Destruction17―「混轟混濁」


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○都市、廃墟
 灰色に染まる空。人の姿も見られぬ、瓦礫だらけの廃墟の街並み。
 轟…、廃墟に響く轟音。朽ちかけたビルの根元に起きる爆発。1機の、 その装甲を傷だらけにし左腕も根元から千切られている人型多肢兵器が、 自機に歩み寄る軍勢を前に膝を着く。ICONSの主戦力である量産機 シーバス・リーガル。
 迫る軍勢、その先頭に立ち、膝を着いたシーバス・リーガルに油断なく 手にした銃の銃口を向ける無人多肢兵器・邪獣骸。
 サイレント・ボーンストリング――いや、若き肉体を得て復活を 果たした怪老、西皇浄三郎の率いる無人多肢兵器軍団である。
 その軍勢に対し、果敢にまだ銃を手にした右腕を上げようとする シーバス・リーガル。その右腕が、歩み寄る邪獣骸の背後からの攻撃 にて吹き飛ぶ。
 キヒヒ…、と銃口から硝煙がなびく長銃身のライフルを手に、哄笑を 漏らす邪獣骸の背後の機体、空骸邪。
 そして、邪獣骸の手がシーバス・リーガルの頭部を掴んだ。メキメキ…、 破砕音と共に剥がされていく、頭部装甲コクピット・ハッチ。その、 剥き出しとなったコクピットにて、憎々しげな視線で邪獣骸を見上げ 睨みつけているのは…、

邪獣骸「ほう、この状況で物怖じすることなくなお闘志を見せるか、気丈な ことよ」パイロットなき邪獣骸に組み込まれた制御システム・ MADARA−システム1=斑天一郎の意思が告げる。「だが…自らが どれだけ非力なのかは身を持って知ってもらうぞ。“進化の刻印”よ」

 その、邪獣骸の手の内にて命運を握られているシーバス・リーガルの パイロット、その顔は――“進化の刻印”と称される、この戦いにおける 最重要人物たる少女、斬馬 昴のもの。

○サブタイトル「Destruction 17 混轟混濁」

○ケアクエイル
時 実「――了解した。お前たちも、くれぐれも気をつけてくれ」

 現在のICONSの本拠となっている、飛行要塞ケアクエイル。その 指令室にて、どこかとの通信を切る時実博士。その傍らに立つ、 ICONSを統べる指導者イオナ。

イオナ「時実博士、やはり…」
時 実「またひとり、捕らえられてしまいました…昴君と同じ血を持つ、 蘭子のひとりが…」

 苦渋の表情を見せる時実博士。回想。かつて、狂気の女性科学者 三枝博士の居城であった巨大戦艦烈華翁。その動力源だった ブラック・ファイアプレイス。その“回路”として配置されていた無数の 透明シリンダーと、その中身に詰め込まれた、肉体を機械と繋がれていた 少女たちの肢体―― “進化の刻印”と呼ばれる少女、斬馬 昴の複製たち。
 三枝博士の実験途上で、かろうじて時実博士に保護された何人かの “進化の刻印の複製たち”は、それぞれが月島蘭子を名乗り、ICONS の元でブラック・スフィアを我が物にせんとする勢力たちと戦い 続けている。だが、

時 実「西皇め、今さら彼女たちを次々と手中に収めて、何をする つもりだ!?」
イオナ「――もはや、猶予はありませんね…」

 イオナの言葉に頷く時実博士。スクリーンに目を移す。眼下に広がる 日本アルプスの広大な白い景観。雄大なる白い山々。その合間を縫って、 その巨体を、二本の足にて前進させる、身長300メートルはあろうか という常識を逸脱した巨人…。

時 実「あれを、ドームにこれ以上近付ける訳にはいかない…それが できるとしたら、やはりザンサイバーのみ」

 場面転換。日本アルプス上空を行く、ケアクエイルを中心とした飛行 要塞編隊とそれに随伴して飛ぶ、無数のシーバス・リーガル飛行形態。
 そして…日本アルプスを我が物顔で行く、身長300メートルの超常の 人型巨大要塞、鬼神天帝・烈華翁。それに続く数機の、直径200 メートルといった移動要塞、〈亀甲船〉。その〈亀甲船〉群の、甲羅と いうべき天蓋装甲の上に立つ、無数の邪獣骸、邪骸怒、空骸邪といった 無人兵器群。


○烈華翁
西 皇「ついにこの時が来たか、イオナ」

 烈華翁指令室。広大な空間の割に、すべての制御が自動化されたここに いるのは、無人兵器軍を指揮する若き将サイレント・ボーンストリング、 いや西皇浄三郎のみ。

西 皇「イオナの元に、通信を繋げ」

 西皇の言葉に、ピ…、と電子音が応じる。

○ケアクエイル
 指令室。突然正面の大スクリーンの画像が乱れる。一瞬のノイズの後、 そこに現れる、金髪碧眼の端整な青年の顔。

イオナ「ボーン…いえ、西皇浄三郎」
西 皇「お久しぶりです、指導者イオナ」
イオナ「挨拶は互いに不要。もはや、私にへつらう必要などないでしょう」
西 皇「それは話が早い」くっくっ…、端整な表情に似つかわしくない、 卑しい笑みを浮かべる。「ならば儂も、今さら降伏せよなどとは言わん。 お前と儂、どちらが先にブラック・スフィアを手に入れ、世界の命運を 決するか…最後のケリを着けようではないか」
イオナ「私とて、あなたが時の理をも捻じ曲げ生き足掻き続ける哀れな老人 であろうと、慈悲は持っています」冷静に、そして決然と宣告する。 「もはや、あなたに私の声が届かないことも理解している――この世界に とっての仇敵を、愚かにも演じ続ける気なら、せめて、私の手で引導を 渡しましょう。死になさい、西皇浄三郎」

 イオナの言葉に、激しく哄笑する西皇。

西 皇「よかろう! では始めようではないか――どちらが世界をこの手に 握るか、その最後の大一番をな!」

 響き渡る哄笑。
〈亀甲船〉の上に乗った無数の無人兵器群が、一斉に飛び立った。同時、 シーバス・リーガル隊も飛び立つ無人兵器群、その先に屹立する烈華翁へと 向かって突撃していく。



 どちらが先に撃ったのか。既に宙空に咲き始める、互いの機体の撃墜に よる爆発の大火。
 ICONS、そして西皇軍の最後の戦闘が始まっている。そして、
 斬! 斬!
 戦場の空を、激しく回転しながら飛ぶ黒い刃が、狙い違わずことごとく 無人兵器群を切り裂いていく。その2枚の黒刃をそれぞれの手でキャッチ する、黒い翼の機体。仮面の戦士・黒鬼の駆る魔王骸だ。
シーバス・リーガル隊の先陣を切って、多肢兵器軍団を次々と叩き落し 烈華翁へと向かって行く魔王骸。

