Destruction11―「赤熱血闘」


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○スコットランド、ストラスアイラ重工秘密工場
テロップ「スコットランド北部、スペイサイド。ストラスアイラ重工 秘密工場。2時間前」

 壮大な森林と美しい川の清流。世界を覆う戦火を今はまだ免れている 土地、スペイサイド。その森林の中、景観にそぐわず存在する、 近代的な巨大工場。
 工場内部、破導獣とも、ICON側無人兵器とも異なる巨大多肢兵器が 製造されている。前回、遮那と蘭子が乗り込んでいた可変型の機体、 シーバス・リーガルである。
 工場の一角、壁側のキャットウォークから広大な工場内の様子を眺める 二人の男女。ICONを追われた指導者イオナと、藤岡である。手にした 携帯で何処かと連絡を取り合っている藤岡。

藤 岡「――そうか。では連中もまた、必ずそちらに攻め込んでくるな」
遮那の声「彼は、必ず戦います。もうどこにも逃げ場などない。そして、 戦い続けるしかない…自分自身、それを理解しているはずです」
藤 岡「判っている…要請どおり、アレの射出を急がせる。貴様も奴の尻を 蹴飛ばしておけ」口元を、にやりと綻ばせる。「奴を、男にしてやれ」

 言うと、携帯を切った。目前に立つ、指導者イオナの背に呼びかける。

藤 岡「戦士は――生きていました」
イオナ「そう、ですか…」

 振り向きもせず、物憂げに応じる。

藤 岡「お聞きの通り、叶を奴と接触させます。そして、また引きずり 込む…命果てるまでの、修羅の道へと」
イオナ「結局、こうして…また彼ひとりに背負わせてしまう…私の望みを、 願いを、それに伴う傷も痛みも…」表情を伏せる。「できることなら… もうこのまま、穏やかな余生を送らせてあげたい。私が与えられるかぎり のものを与えて…」
藤 岡「奴に、まだ戦う意志あるならば、それは受け取らないでしょう」

 工場の奥へと視線を向ける藤岡。

藤 岡「我々の罪を担ってしまった奴へ、我々が与えられるものは…奴が 生き続けるため、戦い続けるために必要な牙と爪だけです」

 藤岡の視線の先、そこには鋼鉄の蓋を閉じられかけている、全長30 メートル以上はあろうかという…まるで棺桶の如き巨大な鋼鉄製のコンテナ。
 その閉じられかける蓋の奥に、巨大なシルエットが垣間見える。

藤 岡「新たなる牙… “SIDE−B”を!」

○サブタイトル「Destruction 11 ― 赤熱血闘」

○関東近郊、地方都市
 空爆により炎に染まる夜の街。街の上空、黒煙の空を飛び交うICON 無人多肢兵器〈空骸邪〉の群れ。
 そして、街の一角。遮那、瞬、楓。そして生きていた弦の目前に立つ、 傷だらけの巨体――破導獣ザンサイバー。

 弦 「…もう、戦うための理由なんか、何もないって思ってた。僕の命の 価値は…“守るべきものを守る”ためにあったから…もう、何もかも、 失くしてしまったって…そう、思っていた…なのに――なのにお前は、 まだ戦おうというのか!?」

 眼前の巨体を睨みつける。

 弦 「こんな…もうまともに戦うこともできないような俺に、最後の 最後まで、命の尽きる瞬間まで戦えっていうのか! 答えろ! 答えろ ――ザンサイバーッ!!」

 オォオーーーンッ…!! 炎に燃え堕ちようとする街に立つ、傷だらけ のザンサイバーの、胸部獣面の野生の咆哮が紅に炎に染まる空に響き 渡った。
 その咆哮に、街の上空を分散、空爆を繰り返していた〈空骸邪〉の群れが、 一斉にこちらへと集まってくる。戦闘が、始まろうとしている。

 弦 「…こんなか細い命が尽き果てるまで、最後まで戦えってかよ…」

 右掌で自らの心臓を握り締め、あきらめたような笑みを口元に 張り付かせる。その悲痛な背中を、凝視するしかない遮那たち。

 弦 「…叶、指令補。頼みがある。こいつら連れて逃げる脱出路を 探してくれ。危ないから楓ちゃんも連れてな」
遮 那「判ったわ…」

 察するところがあったのか、まだ呆然としている楓の手を引き、その場 から離れる遮那。あとに弦と、呆然とザンサイバーを見上げる瞬だけが残る。

 弦 「なあ、瞬…」

 振り向きもせず、唐突に話しかける。は、と弦の背中に視線を移す瞬 ――を名乗る少年。

 弦 「俺、な、本当の名前は、斬馬 弦ってんだ」
 瞬 「ざんば…げん」
 弦 「俺、これからこいつに乗り込んで戦う。お前との約束、こいつと 一緒に果たす。この身体と同じように、ボロボロになっちまった、俺の 相棒とよ。あと、教えてくれねえか?」視線を合わせないまま、問いかける。 「お前、本当の名前、なんて言うんだ?」
 瞬 「………」

 しばし、無言のままの瞬。ややあって、口を開く。

 瞬 「銀次。――鉄 銀次(くろがね ぎんじ)」
 弦 「そうか」

 振り向く弦。そこには、ユウを名乗り、いつも二人の子供達を見守って いた、穏やかな表情がある。

 弦 「じゃあ銀次、お前言ってたな。もう、未来なんかなんにもないって。 それでも、楓ちゃんだけは守りたいって」
銀 次「………」

 一瞬、表情に気恥ずかしさと驚きを浮かべつつ、弦に対して決然と頷く。

 弦 「いいか、銀次――世界は、決して滅びない。未来は、絶対 閉ざされやしない。…お前が、楓ちゃんを守ろうとする限り、楓ちゃんの ために戦い続ける限り、自分が守ろうとする誰かのために、戦う意志を 失わない限り」

銀 次「自分が守る…誰かの、ため?」

 頷く弦。

 弦 「俺は、それを目の前で失くしちまった。もう、戦えないと思った。 だから、黙ってどこかで朽ち果て、野垂れ死ぬつもりでいた。だけど… もう一度、戦う。お前と約束したから」

