Destruction18―「技義継承」


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○画面、一面の黒
優・モノローグ(以下M)「初めて出会えたんだ…僕の胸を、あんなに震わす人間に」

 打撃音。
 画面を一面染めていた黒は、何者かの後頭部。ちょうど、顔面に打撃を受けたその後頭部が 後ろ向きに倒れていき、周囲の光景を明らかにしていく。
 空手部の道場。その倒れた後頭部が画面から消えて、顕わになる、茫然と右の拳を伸ばした 姿勢のままで固まっている、空手着姿の優。
 バタン、その優の拳を受けた、後頭部の主が倒れる音。

 優 「お、おいきみ、大丈夫か?」

 さすがに心配になり、たった今自分がぶっ倒した当人の元に近付く優。すっかりノびて しまっている当人の顔のほうに身を屈めた刹那、
 ゴッ――!
 想定外の衝撃に、またも固まってしまう優。その、自身の拳で倒したはずの男。その額が、 自分の額と激しく衝突している。倒された姿勢から、優が近付いた一瞬、爆発的に跳ね起きて 頭突きを喰らわせたのだ。

優の相手「へへ、へ…一撃決めてやったぜ、空手部期待の新人くんよ」

 それだけ告げ、茫然となった優を残したまま、額と顔面に打撃の痣を残し、今度こそ畳の上に 昏倒する相手。
 まだ、なにが起こったのか信じられないという顔で、自分に執念の一撃を喰らわせ昏倒した 相手の顔を見据える優。
 無論、弦である。

 画面、暗転。

○回想
藤 岡「行方不明だと? 柾 優の両親が」

 “十字の檻(クロスケイジ)”指令室。大型スクリーンに映し出されているザンサイバーの 戦闘。それを見据えている藤岡と、その後ろから調査結果を報告している女。月島蘭子である。

蘭 子「一応両親は海外出張により長期不在という名目ですが、少なくとも10年に渡って 追跡調査したところ、柾 優が自らの両親と接触していた形跡はありません。身の回りの 世話はすべてヘルパーに任せていた様子ですが、そのヘルパーも1年と関わらずに交代し続け、 柾 優と家族的な友好関係を築いた者はほぼいない様子でした」
藤 岡「だが…子供のひとり暮らしだぞ。学校関係など、どうしても親が表舞台に出ねば ならないこともあったはずだ」
蘭 子「学校との面談には、祖父を名乗る男が親の代理として付き添ったそうですが… 小・中・高と面談した教師の間で印象が一致してなく、それぞれ他人だった可能性が高いと 思われます。あと、多額の生活費が毎月海外の口座から振り込まれていましたが… 振込先を探ると幾つかダミーに分岐していて、事実上の費用の出所は巧妙に隠蔽されて いました。そして…」一旦、言葉を区切る。「病院の出生記録を調べたところ…生誕後1ヶ月で 亡くなった乳児の記録が使われていることが判りました。実質、柾 優という少年の正体は… 深く調べようとすればするほど、霧散するように判らなくなってくる…」
藤 岡「正体不明の、少年か」

 一度も蘭子のほうを振り向くことなく、スクリーンを凝視している藤岡。その視線の先、 スクリーンの中、ザンサイバーと激しく激突するガイオーマ。

○現在、日本アルプス
 雪原の戦場。山々の間を縫うようにそびえ立つ、巨大人型要塞“鬼神天帝・烈華翁”の威容と、 その頭上よりも上空。烈華翁を擁する西皇軍の無人兵器群対ICONSの量産機 シーバス・リーガルの軍勢との空中戦が展開される中、対峙する、闇色と真紅の2機の機体 ――2体のザンサイバー。
 1機は西皇軍によって奪われ、今や斑三兄弟そのものと言える機械頭脳MADARA-システムを 頭脳に、その装甲を新たに禍々しきものに換えられた闇色の機体、ダークサイバー。
 1機は弦の駆る、その右腕の豪腕を唸らせる真紅の機体、ザンサイバーXO。




 そして…その戦況を遠方から睥睨している、真白いドームの直上に立つ、死神の装束の ようにも見えるマント状の装甲を纏う、白い死神とでも形容するべき機体。
 その真の戦闘能力を封印した姿のガイオーマである。
 そのガイオーマの肩に乗り、凍てつくような吹雪をその身に受けつつ、遥か彼方――この “遺跡”を巡っての戦いが行われている戦場の方向を無言で見据え、ほくそ笑む優。

藤岡・M「弦、貴様の親友とやら、一体何者だ?」

○サブタイトル「Destruction 18 ― 技義継承」

○日本アルプス上空
 轟…ッ、ザンサイバーXOの豪腕に設けられた、巨大タービンが回転。迸るプラズマが 円弧を描き、又は十字状に放射され、嵐のごとき巻き起こる渦が唸りを上げる。

イオナ「見たか、西皇浄三郎。これぞ我等が最後の切り札――」ICONS飛行要塞 ケアクエイル。真正面を――屹立する烈華翁の巨体を見据え、宣誓する指導者イオナ。 「ザンサイバー…XO(クロスオーバー)!」
西 皇「こけおどしを!」

 烈華翁。金髪碧眼の美青年にして、その精神は齢百歳を超える怪老、西皇丞三郎。その XOの巻き起こす嵐を前に一蹴する。

西 皇「本物のザンサイバーがダークサイバーとして我が手にある以上、どんなに外見を 取り繕うと所詮は紛い物よ! 斑三兄弟、貴様らが出るまでもないわ! 雑兵共よ、集中砲火 で彼奴を蹴散らせい!」

 西皇の命令を受け、集まってくる無人兵器群。XOに向かい一斉に火器を撃ち放つ。XOの 右腕に渦巻く嵐に向かい、殺到する銃砲弾、ミサイルの雨。
 轟轟轟――!
 驚くべきことが起こる。銃砲弾やミサイル群がXOの右腕の渦に飛び込んだ瞬間、その渦に 呑み込まれ、そして弾き出されるように四方八方へと飛び散ったのだ。XOの周囲に 集まっていた無人兵器群が、味方の撃った攻撃を受け次々と爆発、四散、撃墜されていく。