黒 鬼「全機、俺に続け。1ヵ所を集中突破し、一気に烈華翁まで近付く」
邪獣骸「思うようにはさせんぞ、黒鬼!」

 隊長機として友軍を率いる魔王骸。その黒い機体の前に群がってくる、 どの機体からも斑天一郎の声を響かせる、数機の邪獣骸。先頭から飛び 込んできた邪獣骸が、背の二本の剣を抜く。


邪獣骸「貴様との数多の因縁、今日こそ決着を付ける!」
黒 鬼「機械に宿りし怨念、今度こそ成仏せい」

 バシィッ! 両手に持ったシャドウ・エッジにて、邪獣骸の剣を受ける 魔王骸。

○烈華翁
 戦場の空の下、白い山々の間を巨大な脚で踏み締め、その歩く轟振だけで 付近の雪山に雪崩現象を発生させつつ悠然と往く烈華翁。
 脚部アップ。その装甲の表面に見える、幾つかの胡麻のような黒点。 さらにアップ。両手のマグネットグリップを烈華翁の装甲に貼り付けさせ、 烈華翁が一歩歩く度、その身体そのものが大きく振り回される轟振に 堪えている、その顔をゴーグルに覆った数人の兵士。

○烈華翁、内部
 機械的な唸りを上げる、巨大な動力構造が縦に伸びている広大な空間。 その、ところどころに癒着痕や亀裂、不必要な段差が見える、灼けた金属に よる抽象造形のごとき壁面。そこに走る僅かな幅のキャットウォークの 一角、メンテ用らしき小さなハッチが、僅かな爆音と共に内側から 吹っ飛ぶ。
 そのハッチが開いた狭い空間から、ぞろぞろと現れる数人の兵士たち。 今ほど、烈華翁の脚部にしがみついていた連中だ。その兵たちの先頭に 立つ、長身の男が顔を隠していたゴーグルを上げる。かつての “十字の檻(クロスケイジ)”司令官、今はICONSの兵たちの 勇猛なる指揮官・藤岡大佐。

藤 岡「脚の中だというのにな」

 周囲の、捻じれた金属が醸しだす異様な造形の空間を見渡し、告げる。 なるほど、あれだけ大きく振り回されている烈華翁の脚の中だというのに、 この空間は揺られるどころか振動のひとつも感じない。

藤 岡「重力制御…遠心力と慣性すら完全に御するとは、さすがは 真ブラック・ファイアプレイスとやらの賜物」
蘭 子「でも、それは…昴さんの命から搾り取っている力――」

 藤岡の傍らにて、月島蘭子が呻く。顔を昴のものと変え、ただひとり、 直接時実博士の元で活動する蘭子である。

藤 岡「――すまんな」
蘭 子「いえ…」一瞬の複雑そうな表情を消し、藤岡に向き直る。 「ここに入って、やはり昴さんの存在を大きく感じます。行きましょう 藤岡大佐、そのために私はここに来たんです」
藤 岡「昴の居場所の探索、そして、奪われたザンサイバーの奪還… お前にすべて背負わせてしまうな」
蘭 子「今、ザンサイバーに乗れるのは私だけ…私にしかできないことです」

 気丈に笑みを見せる蘭子。その蘭子の顔を見て、共に来た兵たちを促す 藤岡。上へ――烈華翁の、更に上層へと駆け出す藤岡たち。
 ふと、蘭子の足が止まった。何かに気付くように、虚空を振り仰ぐ。

蘭 子「なに? …昴さんじゃ、ない…だけど、この感じは… “進化の刻印”」

“進化の刻印”の複製である、彼女のみが感知しうる感覚。この感じ  カットイン。暗闇の中、一瞬輝く鋼鉄の巨人の双眸。

蘭 子「ここ、凄く、嫌な感じがする――」
藤 岡「お出ましだぞ、早くもな!」

 藤岡の声が上がる。藤岡たちの前にぞろぞろと現われる、烈華翁に 乗り込んでいた敵兵の一群。多数とはいえ、その顔、姿形は基本的に 3人分のものでしかない。西皇にその戦闘者としての才を見初められ、 その意思のすべてを人工頭脳MADARA−システムに移した暗殺者兄弟・ 斑三兄弟。制圧兵器である巨大多肢兵器、尖兵たる機械兵のすべてをこの 3人分の頭脳のみが統括し、そしてここに群がるのは、かつての斑三兄弟 たちと同じ姿形をした傀儡たる機械兵たちなのだ。

地二郎「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! 藤岡だッ、藤岡だァァッ!!」
天一郎「殺せ! 奴だけは絶対仕留めろ!」

 無数の斑地二郎が、無数の斑天一郎が、口々に藤岡への呪詛を吐き 襲い掛かってくる。

藤 岡「ずいぶんと歓迎してくれるものだ」その悪夢的な光景を前にしても、 不敵な表情を崩さない藤岡。「ではこちらからも行こうか!」

 藤岡の声にて、一斉に顔に掛けていたゴーグルを剥ぎ捨てる藤岡の部下 たち。そのゴーグルの下から現れた顔に、一瞬足を止める機械兵たち。
 藤岡の引き連れてきた配下たち、蘭子を除く全員が、藤岡とまったく 同じ顔。

○日本アルプス上空
 無人兵器軍団対シーバス・リーガル隊。激しい空中戦が続く。
 時には空中を交差する砲火が、時には切り結ぶ刃と刃が、互いの機体を 狙い、唸りを上げ、宙空に爆発の大輪を咲かせていく。
 そして、その空中戦のさなか、
 斬! 次々と群がる邪獣骸に対し、真正面に来た敵機をシャドウ・ エッジを手にしたまま斬り裂く魔王骸。両断され、爆発の炎を上げつつ 堕ちていく敵機。

天一郎1「無念!」
天一郎2「貴様の無念、確かに継いだ!」

 すぐに、次の機体が再度魔王骸に襲い掛かる。その邪獣骸に対し、 再びシャドウ・エッジを揮う魔王骸。だが、
 ガッ、鈍い衝突音。新たな邪獣骸、手にした剣でシャドウ・エッジを 止めている。

黒 鬼「む!?」
天一郎2「その太刀筋は、今しがた貴様に斬られた同胞(はらから)が 見切った!」
天一郎3「我等同胞はすべてリンクしている! ひとりが受けた技は、 同じ我等には二度と通用せん!」
黒 鬼「ならば!」

 刹那、突如大きく伸びる魔王骸の首。その首に竜の頭部が重なる。 天翔ける大翼の黒竜、魔竜骸へと瞬時に変形したのだ。

天一郎2「なッ!?」

 魔王骸の太刀を受けた邪獣骸が驚く一瞬、変形した魔竜骸の、 大きく振り上げられた尾の一撃が邪獣骸を側面から強打する。その 重々しいハンマーのごとき一撃にて、ボディの右側を文字通り 叩き潰される邪獣骸。