 は、と弦の表情を見つめる。

 弦 「銀次、改めて約束だ。俺は今、お前たちを守る。守り抜く。 そのために戦う。だからお前も戦え。お前は今も、これからもずっと、 お前が守るべき人を守り続けろ」

 すでにザンサイバーの元へ集まりかけている〈空骸邪〉の群れ。すぐ側の 弦に、自らの飼い主に向かって屈み込み、その掌を伸ばすザンサイバー。
 ザンサイバーの掌に乗り、その胸元へと運ばれつつ、振り向き、銀次に 向かって叫ぶ弦。

 弦 「銀次! お前がその約束を忘れない限り、たとえ戦場は違っても、 戦う方法も目的も違っても、お前の思いは俺と一緒にある!」

 戦士の笑顔を、見上げる少年。

 弦 「俺は――お前と一緒に戦える!」

 胸部獣面の顎が大きく開く。その中に飛び込む弦。
 ギン、ザンサイバーの頭部の双眸が、胸部獣面のものに劣らないぐらい 強く輝く。拳を固め、身構えるザンサイバー。
 バッ――、ブースターを噴かず、その脚力だけで宙へ跳んだ。宙空にて 背部ブースター点火、空を埋める〈空骸邪〉の群れへと突っ込んでいく。
 その飛び去る巨体を、じっと見送っている瞬――銀次。そこへ、楓の手を 引っ張る遮那が戻ってくる。

遮 那「ぼく! 抜けられそうな道が見つかったわ、早く一緒に!」

 その声に振り向く銀次。遮那の手に引かれる楓、その表情に、不安と おびえが見える。

銀 次「俺は――姉ちゃんの、兄貴なんだ」

 決意を込めた表情で、二人の元に駆け出す。

○上空
 ザンサイバーと〈空骸邪〉群の空中戦、始まっている。

空骸邪1「ギャヒヒヒヒッ! ザザザザンサイバーだザンサイバーだァッ!」
空骸邪2「キヒャヒャヒャヒャッ! コロせコロせコロせェェェッ!」
 弦 「うおおおおッ!」

 絶叫し、徒手空拳にて敵機に挑みかかるザンサイバー。手近に迫っていた 2機の頭部を荒々しく引っ掴み、ブースターの推力に任せて他の〈空骸邪〉 の群れへと飛び込んでいく。
 さらに左右から迫ってきた2機に、左に、右に掴んだ〈空骸邪〉の機体を 殴るように叩きつけた。
 まずは4機。叩き落されていく敵機を尻目に、他の敵機に挑みかかるべく バリアブル・ロッドを抜く。戦刃クロスブレイカー、巨大斧たる武器を 振り回し、敵機の群れへ切り込むザンサイバー。

○地上、焼け野原
 ザンサイバー対〈空骸邪〉群の空中戦を後ろに、燃え盛る焼け野原を 駆ける遮那、銀次、楓の3人。楓は遮那にその手を引っ張られている。 その遮那に併走し、銀次が叫ぶ。

銀 次「あんだけの数にたったひとりで、大丈夫なのかよ!?」
遮 那「彼なら心配いらないわ」
銀 次「心配いらないって…だってあの青いやつだってボッロボロだった じゃんよ!?」
遮 那「彼は、今なんかよりよほど不利な状況でも、戦って、勝って、 生き延びてきたの」銀次のほうを見もせず、それでも、信じるように告げる。 「彼は――戦う理由がある限り、守らなければならない約束がある限り、 絶対負けやしない」
銀 次「約束――」

 は、となる銀次。
 そこへ、突然上から燃え盛っていた建物が崩れ落ちてくる。

遮 那「!?」

 上方を向き、目を見張る3人。

○上空
 弦 「うおおおッ!」

 対破導獣突貫兵装たる長槍、ペネトレーターを手に突撃してくる1機の 〈空骸邪〉。ザンサイバー、逃げることなくその突撃に正面から向かって いく。そのザンサイバーの顔面にペネトレーターの穂先が突っ込む直前、 ザンサイバーの手がその穂先を横から払った。受け流され、ザンサイバー の機体のすぐ脇をすり抜けていく長槍。〈空骸邪〉とザンサイバーの顔が、 至近距離にて向かい合う形となる。

空骸邪「…ぎゃひ?」

 コクピットの中、にやり、と笑む弦。
 ザンサイバーの手にした戦刃の柄が、その柄尻から〈空骸邪〉の横っ面に 叩き込まれた。ひぎゃーっ、と唸りを上げ、〈空骸邪〉の顔半分が一撃で 潰される。

 弦 「おりゃああああっ!!」

 両手に取った戦刃を振り回すザンサイバー。斬――! 頭頂部から機体を 真っ二つにされる、街を襲った群れの、最後の〈空骸邪〉の1機。爆発、 四散。

 弦 「…へっ、あんな槍の10本や20本、カスらなきゃどうってこと ねえ…」

 呻く。これで戦闘が終わったと思った瞬間、
 DON! 砲撃がザンサイバーの肩を跳ねた。二次元絶対シールドに よって装甲こそ傷つかないものの、強烈な衝撃に空中でのバランスを崩し かける。
 落下しつつも、体勢を立て直し瓦礫の大地へ着地するザンサイバー。 その前に立ち塞がる、自機に似た、13の機影。
 ザンサイバーの設計を元に作られた、破導獣の完成形にて、破導獣軍団の 司令塔となる機体。破導獣ダンサイバー。それも13体。


黄 金「素晴らしいねえ!」パンパン、と拍手を鳴らす、破導獣軍団を 率いる三枝博士の忠臣、皇 黄金(すめらぎ こがね)。「ICON側の 軍勢を、たった1機で5分とかからず始末したかあ。さすがは破導獣軍団の 礎たる機体」

 先頭のダンサイバーに乗る黄金が余裕の笑みを見せる。

黄 金「だが、こちらはその機体以上の性能を持つ、完成形が13体。 如何に戦う? それともあきらめて大人しく処刑されるかい、斬馬 弦?」
 弦 「舐めんなよ。オリジナルの意地、見せてやらあ」