天一郎「何!?」

 ダークサイバーを操るMADARA-システムのメイン、斑天一郎の思考が驚愕する。

 弦 「いきなり舐めた真似してんじゃねえッ!」

 XOの背と両脚のブースターが吼えた。渦巻く豪腕をまっすぐに伸ばし、ダークサイバー へと突貫するXO。その間に割って入る、重装甲の無人兵器・邪骸怒。

 弦 「邪魔だァ!」

 DON! 胸板に炸裂する轟拳!
 瞬間、鉄拳の衝撃と嵐を巻く轟転の振動が一瞬のうちに邪骸怒の全身を迸る。装甲に放射状に 刻まれる亀裂と、一撃で粉砕される体内の構造。鬱陶しげに轟腕を振るだけで、粉々になって 宙に散る敵機の残骸。

西 皇「これは!?」
時 実「この機体、紛い物などと思うな。西皇丞三郎」ケアクエイル。XOの生みの親、 時実博士が静かに告げる。「XOのボディは――かつて破導獣軍団に倒された、旧ザンサイバー のもの!」

 回想。廃墟となった都市で展開されるザンサイバー対破導獣軍団。全身のあちこちを 傷ついたザンサイバーの背に殺到する、投擲された十数本の破甲刀。

時 実「破壊された旧ザンサイバーを回収し、スコットランドの秘密工場にて再生した機体。 動力源には破導獣軍団から回収した擬似ブラック・スフィアを使用。残念ながら、 三枝博士亡き今擬似ブラック・スフィアの力を100%機体に反映できる技術が失われたため、 二次元絶対シールドも慣性制御機動力も持ち合わせない機体。だが――」

 群がる敵に飛び込むXO。ブースター全開にて、一気に敵の群れの渦中へ。すぐ真正面の敵機を 、左手のショットガンに設けられた斧刃で頭上から真っ二つにする。

時 実「背と脚の強化ブースターが機動力を補い」

 XOに向け、なお火器類を向ける無人兵器群。再び右の轟腕を振り上げるXO。殺到する 攻撃を、またも豪腕に渦巻く嵐が四方八方に散開させ、逆に集まった敵機を撃ち落していく。

時 実「攻防一体の轟腕、グランストリーマーがあらゆる攻撃を渦巻き流す!」

 気が付けば、同士討ちにされる恰好で壊滅しているXOに群がっていた敵機。再び1対1の 恰好で対峙するXOとダークサイバー。XO、その轟腕――グランストリーマーを ダークサイバーに向ける。

天一郎「なるほど、攻撃を防げぬならば、次元波動の高速回転によって攻撃を弾き飛ばすか」

 ダークサイバー、コクピット内描写。パイロットシートに座っている、昴と同じ顔をした その複製、月島蘭子のひとり。そしてコクピット内の右側、左側、そして直上と、三方に 据えつけられたドラム状のシステムから伸び蘭子の身体を絡め取っている、三人の男たちの半身。
 直上のシステムから半身を伸ばし、蘭子の頭を両手で掴み上げている天一郎、XOの戦力を 前に、唇の端を上げる。

 弦 「ダテにブンブン回ってんじゃねえんだよ。こっち来な、三バカ兄弟。一発ガツンと ブっ飛ばしてやらあ」
天一郎「その無駄な元気――相変わらずで嬉しいぞ、斬馬 弦!」

 グルル…ッ、ダークサイバー・胸部獣面。赤い拘束具を填められた顎部が唸り、抵抗するか のごとくボディを震わせる。

地二郎「キヒヒ…オ、同じザザザザンサイバーが相手と知ってェ、コイツ、身震いしてやがるぜェ」
天一郎「だが、いくら機体が同じザンサイバーと言っても、本物のブラック・スフィアを 孕むのはこちらのほうよ。パワー不足の紛い物だろうが、貴様相手に容赦はせんぞ」
 弦 「抜かしやがれ! 元祖ザンサイバーの頑丈ボディ、手前らごときに潰せっかよ!」

 轟! XOの増加ブースターが吼える。ダークサイバーも、背の長刃の破甲刀を抜いた。
 ガキッ、火花を散らし激突する、XOの斧刃と破甲刀。

黒 鬼「始まったか」
遮 那「こうなった以上、もう、私たちには手出しできない…」

 始まった一騎討ちを前に、その戦況を見守る機体、魔王骸とロイ・フランメ、 ロイ・フォウドレ。
 それぞれの機体に搭乗する黒鬼と遮那が告げる。
 互いの刃物を激突させるダークサイバーとXOながら、増設ブースター全開にも係わらず、 そのパワー差で押され気味のXO。

黒 鬼「人為的にスペックを元のザンサイバーに近付けたとはいえ、擬似ブラック・スフィア では本物に敵うはずもない。だが、もし反撃の機会があるとしたら…」
遮 那「今まで、誰よりもザンサイバーで戦い抜いてきた弦くんの胆力、そして…」

 ガン! 押されながらもダークサイバーの腹を蹴り、再び距離を置くXO。ショットガン を撃つも、ダークサイバーに届いた散弾すべてが二次元絶対シールドに阻まれる。
 グル…、なお、拘束具の奥で呻くダークサイバー胸部獣面。

黒鬼・M「奪ったザンサイバーを…奴等がいつまで御することができるか」
天一郎「笑わせるな! 今さらそんな銃撃、牽制にもならぬわ!」
地二郎「キヒヒヒヒヒヒヒッ! ホンモノの鉄砲ってのは、こォだろォォォォォッッッッ!!」

 ダークサイバーの背の、エクスバレルを仕込んだスタビライザーが正面に回りこんだ。
 GAOM! 銃口の咆吼、ボディを傾げる強烈な反動と共に、次元波動の青白い電光の尾を 引く無数の散弾が撃ち放たれる!