天一郎2「このような手を!」

 呪詛を吐く間もなく、魔竜骸の前肢のクローがその邪獣骸を 引き裂く。爆発。

天一郎3「次は俺が相手となるぞ、黒鬼!」

 また新たな邪獣骸が魔竜骸に迫る。その手には、擬似ブラック・ スフィアを動力源に孕む“破導獣”たる魔竜骸を貫き得る唯一の 長槍、ペネトレーターが握られている。

黒 鬼「次から次へと!」

 臆することなく、その邪獣骸へと逆に襲いかかる魔王骸。

○烈華翁、内部
 銃声と鉛弾が飛び交う、混乱を極めた戦場。

地二郎「シシ死ねェェェェェッ! ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」

 地二郎の姿と人格を模した機械兵の一体が、すぐ手近にいた “藤岡のひとり”の頭をハンドガンで撃った。
 パン! 破裂音と共に、その藤岡の頭が吹き飛ぶ。ただし、 そこに飛び散るのは血飛沫どころか、“裂けたゴム片と、中に 吹き込まれていた空気だけ”。

地二郎「ニニ人形ォッ!?」

 機械兵が気付いた刹那、今しがた撃った風船人形の着ていた服、 ベルトに仕込まれた爆弾が破裂――、爆発と共に四散する機械兵。

天一郎「気をつけろ! 藤岡の“分身(わけみ)使い”だ!」

 また別の藤岡と、剣での鍔迫り合いの最中の、天一郎の姿をした 機械兵が呻く。
 周囲を見れば、数多の自分を含む兄弟達、そして数多の藤岡たち との、小銃や剣を持っての死闘があちこちで繰り返されている。 まさに混乱を極めた光景。
 回想カットイン。“十字の檻”襲撃、ウェスラギア基地潜入と、 爆弾を仕込んだ人形や影武者にて敵を翻弄する藤岡。

天一郎「時には人形、時には部下の変装、自らの影武者をばら撒き 敵を幻惑させる…なんとも嫌味な戦法よ、藤岡!」
藤 岡「貴様らを見る限り、参考になったようでなによりだ」
天一郎「黙れ! かつて、生身の人三郎は、貴様のこの手に殺られ たのだ!」

 本物とも偽者とも判らぬ藤岡を相手に切り結び、呻く天一郎。
 ウオオオオオオオオオオッ! 三種類の機械兵たちの中でも、 最も巨漢タイプ――斑人三郎の姿をした機械兵たちが一斉に唸る。 カットバック。ひとりきりで藤岡と対決しつつ、無数の藤岡の 乱舞する光景を前に幻惑される、まだ人間だった頃の人三郎。
 人三郎型機械兵、銃弾の飛び交う中も構わず、一斉に目に付いた 藤岡たちに襲い掛かる。そのひとり豪腕が藤岡を直撃―― これも人形――爆発、片腕を吹っ飛ばされる。
 機械兵が翻弄され続ける中、何人かの藤岡が通路の奥へと 消えていく。

天一郎「生身の藤岡を追え!」

 混乱の最中、ふと、ひとりの天一郎の姿の機械兵が気付く。
 通路の一角、格子戸が破壊され開放されている、狭いダクトの 入り口。

○烈華翁、内部、上階層
 人っ子ひとりいない、静かな通路の一角。天井に近い壁面、そこに 位置するダクトの格子戸が、内側から蹴破られる。
 通路に落ちる格子戸と、そのダクトの穴から飛び降りてくる影。 藤岡だ。

天一郎「貴様は本物だろうな、藤岡」

 その声に、一瞬振り向く藤岡。通路の影から現れる、ひとりの 斑天一郎――機械兵。

藤 岡「気付く奴もいたか」
天一郎「下のほうで小競り合いに参加している同胞が気付き、 ひとりの俺をこうしてこの場に待ち伏せさせた。多数でひとつの 意識を共有するというのも、こういう時は便利なものよ」

 言うが早いか、これ以上の問答は無用と、両手に得物である半月刀 を取り藤岡に襲い掛かる機械兵。
 ガッ! その二振りの切っ先を躱し、渾身の蹴りを機械兵の痩せた 腹に見舞う。さすがにその一撃に飛ばされる機械兵だが、宙を一回転 して着地、何事もなかったかのように平然と立つ。再び藤岡を強襲。

天一郎「邪獣骸の頭脳となった我が同胞どもが、今まさに黒鬼めを 追い詰めておるわ! 貴様と黒鬼、我等が仇敵たる貴様らを同時に 始末できるとは、今宵は良い月が見れそうなことよ、藤岡!」
藤 岡「もはや、貴様らが月を拝める夜を迎えることはできんよ!」

 迎え撃つ藤岡も、小銃と共に背に担いでいた日本刀を抜く。 二刀流対一本刀。機械兵が右上から振り下ろしてくる剣を剣で受け、 一瞬遅れて左から振られてくるもう一本は、その手首を蹴り上げる ことで防ぐ。
 互いに因縁ある相手、この決着に、無粋な銃砲の類は無用…の、 はずであった。

○烈華翁、指令室
西 皇「潮時だ」ほくそ笑む西皇。「斑三兄弟、貴様らの技量を 買ったのは、この先に待ち受けるガイオーマとの戦いのため。 ――その前に、まずはイオナの兵隊どもを叩き伏せて見せい。 貴様ら三兄弟の力を、文字通り結集させた姿をもってな」

 椅子から立ち上がり、大仰に手を振る。

西 皇「全多肢兵器、及び機械兵のMADARA−システムとの リンクを解除!」

○日本アルプス上空
 西皇が号令を発した刹那、
 ヴン…! その制御系すべてがMADARA−システムとの リンクの元にある無人多肢兵器の軍勢に、一斉に異常が起きる。 一瞬、目が輝いたと見るや、一斉にその動きを止める多肢兵器軍団。 そして、

黒 鬼「なに!?」

 一斉に、再起動する多肢兵器軍団。ただし、その動きがこれまでと あからさまに変わっている。
 敵機であるシーバス・リーガル隊に対して一斉に反撃開始。ただし、 その動きに、元々の斑三兄弟の暗殺者という技巧を駆使したある 意味の美麗さはない。
 1機のシーバス・リーガルに、高機動機である空骸邪が、頭脳 たる斑地二郎独特の哄笑ひとつ漏らすことなく突然抱きつく。その 動きを抑えられたシーバス・リーガルに対し、一斉に邪獣骸・ 邪骸怒からの砲火が集中する。戦闘機形態への可変能力による高い 機動性こそがシーバス・リーガル最大の武器。それを撃墜する として、同じ高機動機である空骸邪を犠牲とするにしても効率的な 手段。