 ザンサイバーが手にした戦刃を構えなおす。13機のダンサイバーも、 各々手にした破甲刀と銃を構えた。
 激闘再開。

○焼け野原
 大地に崩れている、燃え盛る瓦礫。そのすぐ側から、立ち上がる遮那。 瓦礫が上から崩れ落ちたとき、とっさに横に転がって難を逃れたのだ。 だが、

遮 那「あの子達は――?」

 遮那の傍らに、銀次も楓もいない。カットバック、瓦礫が崩れ落ちる 寸前、横から楓を庇うように飛び出してくる銀次。


 燃え盛る瓦礫を挟んだ反対側。楓の手を取り、立ち上がる銀次。だが燃え 盛る瓦礫を乗り越えることは無理な様相。

銀 次「ちっきしょう…」周囲を見渡し、比較的火の手が薄い一角を 見つける。「こっちだ」

 楓の手を取ろうとする。が、足首を押さえ、立ち上がれない楓。

 楓 「ごめんなさい…くじいちゃった、みたい」
銀 次「っ!」
 楓 「お兄ちゃんだけでも…逃げて」
銀 次「馬鹿言えっ!」

 唸り、自分より背の大きい楓の身体を背負う。そのまま今ほど見つけた 火の手の薄い方角へと駆け出す。

銀次・モノローグ(以下M)「俺が――姉ちゃんを守るんだ」


 ザンサイバーと13体のダンサイバー軍団との死闘、続いている。だが、
 DON! DON!
 斬! 斬! 斬!
 四方八方からの、ダンサイバー軍団の手にした銃からの砲撃にて、 その着弾の衝撃で動きを牽制され、その隙を突いて破甲刀を持った敵機が 次々と襲い掛かってくる。さしもの二次元絶対シールドといえど、 擬似ブラック・スフィアという紛い物といえ自機同様の動力を持つ機体の 前では、こと手にした破甲刀の攻撃とあればその絶対の盾も相殺されて 使い物にならない。
 たちまち、ただでさえ全身傷ついていた装甲を、裂傷だらけにされていく ザンサイバー。

 弦 「クソ野郎どもがッ!」


 手にした戦刃を揮う。その巨斧の一閃を、左手に持った破甲刀で受ける、 黄金駆る機体。

黄 金「どうしたい、旧型機」

 嘲るように言うと、右手の銃口をザンサイバーの腹に突きつけた。
 二射、三射、至近距離からの砲撃にたまらず吹き飛ばされるザンサイバー。

 弦 「――っ!?」

 その背に、二本の破甲刀が、深々と突き刺さった。
 ザンサイバーの手から、握っていた戦刃が、落ちる。


 焼け野原、息も荒く、楓を背負って走る銀次。と、その足元が突然震える。

銀 次「なんだ!?」

 一瞬立ち止まり、うろたえる銀次。その足元の地面に、亀裂が走る。
 ガララ…、突然、崩れ落ちる足元の地面。

銀 次「うわぁっ!」
 楓 「いやっ!」

 落ちる二人。


 ザンサイバーの背に突き刺さった、二本の破甲刀が引き抜かれる。その 傷口から噴き出す、ザンサイバーの血たるリキッド・メタルの銀色の飛沫。 ザンサイバーの背を刺した機体の1機が、そのザンサイバーの尻を蹴った。 たまらず蹴倒され、地面に両手両膝を着くザンサイバー。
 ひざまづくザンサイバーを取り囲む、13体の敵機。その13人分の パイロットの哄笑が、ザンサイバーを取り囲む。
 コクピットの中、息を荒く、操縦桿にどうにかしがみついているといった 弦。

黄 金「どうした、それがさんざんICONを手こずらせた破導獣 ザンサイバーなのかい?」

 哄笑し、ザンサイバーの後頭部を踏みつける黄金の機体。横面から地面に 叩きつけられるザンサイバー。

黄 金「愚か! あまりにも愚かだねえ斬馬 弦! オリジナルの ブラック・スフィアを孕むといっても、やはり所詮は旧型機。ましてやこの 数に単騎で挑もうなど…これぞまさに愚の骨頂!」

 一斉に笑う、13人のパイロット達。

黄 金「――はてさて、不甲斐ない君の目の前で“進化の刻印”も始末できた ことだし、あとはその体内のブラック・スフィアを始末するのみ」
 弦 「!」

 その言葉に、閉じかけた目を見開く弦。

黄 金「そして世界はあまねく浄化の炎に包まれ、我等が王、三枝博士の 元新しい秩序の時代を迎える…」破甲刀を振り上げる、黄金のダンサイバー。 「我等の礎の役目、今までご苦労、ザンサイバー。後は後継者に任せて、 ひとりで地獄に堕ちてくれ!」

 その破甲刀が振り下ろされる寸前、
 がっ、と、ザンサイバーの手が、黄金のダンサイバーの足元を掴んだ。


 がっ、と、傷だらけの手が、唯一自分達を支える瓦礫の出っ張りを掴んだ。
 突然地面が地下へと陥没し、その場所はおよそ直径20メートルに渡って 陥没してしまっている。その、急な斜角の擂鉢状の崩面、背に楓を しがみつかせたまま、瓦礫の出っ張りを掴んで、必死の形相で落ちないよう 身体を支えている銀次。
 楓、もはやひと言もなく、銀次の背中でその身を震わせている。

銀 次「ちく、しょー…」

 苦しげに、呻き、それでもなお上を向く銀次。その視線が、新たに掴まれ そうな出っ張りを見つける。その出っ張りへと、懸命に次の手を伸ばす 銀次。

銀 次「あきらめない…あきらめる、もんか」


 弦 「いつまでも…人んアタマ、踏みつけてんじゃ――ねえよっ!」

 グンッ、渾身の力を振り絞り、ザンサイバーの手が、自らの頭を地に 踏みつけていた黄金のダンサイバーの足を払った。
 よろけつつも、後方にいた味方機に支えられる黄金機。一方、 ザンサイバーも、その機体のあちこちを軋ませ、間接という間接から 破砕音と火花を上げつつ、ぎこちなく立ち上がる。