 弦 「だァァァァァァッッッッ!!」かろうじてグランストリーマーの渦で受け流すものの、 その渦を潜り抜けた数発の散弾が、容赦なくXOの装甲に喰い込む。「さ、さすがに 躱し切れねえか!」
天一郎「ほう、同じザンサイバーの武器だけに多少の効果はあるか」
地二郎「なァァァらばァ、こっちだァァァァッッッ!!」

 エクスバレルを収めたほうと、反対側のスタビライザーも先端を正面に向けた。エクスバレルの 対となる銃口、すなわち、

 弦 「やべえっ!」
地二郎「オォ遅いィィィィィッ!」

 容赦なく撃つ。GAOM! スタビライザー先端の銃口から、次元波動の稲妻を引いて 撃ち放たれる、ワイバレルの徹甲弾。
 瞬時の反応にて、機体を上へ跳ね上がらせる弦。弾道が僅かに逸れたのが幸いし、直撃は 免れるもののその衝撃波が、グランストリーマーの渦の正面で波打つ。
 DON…! 離れた雪山の表面に、爆発的に着弾する徹甲弾。積雪と氷を砕いて山肌に 巨大なクレーターを穿ち、その伝播した衝撃が周囲の山々を震わせ大雪崩を起こす。

天一郎「衝撃波のみを受け流したか」
地二郎「チチ畜生ォ! 上手く狙いが定まんねェェェェッ!!」
 弦 「一発撃つのに、隙が出来すぎなんだよ!」

 刹那、ブースターによる加速にてダークサイバーとの距離を瞬時に詰めているXO。右の 轟拳の一撃が、胸部獣面――咥えさせられた拘束具に叩き込まれた。
 GAN!

天一郎「くっ!」

 流石に、その一撃に吹っ飛ばされるダークサイバー。だが二次元絶対シールドに阻まれ、 拘束具を砕くには至らない。しかし、

天一郎「今の一撃、生身の肉体には堪えたか」

 ダークサイバー・コクピット。天井から半身をぶら下げている天一郎の手の中で、 MADARA-システムとダークサイバーを繋ぐプラグとされていた“進化の刻印”――月島蘭子の 分身のひとりが、鼻腔と口元から血を流し絶命していた。その、骨が粉々になっているであろう 遺体が光の粒となって消滅していき、すかさず三男、人三郎の半身がコクピットの奥から、 自我意識を奪われ人形同然の新たな蘭子の肉体を引っ張り出す。
 一方、ロイ・フォウドレ・コクピット。

蘭 子「……っ!」

 今や、ICONSの元でただひとりの生き残りとなったも同然の、弦たちと共に戦ってきた 蘭子が頭を抱え、声にならない悲鳴を上げる。同じ、“進化の刻印”の複製…分身であるが ゆえに、他の分身たちと共有する感覚から、またひとりの自分の分身の死を悟ってしまったのだ。

蘭 子「どうして…どうして、私たちは…」
 弦 「今度こそ喰らいやがれ!」

 一時制御を失い、自由落下していくダークサイバーへと再び轟拳を見舞おうとする。瞬間、
 BABABABABABABABA…!
 その、ダークサイバーに殺到する、無数の閃光。エネルギー流によるビーム攻撃だ。

 弦 「な…!?」
天一郎「ど、どこから!?」

 攻撃の来た方向に視線を向ける2機。
 先程、ダークサイバーの誤射により巻き起こった大雪崩。その大雪崩に紛れて――白い山肌を、 砕けた雪と氷の津波と共に一斉に押し寄せる――白き異形の軍勢。


藤 岡「奴等は!」

 ケアクエイル。呻く藤岡の隣で、固唾を飲む指導者イオナ。

黒 鬼「面倒な時に!」

 魔王骸コクピット。仮面の奥で舌打ちする黒鬼。

 弦 「…今頃になって、来やがったかよ」

 奥歯を噛み鳴らす弦。無数の泥人形、瓦礫を取り込んだ次元波動が構成する“抗体”―― コーパスルズの軍勢。
 雪崩とともに山肌を滑り降りてくる軍勢、そのうち真っ赤な単眼を持った、遠距離攻撃 タイプがダークサイバー目掛けて一斉に攻撃しているのだ。


天一郎「随分と、無粋な時を狙ってきたものだな…」火線の雨嵐に晒されつつ、コーパスルズの 軍勢…その中心にいる、全身を銀のマントで包んだ、悠然たる死神のごとき機体―― ガイオーマを見る。「ブラック・スフィアの申し子…柾 優!」


 そのガイオーマが、マントの奥から手を掲げた。掌の中、可視の状態まで重力が渦巻き、 放たれる衝撃波。超圧縮された重力の弾丸が、狙い違わずダークサイバーへと撃ち放たれる。
 刹那、

天一郎「!?」

 驚愕を隠せず、目を見張る天一郎。
 轟ッ…! 目前にて、唸りを上げる嵐とその渦に散らされる衝撃波。ダークサイバーと ガイオーマの間にXOが割って入ったのだ。

 弦 「優ゥゥッ! 手前ェ、勝手に手ェ出すんじゃねえ!」怒鳴る。「手前ェはあとで ゆっくり料理してやらぁ! 今は俺とこいつらの勝負の途中だ。邪魔だ! 引っ込んでやがれ!」
天一郎「随分と――余裕ではないか!」

 そのXOの背後、頭上から破甲刀を振り下ろすダークサイバー。その刃を後ろ手に掲げた 左手の斧刃で受ける。

 弦 「タイマン勝負に水差す奴は…気に喰わねえんだよ!」そのままの体勢から回し蹴りを ダークサイバーの胴に叩き込む。「そーゆーことでぇ、この後もケンカの予定が目白押し なんでな! さっさとケリ着けようぜ、三バカ兄弟!」
天一郎「おおう! 貴様との因縁、ここで断つ!」

 改めて、真正面から向かい合うXOとダークサイバー。刹那、
 ガシッ! そのXOの四肢が、突然何者かに押さえ込まれた。身動きできなくなるXO。

 弦 「う、うお!?」

 と、XOの周囲の空間が歪む。XOの両腕両脚に絡みつき、その動きを抑える2機の巨体が、 宙から滲むように姿を現わした。

 無人兵器・邪骸怒。その2機の背面、噴出口から吹き出している黄金色の粒子。その粒子 ――ナノマシンが機体の視覚を狂わせ、気付かれることなくXOに接近、捕らえたのだ。 邪骸怒のベースとなった機体、獣骸怒の能力である、敵機のセンサー系を狂わし戦場を 思いのままに“演出”する、ダンスホール・プロダクター。
 そして…その一騎打ちの最中、姿を現わす巨体、烈華翁。