 ケアクエイル。その敵機の豹変の様に驚く時実博士。

時 実「これは!?」


黒 鬼「斑三兄弟――奴等のやり方ではない!」

 戸惑いを隠せない黒鬼。この、画一化されたただの無意思、 無慈悲な自動兵器としての攻撃への切り替えの様は、まさに“機械” 的のごとく。
 そして、魔王骸の元にも敵が迫りくる。今まで、基本的に1対1で 魔王骸に立ち向かってきた邪獣骸たちが、一斉にペネトレーターを 手に四方から強襲してくる。

○烈華翁、内部
 藤岡の連れてきた、影武者部隊と対峙する機械兵たちにも異常は 起きていた。その顔から斑三兄弟としての表情は消え、機械として の効率性に準じた手段で影武者たちに襲い掛かってくる。
 元より人間と機械、銃器も、刃物も使う必要はない。敵に抱きつき、 ただ、一切の慈悲も感傷もなく、機械としての腕力のままに、 “抱きついた腕を、閉じる”だけでいい。
 銃声の止んだ戦場に響き渡る、血肉の千切れる音、骨の砕ける音、 悲鳴。


 上層。藤岡と1対1の決闘を演じていた機械兵も、例外なくその 戦法を一変させていた。
 下層での連中同様、銃器にも刃物にも頼ることなく、藤岡に しがみつき、肉体を締め潰そうとする。

藤 岡「ぐっ!」

 銀刃一閃、自身に迫ってきた機械兵の左腕を斬り飛ばし、返す刀で 首を撥ねようとする。その再び振られてきた刀身を、残った右掌で 掴まえる機械兵。バキ、機械としての握力に任せて、その刀を 握り折った。さらにその手を、藤岡の首根っこに伸ばしてくる。

藤 岡「貴様などには殺されん!」

 胸元に引っ掛けていた手榴弾を取る。
 視点変更。通路の一角で起こる、爆発…!


 更に上層、薄暗い、広大なホール。物資搬送用エレベーターの 扉が開いた。開放されたエレベーターの室内、無人。と、開いた 扉の陰から、小銃を手に飛び出す小柄な影。ざっ、と飛び出した 通路に布施、油断なく正面に低位置から小銃を構える。
 一切の人影も、気配もなし。
 はあ…、浅く息を吐き、立ち上がる、ただひとりこの上層まで 来た蘭子。
 携帯電話ほどの大きさのナビゲーター端末を手に取る。 ディスプレイに表示される現在位置、烈華翁の胸部。
 薄暗い、広い空間を見上げる蘭子。

蘭 子「ザンサイバー…!」

 薄暗く、その姿をはっきりと確認することは出来ないが、たしかに このスペースに屹立し、四方から伸びたアームやケーブル類に手足を 拘束されている…破導獣ザンサイバーのシルエット。
 かつて、三枝博士はザンサイバーをこのスペースに取り込み、 烈華翁のエネルギー源にしようとした。烈華翁の体内に ザンサイバーを囲ったとしたら、その場所はここしかない。
 カタン…、ふと聞こえる物音、その方向に素早く構える蘭子。 その、物音のした方向から現れたのは、
 白い、ぶかぶかの手術服姿。首や手首には革のベルトがきつそうに 巻きつけられ、手足には点滴などの針を無理矢理抜いたような、 細かな傷も痛々しい…昴!

蘭 子「――昴さん!」

 思わず、ここが敵地であることも忘れ、ふらふらの呈の昴の元に 駆け寄る蘭子。蘭子が目の前に駆けつけてきた途端、力なく、 その場に崩れ落ちる昴。
 その昴の身体を抱きかかえる。

蘭 子「昴さん、しっかりして、助けに来ました!」
昴 ?「いえ…私は、斬馬 昴さんでは…ないわ」

 掠れたような声を発する。その言葉に、は、と気付く蘭子。

蘭 子「あなたも…私と同じ“月島蘭子”、なのね?」

 蘭子の腕の中で、弱々しく肯く、昴と同じ顔をした少女。

蘭 子「西皇に捕まった、他の姉妹たちも、ここに捕らえられている の?」
昴 ?「お願い…どうか、私を、殺して…逃げて」
蘭 子「何を言っているの!?」
昴 ?「西皇浄三郎は…私たちを捕らえて、恐ろしいものを作った… あれは、もう、ザンサイバーでは…」
蘭 子「どういう、こと?」

 瞬間、

西 皇「その女、こちらに渡してもらうぞ」

 その声に、は、と顔を上げる蘭子。いつの間にか、自分たちの 目前に並び立つ、機械兵たちを連れた金髪碧眼の青年サイレント・ ボーンストリング…西皇浄三郎。

蘭 子「西皇…私の姉妹たちに、何をした!?」
西 皇「ほう、娘…顔は変えているが、貴様もまた“進化の刻印” の紛い物のひとりか」蘭子の怒号から、その正体を看破する。 「なるほど、貴様ならザンサイバーを動かせる。それで ザンサイバーを奪い返す手筈ということか」

 端整な顔に似合わぬ、卑しくもある笑み。その西皇の笑みに、 憎しみの表情を顕わにする蘭子。

西 皇「ちょうどいい。そこの逃げた紛い物と同じく、儂の役に 立ってもらうぞ。――生かしたまま捕らえろ、手足ぐらいは へし折って構わん」

 その号令に、一歩歩み出る、表情を失くした機械兵たち。
 もうひとりの自分を抱きしめたまま、西皇をまっすぐ睨みつけ る蘭子。
 刹那、GAGAGAGA…! 後列に立っていた機械兵のひとりが、 突如手にした小銃を乱射する突然の背後からの容赦ない銃撃を受け、 次々と膝を着く機械兵たち。

西 皇「なに!?」

 いち早く身を伏せた西皇が唸る。大半の機械兵が膝を着いたところ で駆け出す、銃撃を仕掛けた最後列の機械兵。背後から銃撃にも かかわらず、なお命令に忠実に蘭子に迫ろうとする機械兵の ひとりに対し、さらに容赦なく小銃の銃床を首根っこに叩き付ける。 ゴキ、その首がへし折れたところで、更に至近距離から射撃。 倒れ崩れる機械兵。
 その倒れた機械兵を足蹴に、目深に被っていたヘルメットを 脱ぎ捨てる。

西 皇「やはり、貴様か…!」

 ヘルメットの下から現れた、その顔は――藤岡。

西 皇「やはり生きておったか…何処までも生き汚い男よ、藤岡!」
藤 岡「その言葉、そっくり返させていただこうか。貴様にだけは 言われたくはない」

 油断なく、まだ残っている機械兵たちとそれに守られる西皇に 銃口を向ける。

西 皇「ふん、どんな手段を使おうとも、生き延び野望を果たす。 百年の時を跨いだ我が野望、簡単に挫けはせん」
藤 岡「ならば俺も、どんな手段を使おうとも、どんなに罵られよう とも生き残り兵士として役目を果たす」蘭子達の盾となる位置に 立ち、宣言する。「それが俺と、あの男との間で結ばれた盟約だ」