 弦 「集団で、たったひとりを弱いもんイジメして、恥ずかしげもなく 笑えるようなクズ共が…ヘラヘラ余裕かましてんじゃねえってんだよ…」
黄 金「大したものだねえ、まだそんな元気があるとは」大仰に、 肩をすくめた仕草をみせる、黄金のダンサイバー。「だが…相手をするのも そろそろ飽きた。いいかげん倒れてくれないか――ザンサイバー!」

 さっ、と横に動く黄金機。その背後から、隠れていた機体が飛び出して くる。その手には、破甲刀が危険な輝きを放っている…。
 斬――、
 ザンサイバーの懐から響く、金属が裂かれる、破砕音。


 楓をその背にしがみつかせたまま、必死に瓦礫の斜面を登る銀次。

銀 次「あきらめない…あきらめない…」

 呻く。と、その背にしがみついた楓の、腕の力が弱まる。は、と振り向く 銀次の背から、ずり落ちかける楓。

銀 次「姉ちゃんっ!」

 素早く手を伸ばす銀次。間一髪、楓の手をなんとか掴むものの、自らも 支えを失い登った斜面を大きく滑り落ちる。
 意地でも楓の手を放さないまま、なんとか踏みとどまる銀次。しかし それでも、上を見上げると、出口が更に遠くなったことを痛感せざるを 得ない。

 楓 「…もう」ふと、言葉を漏らす楓。「…もう、いいよ」
銀 次「――え?」
 楓 「ごめんね…ずっと、私のこと、守ってくれたのに…ずっと、迷惑 かけっぱなしで…私が、私が弱かったから…だから…お父さんも、 お母さんも、みんないなくなって…お兄ちゃん…私を助けようと…」

 カットバック。炎に包まれる街。気を失った楓の肩を支えて立ち尽くす 銀次。その視線の先、崩れ落ちた瓦礫の隙間から覗く、血まみれの学生服の 手。

 楓 「本当は…私を助けてくれる人なんか…もう、どこにもいないって …だから…もう、いいよ――手を離して、ひとりでも、行って――」
銀 次「………」

 カットバック。瓦礫の中から立ち上がったザンサイバーの足元、自分に 向かって、微笑を浮かべる弦。

弦の声「――だから、お前も戦え」
銀 次「…いやだ」鼻をぐずらせた声を漏らし、ギッ、と歯を鳴らす。 「いやだ…離さない。絶対に、離さない」

 楓の手を握る、その手に力を込める。
 片手一本で楓の身体を引っ張ったまま、それでもなお、今しがた滑り 落ちた斜面をもう一度よじ登り始める。
 その目には、じわりと涙も滲んでいた。

銀 次「あきらめない…絶対、絶対にあきらめないっ…!」


 破甲刀が、ザンサイバーの腹に突き刺さり、その切っ先が背中を突き 抜けていた。破甲刀の刺さった傷口から、とめどなく溢れる銀色の鮮血。 だが、
 ガシ、
 まだ動くザンサイバーの手が、たった今自身を貫いている、ダンサイバー の機体の手を掴む。

パイロット1「な…に?」

 一瞬、呻くダンサイバーのパイロット。急激に高まったザンサイバーの 握力が、そのダンサイバーの手首の装甲を粉々に握り砕いた。

パイロット1「馬鹿な…うおっ!?」

 驚愕するパイロットの隙を突き、ザンサイバーの腕が、そのダンサイバー の首へと回りこんだ。装甲を砕いた手首を押さえ、ダンサイバーの首を 羽交い絞めにするザンサイバー。
 みしり、と、ダンサイバーの首の構造が軋みを上げる。

黄 金「斬馬 弦! 貴様!」唸る黄金。「に、肉を斬らせて――」
 弦 「肉を喰わせて骨太だぁーッ! やっちまえザンサイバー!」

 ザンサイバーの腕に、一気に力が籠った。バキバキッ…! 破砕音を上げ、 遂に捕まえたダンサイバーの首が砕かれ、その根元から爆発が上がる。

 弦 「うおおおおッ!!」

 砕いた手首を握ったまま、ダンサイバーの背を思い切り蹴った。バンッ ! 掴まれた片腕が肩から千切れて吹っ飛び、頭を、片腕を失った1機の ダンサイバーの残骸が地に転がる。
 腹に突き刺さった破甲刀の柄を取り、傷口から引き抜くザンサイバー。 その破甲刀を杖に、倒れ掛かる足元を支え、なお目前に立つ黄金の機体を まっすぐ睨みつける。
 全身銀色の鮮血にまみれた、その阿修羅のごとき様相に、残り12機の ダンサイバー達に戦慄が伝播する。

黄 金「ま、まだそこまでやれるとはな…往生際の悪い!」喚く黄金。 「だが戦況は変わらんぞ! その機体がバラバラになるまで、あとどれだけ 道連れに出来るッ!」
 弦 「いいぜ…試してみろよ、この屁垂れ小僧」
黄 金「くっ…、お遊びは終わりだ、一斉にかかれッ!」

 黄金の一声で、破甲刀を振り上げる12体のダンサイバー。
 数機のダンサイバーがまずは先陣を切り、宙を跳んで踊りかかる。 刹那――、
 轟――ッ!
 突如、その戦地へと、高速で飛来してくる“何か”。その何かが、 真っ先に跳んだダンサイバーを背中から吹っ飛ばし、地面を激しく抉り 砕きつつ、ザンサイバーの遥か後方へと着地、地面に突き立つ。
 それは…全長30メートル以上はあろうかという鉄製のコンテナ―― まるでそれは巨大な棺桶のようにも見える。

パイロット2「な、何だあれは!?」
パイロット3「ちいっ!」

 それでも、戦意を失わないパイロットのひとりが、改めてザンサイバー に向かって自機を躍りかからせた。刹那、その破甲刀を持った手を 切り裂く、高速回転しながら空を走る刃!