西 皇「待っておったぞ、柾 優! 儂のザンサイバー、否、ダークサイバーと貴様の ガイオーマの決戦の瞬間、やっと目の当たりにできるわ!」
黒 鬼「おのれ、西皇!」

 ただちに弦を救おうと動く魔王骸。だが、その前に他に集まっていた無人兵器軍団の軍勢が 立ち塞がる。

 弦 「クソジジィ、手前ェッ!」
西 皇「弦…もはや貴様になど用はないわ。貴様はそこで大人しくしておれ。――斑三兄弟、 潮時だ! 今こそガイオーマを討ち、いまひとつのブラック・スフィアを引きずり出せ!」

 その西皇の指示に、眼下のガイオーマとコーパスルズ軍団を見据えるダークサイバー。
 と、急にXOの方を向き両手に持った破甲刀を投げ放つ。XOを捕らえた2機の邪骸怒、その 頭部にそれぞれ突き刺さる破甲刀。瞬時にそのXOと距離を詰めるダークサイバー、突き 刺さった破甲刀を引き抜きざま、邪骸怒の頭部を裂く。
 さらに、スタビライザーに内蔵されたエクスバレルを撃った。友軍機であるはずの 無人兵器軍団が、その一撃で大半を一掃される。

西 皇「斑三兄弟、貴様ら!」
天一郎「西皇丞三郎! 貴様の命令通り、ガイオーマは倒す。だが…それは斬馬 弦と決着を 着けた後だ!」
西 皇「な…!?」
天一郎「貴様だぞ…かつて俺達に、斬馬 弦を殺せと命じたのは」XOに向き直る。 「我等は暗殺者。自分たちの仕事に横から手を出されるのは気に喰わん、黙って見ているがいい。 ――依頼者の目の前だ。大人しく、とは言わんが…死んでもらうぞ、斬馬 弦」
 弦 「――上等ォッ!」
黒 鬼「そういうことならば…」
蘭 子「邪魔は…させないッ!」

 決闘を見据えていた黒鬼らが動いた。魔王骸が両腕の火砲を、蘭子のロイ・フォウドレが 両手に持った銃をそれぞれ眼下のコーパスルズ軍団に撃ち放つ。近付く無人兵器軍団も、 遮那のロイ・フランメが薙ぎ払う。

イオナ「XOが烈華翁とガイオーマの相手をする! 西皇軍の残存兵力とコーパスルズは 我等が叩く!」

 イオナの指示により、反撃に出るICONSの軍勢。魔王骸が先陣を切り、ことごとく 撃破されていく無人兵器群そしてコーパスルズの群れ。

黒 鬼「斬馬 弦、行け!」
遮 那「こいつらは私たちが喰い止める! 君は――」
 弦 「わあってらあ!」遮那の機体、ロイ・フランメの方を向くことなく叫び、 ダークサイバーへと突撃する。「礼を言うぜ、相棒!」

 ガキッ! 刃物と刃物の鍔迫り合いが火花を鳴らす。対決を再開させる、2体のザンサイバー。

○烈華翁
西 皇「なにをやっておる、斑三兄弟!」激しく激昂する西皇。が、「――フン、まあよかろうて」

 なお、ふてぶてしい笑みを見せる。

西 皇「…ようやく、この儂自らが祭に加わることができるか。それも一興!」

 西皇が叫ぶと同時、指令室のあちこちから飛び出すケーブルの束。それらが一点――西皇の 身体を目指して殺到し、その肉体に絡みついていく。その束へと引きずられ、ケーブルの根元へと 呑み込まれていく西皇の肉体――。

○ガイオーマ
 優 「そう、か」

 コクピット内。XOとダークサイバーの決闘の様を見つめている優。

 優 「弦…お前はやはり、僕を退屈させない男だ」

 優、回想。学校の通路。貼り出されている学力テストの結果発表。集まった生徒たちが 一喜一憂している中、トップに書かれた自分の名前に、興味なさげに通路を通り過ぎる優。

優・M「なにもかもが、できて当たり前だった」

 スポーツの模様。短距離走、サッカー、テニスなど、そつなく先頭に立つ存在となっている優。

優・M「前に立つ物のない世界。立ち止まることなく、ただ流されるままに通り過ぎていく物事。 僕を振り向かせるものなど、何ひとつ、出会えることなどなかった――」

 表彰台に立つ優。その顔に、笑顔はない。ただ、無表情に前を見つめているだけ。

優・M「空手部に身を置いたのは、それでも、僅かでも刺激を求めたかったからだ。格闘技 という野蛮な響きに期待を持って。そして――」

 空手部部室。先輩たちにちやほやと歓迎されている優。その空手部の戸が開く。優を含む、 部室中の注目が集まる中、不敵に微笑み姿を見せる…弦。

優・M「出会えたんだ…あいつと」

○日本アルプス上空
 弦 「こっ、この!」

 ブン! XOの轟腕が宙を切る。つい今まで弦の目の前にいたダークサイバーが、 気が付けばXOの上空へと瞬時に移動している。

 弦 「早え…」
天一郎「遅い!」

 ダークサイバーの高空からの蹴りが、右腕を伸ばしきっていたXOの横面に炸裂した。 弦の呻きとともに、飛ばされるXO。
 ダークサイバー、またも瞬時に、その蹴り飛ばされたXOの横に並んでくる。

 弦 「く、くそッ!」

 宙空で体勢を立て直しざま、左腕を大きく振った。ブゥン! 風を切って揮われる斧刃。 今の攻撃をも躱し、瞬時に移動しているダークサイバー。

 弦 「野郎、ザンサイバーにどんな改造加えやがった!?」
天一郎「愚かな、斬馬 弦!」
地二郎「ヒヒ…こォれがザンサイバーのォ、モモ元々のスピードよォッ」
 弦 「な…!?」
天一郎「ブラック・スフィアを孕むザンサイバーなら、この程度の高速機動など容易い ! 貴様が如何に、ザンサイバーの能力を出し切れてなかったことかが伺えるわ!」