 藤岡、回想カット。密林の戦場。木にもたれ、疲弊している若き 兵士藤岡と、その前に立つ、黒い戦闘服に鬼面の男…黒鬼。

西 皇「だが…多勢に無勢が変わる訳ではないぞ」西皇が告げると 共に、通路の角から続々と姿を現す、新たな機械兵の一群。「さあ どうする? いくら貴様でも、こいつら全員の相手は務まるまい」
藤 岡「西皇浄三郎、貴様こそ甘い――黙ってザンサイバーを持って 帰れるとなど、元より思ってはいない」

 藤岡がそう告げた瞬間、
 DON!
 衝撃音。突如、一同の見上げる上方の壁面から差し込む光。巨大な 鋼の拳が壁面を突き破り、外の陽の光がこの薄暗い空間に差し 込んでいる。

西 皇「なッ…!?」

 さすがに驚きを隠せない西皇。
 ググ…、その、壁面に開けられた穴が――烈華翁の胸部獣面の 口腔が、外から、巨大な腕にて力づくでこじ開けられていく。その、 開いた口腔の隙間から覗いた機体の顔に、思わず唸る西皇。

西 皇「ま…魔王骸だと!?」

 視点切り替え。外部。烈華翁の巨大な胸部獣面に取り付き、 その口腔をこじ開けている魔王骸。
 その魔王骸から響く、搭乗する黒鬼の声。

黒 鬼「多肢兵器を1台1台相手をさせて、俺を足止めするつもり だったのだろうが…斑三兄弟の頭脳を外したのは失敗だったな」
西 皇「あれだけの数で、一斉にかかってもというのか!?」
黒 鬼「無慈悲にて命知らずだろうが所詮は機械、一度にこようと、 あんな単調な動きなど敵ではないわ!」

 機械兵の群れの中に、腕に内蔵された火砲を撃つ魔王骸。沸き 起こる爆発、

藤 岡「今だ、ザンサイバーへ走れ!」
蘭 子「はい!」

 混乱に乗じ、ザンサイバー奪取を命じる藤岡。ザンサイバーの足元 まで走る蘭子。

昴 ?「だ…駄目! いけないッ…!」藤岡の腕に抱きしめられた まま、もうひとりの蘭子、絶叫。「逃げて! それは…もう ザンサイバーじゃない!」
蘭 子「え?」

 一瞬立ち止まり、振り返る蘭子。瞬間、蘭子が乗り込もうと していた、そのザンサイバーの目に光が灯る。
 轟――ッ、
 鋼鉄の拳が風を切った、その瞬間、

黒 鬼「――ぐっ!?」

 衝撃音。まさか、と仮面の奥で目を剥く黒鬼。
 揮われた、“ザンサイバーの鉄拳の一撃”が、烈華翁に取り付いた 魔王骸を外へと叩き飛ばしたのだ。

蘭 子「そんな!」

 驚愕する蘭子。今、ザンサイバーを動かせるのは自分だけのはず なのだ。
 その蘭子へと、身をかがめ、手を伸ばしてくる“ザンサイバー”。 目の前の光景が信じられないとばかり、その迫り来る掌を前に 身動きが出来ずにいる蘭子。

昴 ?「危ない!」

 どん、
 蘭子が“ザンサイバー”の手に捕らわれる瞬間、ふらふらの身体で 駆けてきたもうひとりの蘭子が、渾身の力で彼女を体当たりで飛ばす。
 跳ね飛ばされた蘭子が床に転がると同時、“ザンサイバー”に 捕らわれる、もうひとりの蘭子――。

蘭 子「――っ!」

 声にならない悲鳴。自分の身代わりとなって、捕らわれた、自分の かけがえのない姉妹の姿を見上げる。
 巨大な、鬼のごとき鋼の手に捕らわれてもなお、眼下の蘭子に 向けて、穏やかな表情を見せる姉妹。

天一郎の声「――逃げた部品の他に、予備をもうひとつ欲しかった ところだが、まあよかろう」

 その…“ザンサイバー”から聞こえた声に、耳を疑う蘭子と藤岡。
 そこから聞こえたのは、まぎれもない…、

地二郎の声「キヒヒヒヒヒヒヒヒ! ざざざザンサイバーだァッ ! 以前、ォォ俺の人間の身体を喰っちまった、ザンサイバァァァァ だ! ヒャヒャヒャ!」

 またも、ザンサイバーから聞こえる声。その声は、やはり… 斑三兄弟、長兄天一郎と次男地二郎のもの。
 ぐっ、
 事態に茫然としたままの蘭子の手を取り、駆け出す藤岡。 そのまま、半分開きかけている外への出口、烈華翁の口腔――歪な 乱杭歯の間の隙間から、蘭子を抱えたまま宙に躍り出る。

蘭 子「っ!?」

 さすがに我に返り、驚く蘭子。その宙に落ちた二人を、黒い巨大な 掌が拾った。
 魔王骸だ。そのまま、烈華翁と距離を置く魔王骸。その遠ざかる 視界の中、烈華翁の口腔が、今度こそ開く。
 そして、その内部から顕わになる、鋼鉄の巨体――、

蘭 子「ザンサイバーじゃ…ない?」


西 皇「今さら気付いても遅いわ!」


 烈華翁の開いた口腔から、まだ無人兵器群とシーバス・リーガル 隊による空中戦の部隊となっている宙空へと、滑るように出でる… “黒いザンサイバー”。


 ボディに黒い塗装が施されて入るが、その姿は確かにザンサイバー だ。ただし、その装甲のほとんどが鋭角的な造形のものに換装され、 胸部獣面の口元には、あろうことか野獣を抑え込むかの拘束具が 咥えさせられている。
 烈華翁の内部では、ザンサイバーを捕らえているかに見えた、 背から延びる二本の柱のごとき大型スタビライザー。そして、元の ザンサイバーと大きく印象を変えてしまっている、天に伸びる悪魔の ごとき角。
 その新たな“敵機”の存在に気付いた数機のシーバス・リーガルが、 迂闊にも近付いていく。

藤 岡「いかん、離れろ!」

 藤岡の叫びも空しく、“ザンサイバー”の背から揮われる、 二振りの刀――、


 斬! 斬!
 揮われた長刀が、一閃でそれぞれ1機ずつ、2機のシーバス・ リーガルを両断した。
 その2機の仇とばかり、黒いザンサイバーに銃撃を見舞う他の シーバス・リーガル。が、ザンサイバーの装甲の纏う絶対の盾、 二次元絶対シールドに阻まれそのボディに銃弾が届くことはない。
 キヒヒヒヒヒヒヒヒッ…! 恐ろしいことに、ザンサイバーから 響く斑地二郎の卑しい哄笑。ザンサイバーの背の長大な スタビライザー、その左側がぐるりと回りこんで、先端が正面を 向く。