黄 金「!」

 何事か、とその回転しながら飛ぶ刃の行方を目で追う黄金。
 夜の常闇から、白みかける東の空。そこに存在する、幾度の空爆にも 耐えてそびえ立っているひとつのビル。
 その屋上に立つ、黒い翼を背にした、黒い巨体。
 黒い機体が、その手を伸ばした。回帰軌道を飛ぶ刃が、その手に キャッチされる。
 指導者イオナの懐刀、仮面の戦士黒鬼駆る機体、魔王骸である。

黒 鬼「よくぞ…」

 敵機に取り囲まれ、ボロボロの様のザンサイバーの姿に向かい、 告げる。


???「大丈夫か、坊主――!」

 楓を片手で引っ張りつつ、必死に斜面をよじ登る銀次。その銀次の耳に、 聞き覚えのある声が響いた。
 上を見上げる。白みかかっている空。そして、自分がよじ登ろうと している地上への縁に集まっている、数人の大人たち。
 常日頃、自分が食料をかっぱらっていた、ヤクザ風体の裏業者の連中だ。
 サングラスに禿頭という、恰幅のいいヤクザが地上の縁から身を 乗り出し、銀次に向かって手を伸ばす。

ヤクザ1「坊主、もう少し、もう少しじゃ! 早ようこの手につかまれ!」
ヤクザ2「頑張れ、坊主!」
ヤクザ3「その女の子、絶対離すんじゃねえぞ!」

 呆然、とよじ登る手を止め、男達の声援を聞いている銀次。

ヤクザ1「坊主、もう少し、もう少しだけ登ってこーい!」
ヤクザ2「根性見せたらんかーいっ!」
ヤクザ3「頑張れ! 頑張るんじゃ坊主!」

 銀次にふりかかる、頑張れ、頑張れという男達の声援。銀次の目 いっぱいに写る、自分達へと伸ばされた大きな手。
 銀次の目には、その手がはっきりとは見えない。とめどなく溢れる涙が 銀次の視界を滲ませていた。


黒 鬼「よくぞ戦った…よくぞ戦い抜いた、斬馬 弦!」

 黒鬼の声が、音を失った12対1の戦場へと響き渡る。その、あまりに 劇的なる登場に、攻撃の手も止めて立ち尽くす12機のダンサイバー群。

黒 鬼「――斬馬 弦!」

 改めて、弦の名を呼ぶ。

黒 鬼「もはや、貴様が守ろうとした者は、もういない。貴様が戦うべき 理由など、もはやなにひとつない! それでも、何故そこまで戦う? 何が 貴様をそこまで修羅の道へと駆り立てる!?」
 弦 「………」

 魔王骸を見上げるザンサイバー。

黒 鬼「それは復讐の道か!? 命が、身体が尽きるまで、なおひとりでも 多くの敵を道連れにしようという、絶望と滅びへの道か!?」
 弦 「そこまで…ヤケクソになんかなれねえ、なってらんねえ!」地に 突き立てた破甲刀を杖に、身を乗り出すザンサイバー。「守るものが… 守らなきゃならないものが、まだあるッ!」
黒 鬼「――よかろう」

 手にしたブーメラン状の刃、黒刃シャドウ・エッジを再び投じた。 高速回転しながら空を疾る黒刃が、先に地面に突き立った巨大な棺へと 飛ぶ。棺の、鋼鉄製の蓋を切り裂く黒刃。裂かれ、地面に落ちる蓋。 顕になる、棺の中身。

 弦 「――!」

 目を見張る弦。傷ひとつ付かない、真新しい、青い巨体――まごうこと なき、それはザンサイバーの機体そのものだ。
 ただし、その新しい機体には、その胸の放射状に生える白い鬣の中心に 位置するはずの、胸部獣面がない。

黒 鬼「斬馬 弦、お前の新たなる爪、新たなる牙だ! 受け取れ!」 新しいザンサイバーの機体を指す魔王骸。「そのがら空きの胸に、破導獣の 威信たる獣面を、裡に秘められたブラック・スフィアを収めろ! それで 新たな牙は――吼える!」
 弦 「おぉおッ!」

 ひと声強く応じ、新しい機体へと向かって、駆け出すザンサイバー。

黄 金「い、いかんッ! させるなッ!」

 慌て、駆け出すザンサイバーの背中へと攻撃を殺到させるダンサイバー 群。浴びせられる砲撃。
 偶然にも右肘に当たった砲撃が、ザンサイバーの右腕を肘から千切り 飛ばす。それでも、何発もの衝撃がその背中に叩き付けられようと、 もうザンサイバーの突進は止まらない。鋼鉄の棺に収められた、自身の 新たなるボディへと駆け寄るザンサイバー。

 弦 「うおおおおおおおおおッ!!」

 弦、絶叫。ザンサイバーの左手が、自身の胸、胸部獣面を荒々しく 掴む! そこには弦の乗るコクピットが、破導獣の証たるブラック・ スフィアが収まっている!
 ビシビキ…、破砕音とともに、ケーブル類や砕けた小部品を散らせ、 ザンサイバーが自身の胸からその威信たる獣面を剥ぎ取っていく。
新たなるボディまで、あと少し…! 一杯に伸ばされたザンサイバーの 左手に、遂に掴み出される、傷だらけの獣面――!

黄 金「させるかーーーっ!」

 12機のダンサイバーの手から、一斉に破甲刀が投げ放たれた。
 ザザザザッ――!
 新しいボディの、寸前というところで、ザンサイバーの背に突き刺さる、 12本の破甲刀…。
 ザンサイバーの足が、止まった。


 ぐっ、
 遂に、男の伸ばした救いの手が、必死に地下からよじ登ってきた銀次の 手を掴んだ。
 男達に、一斉に引っ張り上げられる銀次と楓。

ヤクザ1「ようやった! よう頑張ったぞ坊主!」
ヤクザ2「よかった、よかったなあ!」

 まだ街中から黒煙がくすぶっているものの、明るくなり始めている 空の下。男達の歓声に囲まれるも、まだ呆然と、地面に尻餅を着く銀次。

銀 次「!?」その、銀次の背に、楓が再びしがみついた。「…姉、ちゃん」
 楓 「…ごめんね」

 銀次の背中に、涙でくしゃくしゃになった顔を擦り付け、嗚咽を漏らす 楓。

 楓 「…ごめんね、ごめんね」
銀 次「………」

 無言、応じない銀次。その目から、また、涙が一条流れた。
 顔をくしゃくしゃにして、泣いた。


 その背中に、12本の破甲刀を突き立てられ、新しいボディのすぐ寸前と いうところで、ザンサイバーの巨体が崩れ落ちた。

黄 金「これで…」にや、と勝利を確信する黄金。だが、「――なに?」

 目を見張る黄金。崩れ落ちるザンサイバーの体躯が、何者かに支えられた のだ。
 ゆっくりと、地に横たえられる、もはや動くこともない力尽きた機体。 そして、新たに、そのザンサイバーの傍らに立ち上がるのは――、

 …オオオーーーンッ!!