 そのダークサイバー・コクピット内。蘭子複製、瞳孔を見開いたまま、吐血し俯いている。 そしてその肉体、光の粒と化して宙に滲んでいく。

天一郎「こいつも早々にリタイアか」

 舌打ち交じりに呻く天一郎と、黙々と新たな蘭子の複製をシートに座らせる人三郎。その 新たな蘭子にしても、見た目に消耗は激しい。弦ですら完全に出し切れないザンサイバーの 本来の機動力は、とても生身のパイロットに耐えられるものではないのだ。

 弦 「余裕こいて休憩かよ! この野郎!」

 その、ダークサイバーの動きが止まった僅かな隙を見逃さず突撃する弦。轟腕がついに ダークサイバーの顔面を捉えたと思った刹那、瞬時にその拳を受けるダークサイバーの掌。 衝撃を腕に伝播させる間もなく、高速でその掌を大きく横に払う。
 ダークサイバーに喰らわせようとした鉄拳の衝撃力を、すべて自体を大きく宙に跳ばす 遠心力に変えられ投げ飛ばされるXO。

 弦 「うお!?」
天一郎「斑流暗殺術、流れ紅葉――」流れるような動作にて、背部スタビライザーの ワイバレルを構える。「ザンサイバーの武器で死ぬがいい、斬馬 弦!」

 宙で体勢を整える間もないXOに向かって銃口が吼える。
 刹那、そのXOを助ける乱入者。間一髪、高速にてそのXOを高速で捕まえ、稲妻の尾を 引く火線を避けさせXOを捕まえたまま上昇する。

天一郎「何!?」

 蘭子の駆る機体、ロイ・フォウドレである。救ってもらったにもかかわらず、その蘭子に 怒鳴る弦。

 弦 「コラァ! 男と男のタイマン勝負だ、手前は引っ込んで――」
蘭 子「実質、3対1でしょう」冷やかに返す蘭子。「でも、手助け無用というなら私は手を 出しません。ただし、機体のハンデを埋めるパーツは届けさせてもらいます」

 告げ、XOを放すロイ・フォウドレ。機体を飛行形態に変形、XOを挟み込むように合体 させる。XOとロイ・フォウドレの合体による、ブーステッドXO。


天一郎「馬鹿め、機体を重くして勝てるつもりか!」

 再度、高速で距離を詰め、破甲刀を揮う。ビュン――、その破甲刀が空を切り、一瞬のうちに ークサイバーの視界から消えるブーステッドXO。

天一郎「む!?」
 弦 「ここだ!」

 ダークサイバーの十八番を奪うかの“高速機動”にて、瞬時に――後方――へと移動している。

天一郎「おのれ!」

 ダークサイバーが再びワイバレルの銃口を向ける――よりも早く、高速でそのダークサイバー の背後を取るブーステッドXO。一瞬回避が間に合わず、揮った左の斧刃の直撃を背中に喰らう。

天一郎「くっ!」

 呻き、破甲刀を背後に揮うも、またも高速で躱される。そのダークサイバーの周囲を、 高速で動き回るブーステッドXO。一瞬、それが自身の十八番であることを忘れ、忍者的 稲妻機動に翻弄されるダークサイバー。

天一郎「なんと!」
 弦 「電光石火の稲妻機動でぇっ! これでハンデなしだ、行くぜッ!」

 ケアクエイル。ブーステッドXOの思わぬ機動力に、目を見張る時実博士、そして遮那。

時 実「これが…フォウドレのアクセラレイトプラズマエンジンによる電磁反撥機動力!」
遮 那「フランメとの合体が爆発的な推力を発するのに対し、フォウドレとの合体は電撃的な 高機動力を得る…!」
 弦 「オラァ!」

 轟! 真正面から轟腕の一撃を喰らわせようとするブーステッドXO。が、一時の驚愕から 我を取り戻したダークサイバー、XOと同じく高速機動にて躱す。
 ビュン、ビュン――!
 もはや周囲の視界から、その姿を追えなくなる2機。その様まさに電光石火。

○雪原
西 皇「直接まみえるのは初めてだな、柾 優」


 その十倍以上に渡る対格差にて対峙している、コーパスルズ群を引き連れたガイオーマと、 超然とそびえ立つ烈華翁。
 西皇の言に、沈黙を返すガイオーマ。

西 皇「斑三兄弟を貴様にぶつけようとしたのは…あくまで見たかったからよ。ザンサイバーと ガイオーマ、宇宙の理にありえぬ、ふたつのブラック・スフィアが相対する様、その世紀の 一騎打ちをな! ――それが叶わぬならば、我が手で直に貴様をひねり潰すのみよ!」

 その西皇の言への返答とばかり、烈華翁の頭部の高度まで飛翔するガイオーマ。銀のマント 状装甲の裡から大鎌を取り、烈華翁の顔面に斬りつけようとする。
 が、
 ギギギ…、突如、大鎌を振り上げた姿勢のまま、宙空にて硬直するガイオーマ。なおも鎌を 持った手を振ろうともがくが、意に反した機体の硬直に、動力が供給され続ける機体中の 間接部分が軋みと悲鳴を上げる。かつて、やはり烈華翁に挑もうとしたザンサイバーもまた、 烈華翁の前では身動きひとつ叶わなかったのと同様に。
 西皇、哄笑。

西 皇「無駄よ! ブラック・スフィアは――“進化の刻印”を滅ぼすことはできん!」

 勝ち誇る西皇の声と共に、烈華翁の頭部、その眉間の部分に、内部から剥き出しの機械部分を 割るように小さな透明のドームが突き出てくる。烈華翁の双眸に挟まれた第三の目。
 “進化の刻印”――生きたままの斬馬 昴そのものを取り込んだ、鬼神天帝・烈華翁の 動力源、真ブラック・ファイアプレイス。
 そして、その半球状の透明ドームの中――機械類に囲まれその生身の身体を取り込まれて しまっている“進化の刻印”――運命の少女、斬馬 昴。その昴のすぐ背後に姿を現す―― 自らもまた、機械に身体を取り込まれてしまっている――西皇丞三郎。