 GAOM! その先端の銃口が吼えた。ボディを傾げる強烈な 反動と共に、次元波動の青白い電光の尾を引く無数の散弾が 撃ち放たれる!
 BABABABABABABABA…! 群がるシーバス・ リーガル隊を引き裂く無数の紫電。同時に撃墜されたシーバス・ リーガル隊の爆発により、紅蓮の大火に染まる空。

天一郎の声「――天罰覿面」


 ケアクエイル。
イオナ「あれは…まさか!」
時 実「エクスバレル!」


 烈華翁。胸部獣面。開いた巨大な口腔、乱杭歯の隙間から身を 乗り出し、哄笑する西皇。

西 皇「見たか! 藤岡、そしてイオナ! これぞ我が手で完成した ザンサイバーの完成体、濁砕刃(ダークサイバー)よ!」


黒 鬼「ダークサイバー…だと!?」


時 実「馬鹿な! 西皇にザンサイバーを制御する手段は…まさか !?」


蘭 子「そうだ…あのザンサイバーから出ている感じ…」魔王骸の 掌の上、息を呑む蘭子。「烈華翁の中で、感じた…嫌な感じ…」


西 皇「ようやく気付いたようだな、時実」

 ダークサイバー、胸部アップ。さらに胸部獣面アップ、その内部、 コクピット内描写…。
 パイロットシートに座っている、昴と同じ顔をした。月島蘭子の ひとり。ただし、その手は操縦桿を握ってはいない。
 コクピット内の右側、左側、そして直上と、三方に据えつけられた ドラム状のシステム。おぞましいことに、そのドラムから、三人の 男たちの半身が伸びシートに座る蘭子の身体を絡め取っている。
 左右から伸び、それそれ蘭子の手を掴み上げているのは斑地二郎と 斑人三郎。そして、直上のシステムから半身を伸ばし、蘭子の頭を 両手で掴み上げているのは…斑天一郎!

西 皇「ザンサイバーに乗り込み、操ることが出来るのは“進化の 刻印”を持つ者のみ。ならば、こちらで用意した制御系とのプラグと して役に立ってもらえばよいだけのこと――MADARA−システム 本体という制御装置とのな!」


蘭 子「西皇ぉーーーッ!!」

 母艦であるケアクエイルまで近付いている魔王骸、その掌の上。 自らの姉妹が受ける陵辱を前に、涙すら流して絶叫する蘭子。藤岡に 制止されつつも、身を乗り出し烈華翁に向かって絶叫する。

蘭 子「お前なんか…お前なんか人間じゃないッ! 許せないっ、 許せるもんかァッ!!」


 キヒヒヒヒヒヒヒヒッ! ダークサイバー・コクピット。ひときわ 甲高く笑う、機械兵のボディの流用による地二郎の半身。

地二郎「ひぇっ、ひぇひぇ、ひぇひぇ…ア、兄貴、ざざザンサイバー が、俺たちのスス好きに動く。ササ最高だァ…」

 首を伸ばし、生気もなく無表情な蘭子の頬をべろりと舐める。

天一郎「地二郎、人三郎。どうやらこのザンサイバー…ダーク サイバーが我等斑流暗殺術、最後の牙城にして最強の肉体らしい」
地二郎「アア兄貴とも、人三郎ともこれからはズズずっと一緒だァ ! ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 歓喜の表情にて笑う地二郎。
 グルル…ッ、ダークサイバー・胸部獣面。赤い拘束具を填められた 顎部が唸り、抵抗するかのごとくボディを震わせる。
 コクピット内、その内部に走る振動に対し、人三郎が一括するかに 咆えた。たちまち振動が止むコクピット内。

天一郎「我等を飼主とするのはあくまで良しとせぬか、それでこそ ザンサイバー、幾度となく我等に噛み付き踏み潰してきた、 忌むべき凶獣よ」握り潰すかの勢いで、両手で掴んだ蘭子の頭に 爪を喰いこませる天一郎。ぎゃああ、と苦悶の悲鳴を上げる蘭子。 「我等三人がかりで、調教のしがいがあるというもの!」


 ケアクエイル・格納庫。
 その姉妹の悲鳴が、離れた場所にいるとはいえ蘭子には確かに 聞こえた。耳を塞ぎ、悔し涙すら流してうずくまる蘭子。

藤 岡「シーバス・リーガル隊、奴等と距離を置け! 決して 近付くな!」指令室に向かって駆けつつ、携帯端末を手にその場 から指揮を飛ばす藤岡。「黒いザンサイバーには構うな、無人兵器 の数をそぎ落とすことだけ考えろ!」

 自らの発した、消極的でしかない命令に奥歯をギッ、と鳴らす。


 そのシーバス・リーガル隊などもはや敵ではないとばかり、 ダークサイバーを先頭に進軍する烈華翁、〈亀甲船〉のキャラバン、 そして無人兵器群という西皇群の軍勢。

天一郎「我等の敵は、もはやICONSに、そして指導者イオナに あらず!」
地二郎「キヒヒ…ココこの先に待ァち受けるゥ、ぶぶブラック・ スフィアの使いガイオォォォマッ! ヒャヒャヒャ!」

 兄たちの火勢を受け、大きく咆哮する人三郎。

西 皇「イオナ、時実、藤岡、そして黒鬼。貴様等などもはや 行きがけの駄賃。ここから先は黙って見てるか、そうでなければ 尻尾を巻いて立ち去れい」余裕の表情の西皇。「来る分には一向に 構わん――わざわざ撃ち落されにな」
黒 鬼「――では、真っ先に俺から撃ち落してもらおう」

 ブン…! 空気を唸らせ、そのダークサイバーの真正面に、突如 姿を現す魔王骸。

天一郎「やはり来たか、黒鬼」
黒 鬼「先程の続きと行こうではないか」

 両膝のホルダーから、シャドウ・エッジを取る魔王骸。そのまま 右の黒刃を揮う。手にした長剣で受けるダークサイバー。弾き 飛ばされつつ、魔王骸、左の黒刃を投擲する。
 が、狙いを外れ、ダークサイバーの脇を抜けて――と見せつつ、 ブン…! 激しく回転しながら跳ぶ黒刃、そのままダークサイバー の背後で大きく弧を描き、後方からダークサイバーを強襲する。だが、
 バシッ、後方を振り向くことすらなく、素早く真後ろに剣を担ぎ、 唸りを上げて飛来した黒刃を弾くダークサイバー。

黒 鬼「これを防いだ!?」
天一郎「我が同胞が、貴様との戦いで得た、貴様の太刀筋を初めと する戦法の数々、このすべての中枢たる俺自身に伝授済みよ。 もはや貴様の技などこのダークサイバーには通じんぞ」

 天一郎の声が終わる間もなく、素早く大きく脚を振り、叩き つけてくる魔王骸。それすらも、脚が来る方向を完全に読み、 片腕の掌ひとつで受け止める。

天一郎「言ったとおり、貴様の技などすべてお見通しよ! このまま ――」腕の内蔵火砲を伸ばす魔王骸。その腕を掴み上げ、大きく 揮うダークサイバー。攻撃もままならず魔王骸、そのまま投げ 飛ばされる。「銃撃を仕掛けようというまで完全に読み通せるわ!」
黒 鬼「くっ!」