 咆哮が、朝の空に響き渡った。焼け野原に昇る朝日が、その、新たなる 巨体を照らしていく。
 真新しい、青い巨体。両手の光と爪先に輝く、危険な光沢を放つ破壊力を 秘めた爪。額から伸びる稲光のごとき角。そして、その胸には…、
 つい今ほどまで、歴戦の戦士の胸にあった、傷だらけの獣面が、その胸に 収まり咆哮を上げている…!!

黒 鬼「目覚めたか…!」

○スコットランド、ストラスアイラ重工秘密工場
 工場内の一角に設けられた、端末のケーブルも床に撒き散らされたままの 臨時の司令室。そこに設置された大型モニタに、中継された―― 新ザンサイバーの姿が映っている。
 司令室に集まった工場スタッフから歓声が上がった。

藤 岡「間に合ったか!」
イオナ「ザンサイバー…」

○洋上、ICON要塞島
ボーン「ザンサイバーの…新しいボディだと!?」

○雲海、破導獣軍団母艦、烈華翁
三 枝「いつの間にあんな物を!」
時 実「どうやら、間に合ってくれたか」

 その、捕囚の喜び混じりの声に、は、と彼のほうを向く三枝博士。

三 枝「…何か、言いたそうね」
時 実「あれは――」

○焼け野原
 戦地とさほど離れぬ地上。朝陽を受け、立ち上がる新たなザンサイバーの 姿を見つめている遮那。

時実の声「――私が、指導者イオナの元へ、ずっと設計を送り続けていた ものだからね」


 ついに覚醒なった、新たなるザンサイバー。その登場に、たじろぐ様子を 見せるダンサイバー群。
 轟――、宙から爆音が響いた。飛来してくる、飛行形態のシーバス・ リーガル。そのコクピットに収まっているのは月島蘭子である。

蘭 子「いいところで間に合ったようね」

 微笑を浮かべると、機体下部に吊り下げた、板状のデバイスを地上へ 投下した。新ザンサイバーのすぐ足元へと突き立つ。
 十字架状のフレームに支えられた赤く染め上げられたそれは、一見すると ひと振りの大剣のようにも見える。ただし、それには刃となるべき部分が ない。

黄 金「次から次へと!」
黒 鬼「斬馬 弦! まだ戦う闘志あれば、その“剣”を取れ!」

 黒鬼が叫んだ。やはり、これは剣となる武器なのか? ぐっ、と、 その地に突き刺さった“剣”を取るザンサイバー。見ると、その背に、 棒状の何かを装填できるホルダー部分がある。
 は、と思いつき、肩のホルダーからバリアブル・ロッドを抜く弦。 硬化しているリキッド・メタル製の金属棍を、その剣の背に装填した。 たちまちホルダー内に吸い込まれた金属棍が、剣の内部で液化、広面積の 刃と化して刀身から噴き出し、再硬化する。

黒 鬼「――聖剣、九九式破甲刀改“巌流十文字”! 貴様流に名付ける なら“クロスカリバー”よ!」

 新たに刃を得た大剣“クロスカリバー”を、重さを確かめるように 振り回すザンサイバー。

黄 金「な、何が聖剣、何が新しいザンサイバーだ!」12機の最後尾に 立つ、黄金のダンサイバーが、その手甲からザンサイバーのものと同様の 武装、鋼爪パイルドスマッシャーを伸ばす。「馬鹿め! 新しい武器を 持ったところで、機体は今までと変わらないわ! もう一度全機で一斉に かかれ!」
 弦 「――馬鹿は手前らだ」

 その、ひとりいきり立つ黄金に向かって、静かに、冷ややかに告げる弦。

黄 金「な…に?」
 弦 「何度も言わすな。馬鹿は手前らだ」
黄 金「ふざけるなッ…殺れ!」

 黄金の号令を受け、各々パイルドスマッシャーを伸ばして一斉に ザンサイバーに襲い掛かるダンサイバー群。先頭を走る機体が、大上段から 踊りかかる。
 斬――、一閃される、巌流十文字ことクロスカリバー。その聖剣の一閃が、 真っ先に襲い掛かってきた敵機を両断した。爆発。
 なお聖剣を構え、駆け出すザンサイバー。1機がパイルドスマッシャーを 交差して構え、聖剣を受けようとする。その鋼爪ごと、両腕を切断して しまう聖剣。そして飛んだザンサイバーの鉄拳が、その両手を失った ダンサイバーの胸板に突き込まれた。拳が突き抜けた背から爆発を上げ、 倒れ崩れる。

黄 金「武器だけじゃない…動きまでさっきまでとは違う!?」
 弦 「さっきまでと違って、キズひとつねえ本調子パーペキ状態の ザンサイバーだ! 殺れるなんて甘ぇこと考えてんじゃねえぞ!」たじろぐ 残り10機に、聖剣の切っ先を向ける。「どんなにバッタモンを頭数 揃えようが、ザンサイバーは…ビクともしねえんだッ!」
黄 金「な、ならばその言葉、試してくれる!」

 一斉にかかる10機。乱戦となる。

○烈華翁
三 枝「…なるほど、機体のコンディションが完全なら、そうやすやすと 倒せるザンサイバーではないということか」モニター内に写る乱戦の様子を 見据えつつ、舌打ちする三枝博士。「それにしても、大したものね。 あそこまで本物のザンサイバー同様の機体を造り上げるとは…それとも一体 どうやって、“十字の檻(クロスケイジ)”からザンサイバーの設計を 盗み出したのかしら?」
時 実「あれもまた…れっきとした本物のザンサイバーだよ」
三 枝「何ですって――?」
時 実「そして…秘められた新しい力が目覚める。 “SIDE−B”がね」