西 皇「――そして、真ブラック・ファイアプレイスの直接の頭脳となった儂自身! ブラック ・スフィアの申し子たる貴様は、どう足掻いても儂の掌の中よ!」小憎たらしいまでの哄笑と 共に、烈華翁の掌が、宙空にて完全にフリーズしたガイオーマを捕らえる。「この機体、 ザンサイバー同様儂の手駒に改造するのも悪くはないが…柾 優、貴様はある意味弦など よりよほど危険な男。貴様を潰し、ブラック・スフィアは残骸の中から穿り出すとしよう」

 ガイオーマを捕まえた、烈華翁の掌が、閉じていく。
 機体全体を潰しにかかる巨大プレス機。装甲に亀裂が走り、内部構造の破断が聞くに 堪えない破砕音を上げ、比喩でもなんでもなく文字通り握り潰されていくガイオーマ…。

○上空
 ダークサイバー対XOブーステッドの、目にも止まらぬ超高速の機動戦。
 鋭角的な軌道を描き、互いに接近、離反を繰り返し超高速の世界の中で衝突する2機。 だが、XOの攻撃は二次元絶対シールドに塞がれ、ダークサイバーの攻撃は グランストリーマーの渦に弾かれる。互いに決定打を出せない状況にいるため、拮抗する激突。
 ブン! ダークサイバーが揮った破甲刀を、下方に逃げて躱すXO。



 弦 「埒があかねえ!」

 唸り、ふと下方に視線を向ける。いつの間にかなり低空まで移動している。眼下の雪原に 散らばる、撃墜された機体群の残骸。その残骸のひとつを目ざとく凝視する。

 弦 「あれだ――!」

 そのまま急降下するXO。

天一郎「逃さん!」

 同じく急降下にてXOを追うダークサイバー。XO、牽制のためにショットガンを撃つが、 もちろん二次元絶対シールドの前にその期待した効果はない。

天一郎「馬鹿め、何度やっても無駄――」

 刹那、目を見張るダークサイバー。そのショットガンそのもの――である斧刃がXOから 投げ放たれ、高速で回転しながら目前に迫ってくるのだ。
 ちい、と舌打ちしつつ、破甲刀で斧刃を弾く。

天一郎「散弾で牽制した上で刃物を投げつける算段か、詰めが甘いわ!」
 弦 「――でもねえぜ」

 ダークサイバーが斧刃を弾き飛ばしたその隙に、地表の残骸散らばる雪原ギリギリを 低空飛行しているXO。その武器を投擲し空いた左手が、散らばる残骸の中にあった棒状の 武器を拾う。
 再び急上昇、真正面からダークサイバーへと突撃していく。

天一郎「自棄(やけ)になったか――死ね、斬馬 弦!」
 弦 「忘れてたぜ――ザンサイバー相手にするなら、一番効果的な得物があるってよ!」

 XOが、左手に持った武器を――紅の長槍を伸ばす。

天一郎「な…それは!?」

 黄金の穂先を持つ、三叉の槍。対破導獣用に開発された、最凶の獣殺しの槍、 ペネトレーター――。


 瞬間、戦闘光景、スローモーション。
 ガッ! ダークサイバーの胸板、その獣面の銜えさせられた、紅い拘束具に打ち込まれる穂先。
 二次元絶対シールドに阻まれ装甲に引っ掻き傷ひとつ抉ることも出来ないもの、瞬時、 槍本体から分離する三本の穂先。三方に拡散し、機体表面に走るビームの軌跡が刻む、 すべての面が、正三角形として完成する三角錐――“正四面体”。
 破導獣の不可視の鎧たる二次元絶対シールドは、“上下”という概念の無い二次元 絶対平面ゆえに“上”から貫くことは不可能。だがそれに立体的な図形を描かれることで “高さ”を与えられ、正四面体という“立体”として三次元上の存在と化す――そして、
 ズン!



天一郎「――!?」

 ダークサイバーの、機体を震わす衝撃。XOの持つペネトレーター、その槍に仕込まれた 火薬突出式の金属杭が、二次元絶対シールドを三次元展開し形成された正四面体をガラスの 塊のごとく打ち砕き、胸部獣面の拘束具を貫き砕く――!


○雪原
 その巨大な掌で、今まさにガイオーマを握り潰さんとする烈華翁。
 思わぬ事態が起きている。その烈華翁へと向かい、ケアクエイルの巨大な翼がまっすぐ突撃 して行っているのだ。

西 皇「何のつもりか!?」

 烈華翁に随伴する〈亀甲船〉からの対空砲火が容赦なくケアクエイルを襲う。その砲火の 前に機体のあちこちから炎と黒煙をたなびかせつつ、なお烈華翁に突っ込んでいくケアクエイル。

藤 岡「指導者イオナ! 一体なにを――!?」
イオナ「乗員たちの脱出を急がせなさい! 私の我侭に、あなたたちを付き合わせる訳には いかない!」

 突然、空中要塞のコントロールを握り、無謀としか言いようのない烈華翁への突撃を敢行 するイオナを前に、流石に茫然となっている藤岡と時実博士。

藤 岡「やめてください! ブラック・スフィアある限りあなたの戦いは終わらないはずだ ! こんなところで、愚かな老人と共に散っていい命じゃない!」
イオナ「私の命を賭して――成さねばならないことがある!」
西 皇「今更用済みの女が!」

 そのイオナの決意を吐き捨て、空いたほうの掌をケアクエイルに向ける烈華翁。
 撃ち放たれたエネルギーの爆流が、ついにその巨大な片翼を叩き折る…!

