両手に取った。
怪しく月明かりを跳ねる、二本の半月刀。怯え、ユウの背にすがりつく楓。
天一郎「生き残っていたら始末しろと、我が主の命だ。大人しく死せい」
ユ ウ「楓ちゃん、僕から離れないで、目を閉じてて」
言われたとおり、ユウのマントにしがみついたまま、きつく目を閉じる。
そこへ、両手の半月刀を手に踊りかかってくる天一郎。
ブンッ――、一瞬の風の唸り、右上段から、左脇腹から、それぞれ
揮われた半月刀がユウへと襲いかかる。が、
天一郎「むっ」
唸る。常人の目には止まらぬ速さで揮われたはずの二本の半月刀が、
それぞれ更に高速で伸びたユウの手に止められたのだ。半月刀の反り返った
背を掴み、強靭な握力で揮われた剣を止めているユウ。
天一郎「おのれ」
呻く。現状では力が拮抗し、互いに手が出せない状況。と、
瞬 「――楓っ!」
拮抗を切り裂く第三者の声。は、と声のほうを向く二人の視線。
いつの間にかそこに現れていた瞬、その目には、楓が得物を持った
ヤクザから襲われユウに庇われている様が写っている。
にや、と笑い、一瞬の隙を突いてユウの腹を蹴る天一郎。うっ、とユウの
手から掴んでいた半月刀が離れる。刹那、二本の半月刀をまっすぐユウへと
突き出す――、
天一郎「――っ!?」
その目が驚愕に見開かれた。突き出した二本の半月刀、だが、その刀身は
ユウの掴んだ部分から先がへし折られ、失われていたのだ。
瞬間、逆に天一郎の顔をひっ掴むユウ。ぎり…、幅広の半月刀を掴み
折るだけの握力が、天一郎の顔を文字通り握り潰す。
バシッ、ユウに掴まれた天一郎の顔から、火花と黒煙が上がった。
すかさず、空いた片方の拳をその胸板に叩き込む。正拳の一撃に、スーツの
胸に風穴を穿たれる天一郎。その傷口から飛び散るものは、鮮血や肉片で
なく火花やオイル、砕けたプラスチックに機械部品だ。
ユウの一撃にて完全に機能停止し、その場に崩れ落ちる天一郎――の、
姿を模した、ボーンの陣営側の機械兵。
と、ふらり、と崩れ落ちる楓。
瞬 「楓――」慌てて、倒れた楓の元へと駆け出す瞬。
「――姉ちゃんっ!」
○瞬たちの寝倉
焚き火を囲み、毛布に横たわり眠っている楓。その傍らにて、ユウに
突っかかっている瞬。
瞬 「何なんだあいつ! なんであんなのが楓を襲ってやがった
!? いや、まさか――」
ユ ウ「そうだな…奴が追っていたのは、僕だ」
瞬 「なんで、あんな奴が!」
ユ ウ「僕は、奴等にとっての目の上の瘤…いや、ただの駆除し損ねた、
ネズミ一匹かな」自嘲気味に告げる。「瞬、すぐに支度するんだ。
楓ちゃんが目を覚ましたら、この街を出る」
瞬 「待てよ、なに勝手なこと!」
ユ ウ「瞬。お前と楓ちゃんを巻き込んだのは、確かに僕だ…そして明日
にはたぶん、奴等、街を根こそぎ潰す気で襲ってくる。こんどはあんな
雑魚ひとりでなく、それこそ軍団を率いて」
瞬 「!?」
そのユウの言葉に、背筋に戦慄めいた怖気を覚える瞬。
ユ ウ「こうなったら、少なくとも僕がこの街を出て行くまで、僕から
離れないほうがいい…僕が瞬たちを守る。約束する」
瞬 「ふざけんなよ手前ぇっ!」ひときわ、大きな声で怒鳴る。
「冗談じゃねぇっ! 手前ぇナニ勝手なこと言ってやがんだ! もし、
お前のせいで、姉ちゃんに何かあったら…!」
ユ ウ「…やっぱり、そうなんだな?」はっきりと、言葉に出して、瞬に
確かめる。「楓ちゃん…瞬の妹なんかじゃ、ないんだな?」
瞬 「……」
またも、失言。しまった、という表情で、自らのしくじりを認める瞬。
瞬 「楓…姉ちゃんの、本当の兄貴は…とっくに死んじまったよ」