 再びモニタに視線を移す三枝。乱戦の中、ザンサイバーの機体に、確かに 変化が起きようとしている。

○焼け野原
 剣を持たない左手が1機のダンサイバーの頭を掴み、その勢いに乗って 左膝を突き出すザンサイバー。

 弦 「オラァッ!」

 左膝の重力破砕兵装、グラインド・バンカーがそのダンサイバーの頭部を、 まるでハンマーに強烈に叩かれたごとく粉微塵にした。爆発を上げる機体。 これで残り9機。

黄 金「おのれッ――何だ?」



 いぶかむ黄金。ザンサイバーの機体に、奇妙な変化が起きていた。 淡い発光を放っているバックル部のランプ状パーツ、そのパーツが一瞬、 不可思議に大型化すると同時、バックルを囲む腰部前面の装甲がその輪郭を 崩し、形状を変化させたのだ。しかもその色は、ザンサイバーの機体を 象徴する青でなく、燃え立つような真紅に染まっている。


 弦 「こいつは――?」

 思わぬ機体の変化に驚く弦。しかも形状変化したバックルパーツからは、 コクピットの内部まで響いてくるぐらいの、熱いエネルギーの脈動が 迸っている。

黒 鬼「来たか!」戦況を見守る魔王骸、そのコクピットの中、黒鬼が 唸る。「斬馬 弦、メサイアエクステンションだ! そのエネルギーを 起爆させろ!」
 弦 「メサイア――エクステンション?」
黒 鬼「拳と拳をぶつけるのだ!」
 弦 「オォッ!」

 一旦、聖剣をまっすぐ地面に突き立てるザンサイバー。黒鬼の告げた とおり、その固めた右拳と左拳を、まるで火打石のように激しくぶつけ 合わせる!
 瞬間、
 轟ーーーッ!!
 その拳と拳を激突させるアクションがトリガーとなり、新しいバックル 部――メサイアエクステンションに込められたエネルギーが、一気に破裂し 噴き上がる!

 弦 「うおおおおおおっ!!」

 その高熱量のエネルギーの爆発に、たちまち粉と砕け散るザンサイバー の装甲。

○烈華翁
三 枝「自爆装置――?」
時 実「そう、見えるかね」

○焼け野原
 装甲を爆発させ炎上するザンサイバー。だが、驚くべきことが起こる。 ザンサイバーの全身を纏う炎が、その機体表面を走り…“板状”となって “硬化”していくのだ。

遮 那「次元波動顕在化装置(マテリアライザー)――メサイア エクステンション」
黒 鬼「基本原理は、ガイオーマの兵隊生産能力、コーパスルズと同じだ。 メサイアエクステンションより“立体映像”として投影させた次元波動に、 物質を…塵芥の状態まで分解した装甲を取り込ませることで装甲を再構成、 新たな装甲のカタチを創り上げる…」

 黒鬼の言うとおり、全身を包む炎の中、新たな姿へと変貌を遂げる ――ザンサイバー。
 全身を覆う、直線的な板状装甲は以前より膨れ上がった形状となり、 見る者を威圧する重厚さを醸し出す。
 胸の白い鬣は四方に放射状に伸び、あたかも罪人に突きつけられる十字架 のごとき形状へと変化している。
 そして、その背には…今は畳まれている、大振りな翼が新たに生え、 現出している!
 まだ、装甲を焼け燻らせた機体の手が、地に突き立てられた聖剣の柄を 再び取った。聖剣を再び構える。その翼が、一杯に開き、全身に漲った炎と 稲妻が装甲のあちこちから噴き出す。


 弦 「ウオオオオオオオオッ!!」

 弦、絶叫。呼応するように胸部獣面がひときわ声高に咆哮する。その ザンサイバーの装甲の色は…冷徹にて紫電のごとき青から、激しく 燃え盛る炎の赤へと変貌している!


○スコットランド、ストラスアイラ重工秘密工場
 大型モニターに写る、紅の破導獣の勇姿。工場スタッフから沸き起こる 歓声。
 満足げに頷く藤岡。

○焼け野原
黄 金「な、何が、何が起きたというんだ!?」想定外の事態の連続に、 パニック状態となっている黄金。「くっ、装甲が変化したところでなんだと いうのだ! 同じ破導獣である限り、数の優勢は変わらんぞ! 殺せ ! 殺せ!!」

 喚き散らす黄金。

黒 鬼「…愚かなり、皇 黄金」哀れむように告げる黒鬼。「そう―― “同じ破導獣”なら、ましてや斬馬 弦と同じだけの戦闘技量を持つ パイロットを複数揃えられたのなら…確かにザンサイバーでは勝てなかった であろう。だが」

 迫り来るダンサイバー群に向かい、聖剣の切っ先を向ける赤い ザンサイバー。刹那、
 轟! 唐突に、1機のダンサイバーが、“突然宙空に発火”した炎に 包まれる。何事か? と思う間もなく、焼き尽くされ、爆発四散する1機。

黄 金「こっ、これは!?」

 さらに、別の1機へと切っ先を向ける。その切っ先を向けられた機体の 内部から、“落雷を受けた”かのごとく強烈な放電が迸った。一瞬にて 機体の内部構造がズタズタとなり、四散する。

○烈華翁
三 枝「一体なにが!?」
時 実「これが…新しいザンサイバーの力だ…任意の座標上にある 次元波動を、座標内の限定フィールドにて自在にプラズマ化、または 熱エネルギー化することにより“触れることなく破導獣を打ち倒すことが 出来る”というね」
三 枝「なんで…すって?」
時 実「いや…今のザンサイバーは、正確には“破導獣”とは、呼べない のかな――?」

○焼け野原
黒 鬼「そう、三枝博士、同じ破導獣を数で攻め落とすという貴方の 戦略は、ある意味正しい」呟く黒鬼。「破導獣が破導獣たる力の源、 次元波動とは…破導とは破壊を導く力。同じ“破導”獣であるかぎり、 数の上ではザンサイバーは勝てん」

○スコットランド、ストラスアイラ重工秘密工場
藤 岡「だが、破壊の対局にある力なら…」
イオナ「そう――破壊という“破導獣の概念”を、反転させた存在なら――」

○烈華翁
三 枝「破導獣を…反転させた、存在」

時 実「それは、まさしく破導獣にとっての天敵となり得る。それこそが、 あの反転したザンサイバー」

 にやり、と笑んでみせる。

時 実「あの姿は、言わばザンサイバーの―― “SIDE−B”だ」

○焼け野原
蘭 子「それは破壊の裏側に立つ者。自らを“滅ぼし”、新たに“創造” することによって生まれる者」

 上空、シーバス・リーガル機上の蘭子が呟く。

黒 鬼「破導の権化たるザンサイバーが、その身を破壊して創造する―― 破導獣の天敵!」

 黒鬼が宣言する。

遮 那「SIDE−B…すべてを滅ぼす者の対局にある者」遮那が、 その名を呼ぶ。「――ザンサイバー…ブラッド!」


 オオーーーンッ!!