○上空
 咆哮が響いた。その拘束具を破壊された、ダークサイバーの胸部獣面からである。
 大気を、雪原を震わせ、戦場の白い空に轟く、解き放たれた野獣の咆哮。

地二郎「ココココッ、これはァァァァっっっ!!?」

 ダークサイバー・コクピット。その空間を駆け抜ける放電現象を前に、MADARA-システムが 悲鳴を上げる。

天一郎「や、やりおったな! 斬馬 弦!」
 弦 「ケダモノを手綱で繋いだつもりだろうが、最後の最後で噛み付かれたなァ!」

 拘束具を破壊され、自身の本能を解き放たれたダークサイバー――ザンサイバーが、 もはやMADARA-システムによる制御を受け付けなくなっているのだ。
 そして、MADARA-システムそのものを機体が拒絶するかのごとく、放電現象と共にシステムと コクピットを強制的に繋いだ部分が火花を散らし、細かな部品が飛び散る。

 弦 「今だ!」

 千載一遇の反撃のチャンス。ロイ・フォウドレとの合体を解除、再びダークサイバーの 懐へと飛び込むXO。
 グランストリーマーの四方に伸びた角が、先端へと向かって閉じる。閉じた角が円錐状の 穂先を形成、そして、稲妻を撒き散らしつつ高速回転、轟き唸る。
 右の轟腕を唸らせ、突撃するXO。狙うは一ヶ所、MADARA-システムに乗っ取られた コクピットのみ。

 弦 「うおおおおおおおおおおッ!!」




 弦、絶叫。その本来の飼い主に呼応するかのごとく、ダークサイバーの胸部獣面、額の 装甲が開いた。
 弦の前に、初めて顕になる、改造されたコクピット。シートを取り囲む斑三兄弟と、その シートに、生気を失った瞳にて座らされている蘭子の分身。いや、もはやその分身もまた、 既に絶命している――。

 弦 「………っ!」
蘭 子「弦くん!」驚愕と共に、一瞬躊躇する弦に、ロイ・フォウドレの蘭子が叫ぶ。 「撃って…私たちを、自由にして――」
 弦 「――畜生ォォォォッッッッ!!」
斑三兄弟「斬馬 弦――ッ!!」

 交錯する絶叫。
 ダークサイバーのコクピットを直撃する、轟転するグランストリーマー――。

○雪原
 片翼を失い、なお烈華翁へとその推力を全開にて突っ込んでいくケアクエイル。

イオナ「西皇ォーーーッ!」イオナの叫び。「お前などに、殺させは…殺させはしないっ!」
西 皇「――そういうことか」

 イオナの叫びから、彼女の意図を理解する西皇。〈亀甲船〉からの対空砲火を止め、 そのままケアクエイルが墜落同然に突っ込んでくるのを悠然と待ち構える烈華翁。
 もはや、懐に飛び込むも同然というところまで距離が詰まって、烈華翁、動いた。 握り潰さんとするガイオーマを――掴んだままの拳で――突入してくるケアクエイルに 真正面から殴りかかる。

イオナ「――優!」

 イオナの視界いっぱいに広がる、迫り来る巨大な鉄拳と、その拳に掴まれた、潰れかけの ガイオーマ。
 激突、
 雪原に巻き起こる大爆発。やがて、爆煙が薄くなり、その中になお無傷のまま立ち尽くす 烈華翁。
 雪原に響く、西皇の哄笑。

○別の雪原
 ダークサイバーを下に、折り重なるように横たわっている2体のザンサイバー。
 ダークサイバー、そのコクピット跡は大きく穿たれ、破壊されてしまっている。
 そして、雪原に無造作に放り出されている、MADARA−システムの残骸――斑天一郎の、 機械体の上半身。
 その天一郎を見下すように立つ弦と、後ろで複雑な顔を見せている蘭子、そして遮那。
 弦、天一郎の傍らに、雪原から拾ってきた二つの機械の残骸を投げ出す。眼窩を見開いた まま、真正面から割れた地二郎の顔の右半分。そしてまぎれもなく人三郎のものであろう 巨大な筋肉質の左腕。

天一郎「…やりおったな、斬馬 弦」

 無残な姿を晒したまま、なお弦を前に、不敵に笑んで見せる天一郎。ごふ、と血塊を吐く。 どす黒い、オイルと細かな部品の混じった血塊。

天一郎「貴様と破導獣を殺すための獣殺しの槍が、我等の命運を絶ったか…斑流暗殺術も、 もはやここまで。まさか…貴様ごときが、我等一族の積み上げてきた技に終止符を打つとは…な」
 弦 「そのお前らの積み上げてきた技に、俺はどれだけ殺されかけたか知らねえな」にやり、 と笑い返す弦。「この俺をあそこまで殺しかけた技、ってんなら…体得すれば最強の武器 になるってことだ」

 倒れた天一郎の前に屈みこむ。

 弦 「これから大喧嘩をもうひとつ控えててよ、どうせなら手の内は多いに越したこと はねえ。どうだ? 俺に――お前らの斑流暗殺術、教えてくれねえか?」
天一郎「………」

 その、弦の思わぬ言葉に絶句する天一郎。

 弦 「あんたとも長い付き合いだ。お互いのやり方は心得ているしよ、どうだい、案外いい 師匠と弟子でやってけるんじゃねえか?」

 弦の言葉に、天一郎、空に向かって高らかに笑う。心から、楽しげに。

天一郎「よかろう斬馬 弦。――ならば貴様に、斑流暗殺術の極意、伝授してくれよう」
 弦 「そうこなくっちゃよ!」歯を見せ、笑い返す。「おっしゃ、頼むぜ師匠」
天一郎「斑流暗殺術とは――ただ殺すためだけの技にあらず!」

 最後の薫陶。

天一郎「己に化せられた果たすべき使命を、見事果たすために生まれた技。その極意―― 生きることと見つけたり!」
 弦 「………」
天一郎「与えられた使命を果たすために何よりも必要なもの、それは使命を遂行するための、 己が命! ――貴様に、死を賭しても果たさなければならぬ使命があるというのなら、 生き延びよ!」

 無言、口元を締め、聞き入る弦。

天一郎「己が使命を果たすためなら、まずは生きるために戦え! どんなに汚い手を使おうが、 どれだけ他者から謗りを受けようが、裏切ろうが、敵を殺そうが、生きて、生きて、生き汚くも 生き抜け! その命を…生き延びてきた、己が命を使って、何物にも変えがたき、果たすべき 使命を、決して譲れぬ誓いを果たせ!」目を見開き、雪原の空の、僅かな晴れ間の青色を凝視 する。「これ、斑流暗殺術・究極の極意なり!」

 絶叫――その目に映る、空の蒼の中に見える、真昼の月。

天一郎「美しい…月よ」

 末期の言葉。斑天一郎、絶命。自爆――。爆風の中に呑まれる弦。

遮 那「弦くん!」

 駆け寄る遮那。やがて薄くたなびく爆風の中、五体満足で立ち尽くしている弦。そして、その 喉元ギリギリで手に掴まれている、自分の急所目掛けて飛んできた、天一郎のボディの鋭利な 破片。