 呻く黒鬼。

西 皇「…そうよ、斑三兄弟。貴様らの頭脳を機械に移し、機械兵や 無人兵器軍団の頭脳としたのは、すべては貴様らをガイオーマと 戦える戦鬼と育て上げるため」自らの方に完全に傾いた情勢に、 くっくっ…、と笑みを漏らす。「ひとつの肉体という縛りをなくし、 無数の肉体が戦い抜く中で得られる経験と戦術。数多の戦いの 記憶を得て、今や地上に、貴様らに敵う者なし! 斑三兄弟よ!」

 両手に剣を取るダークサイバー。そのまま魔王骸の方向へと飛ぶ。 両腕の内蔵火砲を二射、三射と撃つ魔王骸だか、その射撃軌道すら 読み、悠々と躱しつつ接近してくるダークサイバーの前では牽制 にもならない。
 刹那、

蘭 子「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 パイロットの絶叫と共に、その場に高速で乱入してくる機体。 蘭子のロイ・フォウドレだ。
 飛行形態にて高速接近、ダークサイバーのほぼ直前というところで 機体を捻り、四肢を伸ばして多肢兵器形態に変形する。両翼の 重力子砲、フォウドレ・フシルレズを手に取った。


蘭 子「おちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 号砲一発! 二発! 両手の重力子砲による極至近距離射撃!
 だが…、
 ガッ! ほとんど距離ゼロにて打ち込まれた重力子弾を受けても、 傷ひとつつかないダークサイバー、その片手でロイ・フォウドレの 首を掴み上げる。
 ギギギ…、その強烈な握力に、破砕寸前という軋みを上げる ロイ・フォウドレの首。

地二郎「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! にに 二次元絶対シールドはァッ、オオお前らの専売特許だったろォがよ ォォォォォォッ!!」
天一郎「怒りに我を忘れたか、“進化の刻印”の紛い物」告げ、 自分の手の中にある、ブラック・スフィアとMADARA−システム との接続プラグとされた、いまひとりの蘭子の頭に更に爪立てる。 「よかろう、自分の姉妹の手で死ね」

 その、頭蓋を痛めつけるまでに喰いこむ天一郎の指先―― ダークサイバーを操るための情報の奔流に、肉体的にも、精神的にも 苛む苦痛に苦悶の悲鳴を上げるいまひとりの蘭子。
 ひときわ、甲高い悲鳴が上がったと思いきや、そのいまひとりの蘭子 の身体からがくん、と力が抜ける。

蘭 子「…っ!」

 ロイ・フォウドレ、コクピット。一瞬脳裏をよぎった感覚に言葉を 失う蘭子。同じ斬馬 昴の複製として生まれた彼女たちは、昴を 基点にその生命を共有している。もし、礎である昴の身に何かが あれば彼女たちにもまた影響が及ぶ。そして…自分たちと同じ、 姉妹同士で生命の感覚も共有しているのである。
 ダークサイバーの部品とされた姉妹の“死”を、蘭子ははっきりと 感知してしまったのだ。

天一郎「所詮は紛い物か。まさかこんな短時間で使い物にならなく なるとは」

 ダークサイバー。生命の火を無くしたことで、自らの手中から 光の粒となって、虚空に滲み溶けていく少女の亡骸に対し舌打ち 交じりに言い放つ。
“進化の刻印”を持つ者と言えど、その生命が失われれば、 残った亡骸を待つのは 破導獣に“喰われる”運命のみ――。

地二郎「キヒヒ…アア兄貴、まぁいいじゃねぇカカカ。――カカ 代わりはまだあるんだからよォ…ヒヒヒ」

 その地二郎の言葉を受け、コクピットの後方に手を伸ばす人三郎。 その手に掴まれ、生気のない瞳で力なくシートに座らされる――更に もうひとりの蘭子。

蘭 子「くぅ、う…」ロイ・フォウドレ、コクピット。その姉妹の 様を、自らの感覚として生々しく感知してしまい、涙を流す蘭子。 「こん、な…こんな、の…」

 もはや機体の制御もままならず、あちこちから火花の散る コクピット内にて、悔しげに呻く。

蘭 子「誰か――誰でもいい、私たちを助けてっ!」

 悲痛なる叫び。
 瞬間、

 轟――!

 その戦場の空にいた者、誰の耳にも届いた、爆音。
 そして、
 GYUUUUUUUN…! 一瞬、ダークサイバーのすぐ付近を、 超高速で横切る大型の機影、

天一郎「うお!?」その機体が横切っていった衝撃波に、思わず ロイ・フォウドレの首を掴み上げていた手を放す。「な、何者だ!?」


イオナ「あれは…!?」

 ケアクエイル。
 その、戦場に割って入った謎の機影に、何事かと視線を追わせる イオナ、藤岡、そして時実博士。

時 実「そうか…来た!」機影の正体に気付く。「間に合って くれたか!」


西 皇「何者だ!?」

 烈華翁。指令室に戻った西皇が、大型スクリーンに映る、戦場を 横切った機影を追う。
 機影、スクリーンの中で大きく弧を描いて反転、再び一度横切った 戦場へと高速で飛来してくる。
 その機体の、見覚えのあるシルエットに、一瞬戦慄を覚える西皇。

西 皇「ま、まさか…馬鹿な」


黒 鬼「来たか!」

 大空の戦場。開放されたロイ・フォウドレの機体を後ろから支え つつ、高速で再接近してくる機影を見据える魔王骸。
 あの突き刺さるような、放たれた矢のごとき機体のシルエット。 まごうことなき――ロイ・フランメと“ザンサイバー”の合体 形態、ブーステッド・ザンサイバー。

天一郎「ザ、ザンサイバーだと、馬鹿な!?」

 動揺を隠せないダークサイバー。そして、接近してくる ブーステッド・ザンサイバーが、推進ブースター及び機首 エアロパーツとして合体していたロイ・フランメと分離する。
 その場に現れる…“紅い機体”。



天一郎「紅い…だと?」

 ロイ・フランメとの接続を解いたその機体は、やはりザンサイバー ではない。その機体同様、紅く塗装された大型の円形の盾に ボディを隠し、背のブースターを噴かして戦場に突撃してくる。

天一郎「命知らずが! ――撃ち落せ」

 自らの手に掛けるまでもないと、配下の無人兵器群に指示する。 その場に集まってきた数機の邪獣骸が、手にした火砲を一斉に 紅い機体へと向けて撃った。
 轟轟轟…ッ! 円形の盾に殺到する着弾。火砲から撃たれた 炸裂弾により、爆炎に晒される盾。だが、
 GAOM! 爆煙の中から放たれる銃声。盾の内側から 伸ばされたショットガンが、逆に敵機群を捉えたのだ。銃口から 撃ち放たれる散弾の嵐。数機の無人兵器にダメージを与える ものの、決して撃墜に至るという致命傷ではない。だが、

紅い機体の声「――ぅおおおおおおおおおおおおおおッ!!」  真紅の機体から、迸る絶叫! あろうことか、殺到した砲火で 半分砕けかけた円形の盾を真正面に構えたまま、そのまま敵軍の ど真ん中へと突っ込んで行く!