 咆哮する獣面。紅のザンサイバー、ザンサイバーB(ブラッド)が、 聖剣を手に残りの敵を片付けるべく駆け出す。

黄 金「ひいいッ、撃て、撃て!!」

 手にした銃から砲撃を仕掛ける、残ったダンサイバー群。が、
 バッ――、その翼を大きく展開したと思った刹那、遥か上空へと、 一瞬にして移動しているザンサイバーB。夜明けの陽光を翼に受け、 聖剣を両手に構える。急降下――、
 斬! 斬!
 上空から高速ですれ違いざま、斬り捨てられる2機のダンサイバー。 しかもその機体は、切断面から猛烈な炎に包まれ、爆発とともに跡形も なく焼け散る。

黄 金「駄目だ、緊急離脱する!」

 言うが早いか、真っ先に自機の背部ブースターを点火、上空へと飛び出す 黄金機。

パイロット1「し、しかし!」
黄 金「なんの方策もなく、あんな化け物と渡り合えるか! 死にたい奴は 勝手に残れ!」

 言い捨て、真っ先に逃げる黄金機を、残った機体も追走する。空へと 逃げ出す、5機のダンサイバー。
 その逃げ去る5機の背中を、睨みつけるザンサイバーB。

 弦 「背中見せる相手ェ狙うのは気が引けるけどよ…」ちら、と、地に 横たわる旧ザンサイバーの残骸に視線を移す。その背に突き刺さっている、 12本の破甲刀。「借りは――絶対返すタチなんでな!」

 聖剣を両手で構えるザンサイバーB。その刀身に迸る、プラズマ化した 次元波動の紫電!
 弦、咆哮。逃げ去る敵機の背に向け、放電する聖剣を真横に薙ぎ払う。
 斬斬斬斬斬!!

黄 金「!?」

 機体に走る衝撃に、表情が固まる黄金。中空を遁走する5機の ダンサイバー、その5機すべての背に、真一文字に、プラズマ放電を起こす 斬跡が抉りこまれ、刻まれたのだ!  ザンサイバーBの持つ聖剣、クロスカリバー。その刀身が、今度は激しく 燃え立つ炎に包まれる。

 弦 「だぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 大上段に構えた炎の大剣を、大きく振り下ろした!
 斬! 斬! 斬! 斬! 斬――ッ!!
 5機のダンサイバーすべてに、真上から、一斉に炎の斬撃が疾った――。
 横一文字に稲妻、縦一文字に炎、炎と稲妻の十字架――十文字の斬撃に 見舞われる5機のダンサイバー。
 クルセイド・コンヴィクション。
 任意座標上の次元波動を、プラズマ化あるいは熱エネルギー化することが 出来るザンサイバーBの能力。その能力を十文字の斬撃に変えて撃ち放つ、 言わばザンサイバーBの必殺技だ。
 閃光に包まれるコクピット内の、皇 黄金の断末魔の悲鳴は、もはや誰 にも届かない。
 宙空に咲く、五つの十字の爆発の大華――。

○烈華翁
三 枝「…そう」その、あまりに劇的な逆転劇を前に、呆然と呟く三枝。 「死んだのね…彼は」

 モニターから振り返る三枝。その表情をいぶかむ時実博士。忠臣たる 皇 黄金を失ったというのに、嘆き悲しむでもなく、多少残念といった 程度の表情がそこに張り付いている。

三 枝「――まあ、いいわ」

 呟く三枝。と、指令室内に入ってくる靴音。その、入ってきた男の姿を 見て、驚愕を隠せない時実博士。

三 枝「あなたは――まだいるのだから」

 微笑む三枝博士。その、視線の先には…、
 やはり、三枝に、いつもの自信に満ちた微笑を返す、皇 黄金の姿が あった。

○スコットランド、ストラスアイラ重工秘密工場
 モニタ内に写る、ザンサイバーB勝利の勇姿を見つめる藤岡と指導者 イオナ。

イオナ「また…彼は、戦って、くれるのでしょうか」
藤 岡「奴の運命は、覆りはしません」応じる藤岡「例え、何度でも牙を 折られようと…奴はその度に新たな牙を持ち、戦い続ける。永遠に 戦い続けることこそ、奴に課せられた、逃げること叶わぬ絶対の運命です…」

○焼け野原

 勝利を遂げ、居並ぶ2体の巨体。ザンサイバーBと魔王骸である。
 遠巻きに、その姿を見据えている、焼かれた街から生き延びた人々。 その中には、煤だらけの顔の銀次と楓の姿もある。

黒 鬼「行くぞ。また、新たな戦いが待っている」
 弦 「だけど、よ…」コクピットの中、俯く弦。「ここで、勝てても… もう、俺には本当に、戦う理由は…」
蘭 子「君は、戦い続けなければいけない」

 人型に変形し、上空からブースターを噴かして着陸してくるシーバス・ リーガル。

蘭 子「斬馬 弦君。今こそ、君に伝えます」真剣な眼差しで、現に告げる。 「君の妹…斬馬 昴さんは、生きています」
 弦 「――!?」
蘭 子「君の戦いは、まだ、終わっていません」

 その3機を、足元から見上げている遮那。

遮那・M「そう、彼の戦いはまだ、終わってはいない――私は彼を、 初めて地獄に導いたあの日のことを、少しだけ悔やんだ」

(「Destruction12」へ続く)











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