 弦 「最後の最後まで、俺を殺そうとしやがったか」その、天一郎の最後の意地が残した 破片を強く握り締め、上着のポケットに収めた。一度だけ、目を閉じる。「…斑流暗殺術の 極意、確かに受け取ったぜ――」

 告げ、振り返る。ダークサイバーを組み伏せた姿勢にて、弦を待ち構えるXO。

 弦 「ザンサイバーの修理は頼むぜ。俺は優とケリ着ける前に、まずあの若作りジジィを 始末する」
遮 那「この機体で大丈夫なの?」
 弦 「昴があのジジィに捕まってるかぎり、どの道ザンサイバーじゃあのデカブツに太刀打ち できねえ。ザンサイバーを使うのは、優と最後の大喧嘩のそのときだ」

 ふと、視線を蘭子のほうに向ける。事実上、自分と血を分けた姉妹たちの棺となった、 ダークサイバーの巨体に憂いだ瞳を向けている。

 弦 「月島…」
蘭 子「いいんです」弦の声に、首を横に振る。「あの子たちは…西皇に捕まった時点で 殺されていたんです。その体と、心臓だけを利用され、ザンサイバーを操るための部品に されて…」悔しげに、唇を噛み締める。「私たちの命は…はじめからザンサイバーのために あった命です。でも、彼女たちはもう解放された。もう誰にも利用されることはない」
 弦 「でもよ、俺は――」
蘭 子「私は、生きていますよ」

 嘆くかの弦の声を遮る。

蘭 子「弦くん、今、言われたばかりでしょう。命って、きっと、自分の使命や夢を果たすため にあるんだから…だから私は、彼女たちの分まで生きます。彼女たちが果たすはずだった、 使命も、願いも、かならずやり遂げるまで生きていきます。きっとそれが、彼女たちが生きて いたって証になるはずだから――」

 気丈に、微笑んでみせる蘭子。

蘭 子「だから、私は大丈夫ですよ」
 弦 「………」

 その、蘭子の表情に、ふと自分が知っていた少女を思い出す弦。
 いつも、緊張感などお構いなしに場を和ますように笑っていて、その最期の瞬間まで 笑顔を見せて、

少女の声「弦くんの夢…私、いつか代わりに聞きたい――」

 弦 「月島――なあ、聞いてくれるか」
蘭 子「え?」
 弦 「俺の夢は…ささやかなもんだけどよ、妹が、昴が幸せになってくれればいい。 それだけのもんなんだよ」
蘭 子「――どうして…私に?」
 弦 「お前の良く知ってる奴が、聞きたがってたんだ」

 微笑み、告げる。そして、XOのコクピットへと駆け込んだ。機体を再び立ち上がらせる。 上空に接近してくる、ケアクエイルと同型の飛行要塞。

遮 那「私たちは、ザンサイバーを修理してすぐに君の元に持っていくわ。だから―― くたばるんじゃないわよ」
 弦 「くたばんなら、ジジィの方が先だ」

 遮那の言葉に調子よく応じ、XOを飛翔させる。

弦・M「優…手前との因縁、ここで終わりにしてやる」

○回想
優・M「お前だけが…僕を退屈させなかった」

 空手部、道場。対峙している、道着姿の弦と優。

 弦 「うおおおおおおおっ!!」

 絶叫しながら、畳を蹴り優へとまっすぐ突っ込んでいく弦。右拳を振り上げ、優の顔面 目掛けて叩き込もうとする。
 拳が顔を捉える直前、僅かに顔を逸らす優。拳ごと優の身体の脇を、突進の勢いのまま すり抜けていく弦。

 弦「はら…」

 優、その弦の足を軽く引っ掛ける。猛突進の勢いにて、激しく畳の上を転がる弦。そのまま 壁に激突しやっと止まる。

 優 「まだまだだな、弦」

 ギャラリーである女子生徒から歓声が上がった。その中には昴の姿も見える。

 昴 「なにやってんのよ兄貴、やだかっこわるい晩飯抜きー!」
 優 「だ、そうだが?」
 弦 「てっ…てやんでえ! まだ勝負は着いちゃいねえ!」顔面から壁に激突し、鼻血を 一条垂らしながら、なお元気に立ち上がる弦。「優ゥ! 今度こそぶっ倒す! 今日は絶対 お前に背脂チャーシュー大盛り、奢らせるからな!」
 優 「勘弁してくれよ――お前にいつも奢ってもらってるおかげで、最近体重が増えてきてる」
 弦 「ンの野郎ぉーーーっ!!」

 ドタドタと、拳を振り回しながら再び優に突っ込んでいく弦。

優・M「僕の前に立ち塞がろうとする者など誰もいなかった。僕を超える者も誰も現れは しなかった。ただ、誰にも邪魔されることなく、目の前にある道を歩いていけばいい―― それだけの、つまらない人生と思っていた。だが」

 目を見開く優。

 優 「弦、お前は、お前だけは、何度でも、何度でも僕の前に立ち塞がろうとした」

 不敵なる冷笑をたたえた表情。

 優 「お前がそうまでムキになって僕に突っかかってきた、その理由は知らない。だけど、 気がついたら…いつの間にか僕は、お前と一緒になって笑えるようになっていた。お前は… 僕を満たし、僕を変えてくれる男だ…だが」

 もうその顔に、楽しかった思い出にほころぶような笑みはない。あるのは、ただ記憶の中の 相手を見下す冷笑。

 優 「弦…お前が僕を越えることは断じて無い」

 その、優の立っている場所――。
 燻る黒煙と残骸の散らばる、山々の狭間の雪原。そこに屹立する巨体、鬼神天帝・烈華翁。 その――頭頂部にて吹き荒れる風に生身を晒し、悠然と立ち尽くしている。
 ふと、視線を向ける。その烈華翁の頭部の高度まで上昇してくる黒い翼の機体、魔王骸。 その掌に乗っている、激突寸前でケアクエイルから救出された藤岡、時実博士、そして 指導者イオナ。
 優の視線と、イオナの憂いだ視線が合った。

 優 「もう、あなたの役目は終わったはずですよ――母さん」

(「Destruction19」へ続く)




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