★
回想。住宅地の一角。その一軒家の門前から出てくる制服姿の楓と、
その長身の兄。隣家の門前から出てきたばかりの瞬がその二人の姿を
見据えている。
瞬・M「俺と姉ちゃんは、実の兄弟でもなんでもない。隣んちの姉ちゃん
だったんだよ。でも――」
突如、その通学風景の空を覆う無数の影。ICONの無尽多肢兵器群と
破導獣の群れだ。爆発、街を包む炎。
瞬・M「俺んちも、姉ちゃんちも吹っ飛んじまった。俺は、何とか
姉ちゃんだけ助け出せたけど、姉ちゃんの兄貴は…」
炎に包まれる街。気を失った楓の肩を支えて立ち尽くす瞬。その視線の
先、崩れ落ちた瓦礫の隙間から覗く、血まみれの学生服の手。
回想、非難した住民達が集まっている廃墟の中、瞬に見守られ、
ぼんやりと目を開ける楓。傍らにいた瞬と目が合う。
瞬 「姉ちゃん!」
楓 「お兄ちゃん…よかった、そこにいたのね…」
虚ろな視線を、瞬に向ける。
★
瞬 「それからは…俺が姉ちゃんの兄貴になったから。だから…俺は
…姉ちゃんを守らなきゃいけない」たまらず、喚く。「だって、姉ちゃんの
家族も、俺のお父さんもお母さんももういない! この街だけじゃなくて、
世界中がこんなんなっちまって…世界も滅んで、明日なんかもうどうなるか
判らなくて、もう、姉ちゃんを守ってやれるのは、俺しかいないから!」
うつむく。握った拳を強く固める。
まだ濁っていない瞳から、漏れる、悔し涙。
瞬 「もう…未来なんか、なんにもなくても…姉ちゃんだけは、
姉ちゃんだけは…」
ユ ウ「………」
黙って、瞬の独白を聞いているユウ。その瞬の肩を軽く叩く。
ユ ウ「僕は…お前が楓ちゃんの兄さんを名乗るのが、正しいのか
間違っているのかは判らない。だけど、楓ちゃんを守りたいなら…今は、
僕の言うとおりにしてくれ」
瞬 「…狙われているお前と、一緒に行動して、なんで安全って
言えるんだよ」
ユ ウ「この3ヵ月、ずっとそうだった…奴等は、僕の現れたところは、そ
れこそ徹底的に根こそぎ焼き尽くしていったよ。たぶん、この街も例外
じゃない。そして…そうしたとき、お前達を守れるのは、僕だけだ」
まっすぐ、瞬の目を見据える。「お前は…僕の知ってる男に、よく
似ているから」
瞬 「え?」
ユ ウ「そいつも、自分の守るもののために、命を張って戦ってきた。
でもそいつの命は、限られた残り少ないものだった。だからそいつは、
それこそがむしゃらに戦ってきた…自分が生きているうちに、自分が
守るべきものを脅かす、すべてのものを滅ぼしてやる。そんな無謀とも
いえる思いでずっと戦ってきた…だけど」
???「でも、目の前で、それを失ってしまった――」
唐突に、声がかかる。開きっぱなしのガレージの前に立っている、
コートにサングラスという風体の、まだ若い女。その女の姿を見て、
言葉を失うユウ。
???「命を賭けて、守るべきもの。自分の限られた命を支える目的。
自分の、生きていくための指針…それを失って、もう、生きるための目的も
なく、ただ朽ち果てる時を待つだけの命…でもね、彼は、私にこう言ったわ。
『俺はお前に殺されかけた。その借りを返すまでは、お前を死なせてなんか
やんねえ』って」
女、サングラスを外す。物憂げな表情の、遮那である。
遮 那「その約束は、どうしてくれるのかしらね…私は、こうも言ったから」
まっすぐと、ユウを見据える。「『君は生きなさい。その限られた命の
ギリギリまで、自分の成すべきこと、自分のささやかな夢、すべてを
叶えてみせるまで――君という人間が、確かにここに生きていたという証を
立てるまで…それまで…』」
決然と、告げる。
遮 那「『何がなんでも、生きてみなさい』」
ユ ウ「……」
その言葉に、応じられないユウ。と、
GOO…、
爆音が響いてくる。空からだ。は、とユウがガレージから表へと
飛び出しかけた瞬間、
轟――、 爆発が巻き起こった。この寝倉からそう離れない街の中心に
、次々と火の手が上がっている。暗い上空を横切る機動兵器の軍勢が、
この街へと空爆を開始したのだ。
○街の上空
キヒャヒャヒャヒャ…! 無数の、斑地二郎の声の哄笑が響き渡る。
街の上空を行く〈空骸邪〉の軍勢が、眼下の街に次々と爆撃を行っている。
上空から見える、街のあちこちを燃やしている大火と爆発。
○焼け野原
街を包む炎の中、ユウを先頭に脱出経路を求めて走る4人。まだ
ぐったりとした楓も、遮那と瞬に支えられて走っている。だが、
気付けば既に周囲は炎に包まれ、逃げるべき道もなく立ち尽くす一同。
瞬 「こんなんじゃ、もうどこにも逃げ道なんか!」
遮 那「まだ、あきらめるのは早いわよ、ぼく」
先に立つ、ユウの背中を見つめる。
遮 那「――君には、やるべきこと、約束したことがあるのでしょう?」
その背中に問いかける。「君は、まだ生きている。君は、まだ朽ちて
なんかいない。君は――守るもの、“守るべき約束”のために
戦わなければならない。そうでしょう?」
ユ ウ「――!」
は、と、さほど離れない崩れ落ちたビルの残骸を見据える。
轟轟轟…、突然、一同の足元で地鳴りが震える。
瞬 「ナ、何だ?」
ユ ウ「…そう、なのか?」
その、ユウの呟きに応えるように、崩れ落ちたビル、その瓦礫を割って、
何かが飛び出してくる。
鉤爪状の装甲に覆われた、巨大な鋼の掌。その手を天に伸ばすように、
なおも瓦礫を割り、埋もれていた何かが地上へ起き上がろうと、瓦礫の山を
崩していく。
ユ ウ「僕は…もう、戦うための理由なんか、何もないって思ってた。僕の
命の価値は…“守るべきものを守る”ためにあったから…もう、何もかも、
失くしてしまったって…そう、思っていた…なのに」
ついに、自らを埋めていた瓦礫の山を割り、立ち上がる巨体。その装甲は
あちこちが傷つき、抉られ、あるいは砕かれ、一見にはもはやまともに
動くことすら疑わしく見える。
だが…その、胸板に付いた、異形の肉食獣の獣面の双眸には、まだ戦う
意思を捨ててない闘志と野生に満ちた輝きが灯っている。
ユ ウ「――なのにお前は、まだ戦おうというのか!?」
全身に纏ったマントをかなぐり捨てる。真白になってしまった頭髪が
顕になる。
ユ ウ「こんな…もうまともに戦うこともできないような“俺”に、
最後の最後まで、命の尽きる瞬間まで戦えっていうのか! 答えろ!」
顔を覆っていた、包帯を引き千切るように取った。
そこにある、顔は、
火傷や、切傷が残り、より凄惨さを増しているその顔は…、
破導獣ザンサイバー唯一絶対の飼主。その命と肉体果てるまで、
死するまで戦う運命を背負う不死身の戦士、
斬馬 弦――!
弦 「答えろ――ザンサイバーッ!!」
オォオーーーンッ…!! 炎に燃え堕ちようとする街に立つ、傷だらけの
ザンサイバーの、胸部獣面の野生の咆哮が、紅に炎に染まる空に
響き渡った。
遮那・M「そして、私は再会した。この戦いの運命を握る、最後の戦士たる
彼と」
(「Destruction11」へ続く)
Don't overlook the next. This is true "SIDE-B"...
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