天一郎「何ッ!?」

 ダークサイバーが驚く間もなく、鉄板を真正面から叩き付ける 如く、一番間近にいた敵機に盾ごとの鉄拳を喰らわせる紅い機体。  真っ向から盾の直撃を受けた邪獣骸、その胸部と顔が半分潰れた と見るや、遠慮なく砕けた盾の隙間から、ショットガンの銃口を 敵機の装甲の亀裂に突っ込む。
 GAOM! 機体の内部で暴風雨と化すショットガンの散弾 ! 内部から吹き飛び、今度こそ撃墜される1機の邪獣骸。
 すかさず別の敵機、空骸邪が紅い機体に取り付こうとする。しがみ 付くことによって自由を封じ、味方機の的にするつもりだ。が、

紅い機体の声「両手広げて抱きつこうとしてんじゃねえよ、 気色悪ぃッ!」

 ガン! あろうことか、紅い機体、すぐ懐まで接近してきた 空骸邪を寸前で荒々しく蹴り飛ばす。そのまま左手の銃を 振り上げた。銃身の真下に据えられている、銃剣ならぬ斧刃、 左手を振り下ろす勢いのままに、今しがた蹴り飛ばした空骸邪を 文字通り叩き斬る!
 四散する空骸邪。そのすぐ付近での爆発にもたじろぐことなく、 周囲に群がる敵機を見据える。

紅い機体の声「――ケッ、変わり映えしねえいつもの連中がガン首 揃えてらっしゃいますなあオイ!」不敵な声――その紅い機体の 視線が、ダークサイバーのほうを向く。「…と思ってましたが ねえ、新顔もいらっしゃいなさる。気のせいか、ずいぶんこっちと 似た面(つら)ァしてっじゃねえか」

 乱暴に告げ、ボディのほとんどを隠す大型の盾を僅かに下ろす。
 顕わになる、真紅の機体の胸にて唸りを上げる…白い鬣を誇る 肉食獣の獣面!



天一郎「貴様、やはり…ッ!」紅い機体からの声に、刺々しいまで の憎しみを顕わにする斑三兄弟。「――斬馬 弦! 今さら のこのこ現れたか!」

 紅い機体、胸部獣面アップ。その内部、コクピット描写。その手 に操縦桿を握り、不敵に笑う…弦!

 弦 「よぉ三バカ兄弟! どうやら大喧嘩のクライマックスには 間に合ったぜ!」

 イオナが、
 時実が、
 そして藤岡すらも思わず表情を輝かせる。
 この、絶望的な戦況すらも、ひっくり返せると信じられるまでの…、
 ザンサイバー本来の飼主、ケダモノの野生のままに戦う凶戦士、 斬馬 弦の帰還!

 弦 「スコットランドくんだりから飛ばしてきて、間に合わねえ かと焦ったけどよ、オイシい敵は残ってたみてぇだな! … こっちからギッたザンサイバー、ずいぶん悪趣味にいじくって くれたじゃねえか」
天一郎「なるほど、そのザンサイバーの紛い物の準備のために出番が 遅れたか。――だが、今さらそのような紛い物、この ダークサイバーの敵ではないぞ!」

 身構えるダークサイバー。

 弦 「勝手な名前付けてんじゃねえよ…ならばこっちは!」

 と、コクピットに入る通信。今しがた、弦の乗る紅い機体を 運んできた、ロイ・フランメに乗る遮那からだ。

遮 那「いつまでもダラダラ挨拶してない!」

 刹那、紅い機体のすぐ真後ろで爆発。紅い機体を後ろから狙おう とした空骸邪の1機が、すぐさま飛来した遮那駆るロイ・フランメ の大剣フランメ・ブリセウアーの一閃に両断されたのだ。

 弦 「ゲ…」
遮 那「チャッチャと片付ける! コクピットをぶち壊すまでは 仕方ないとして、なんとしてでもザンサイバーを取り返すのよ!」
 弦 「無茶をおっしゃる…」
蘭 子「…弦、くん」

 と、また別の回線から通信が入る。ロイ・フォウドレの蘭子からだ。

 弦 「月島…?」
蘭 子「…弦くん、お願い、そいつ…」嗚咽を含んだ声。 「そいつを…殺して!」
 弦 「――上等。行くぜッ…“クロスオーバー”!」

 右手の盾を、まっすぐダークサイバーへと向けて構える、 “クロスオーバー”と呼ばれた真紅の機体。その盾…否、右腕の 武装を封じていた、危険防止のための封印装甲板が、爆発ボルトに よってパージされ弾け散る。




 顕わになる…明らかに、左腕と造形が異なるどころか、ふた周りは 巨大なシリンダー状の豪腕。その大型の腕を支えるためか、本来の 腕の外側に、金属の地肌も剥き出しの補助アームが肩に繋がれている。
 巨大な右腕の外側、外部フレームと思われていた、四本の角が 起き上がった。轟…ッ、豪腕に設けられた、巨大タービンが回転。 連動し、四本の角の基部が手首部分を中心に回転開始、迸る プラズマが円弧を描き、又は十字状に放射され、唸りを上げる 豪腕に秘められた底知れぬ威力を感じさせる。




西 皇「あの機体は、何なのだ?」

 底知れぬ威力を思わせる、新たな敵の出現に焦燥を隠せない西皇。


イオナ「見たか、西皇浄三郎。これぞ我等が最後の切り札――」

 きっ、と真正面を――屹立する烈華翁の巨体を見据える。

イオナ「ザンサイバー…XO(クロスオーバー)!」


 日本アルプス上空。宙空にて対峙する、“ザンサイバー”の名を 冠する2機の機体。それを遠巻きに囲むシーバス・リーガル隊と 無人兵器群。そして、ロイ・フォウドレの機体を支える魔王骸。

黒 鬼「勝った方が…資格を得る」呻く。「この先に待ち受ける、 ガイオーマと戦う資格を――」

○日本アルプス奥、ドーム(遺跡)
 ICONSと西皇軍の最後の戦い、その戦場から離れた、吹雪 吹き荒れる白銀の山脈の奥。
 そこに鎮座する、直径2キロに及ぶ“遺跡”と呼ばれる真白い ドーム。
 そして、そのドームの直上に立つ、死神の装束のようにも見える マント状の装甲を纏う、髑髏とも見間違える鬼面を持った、 白い死神とでも形容するべき機体。
 ブラック・スフィアの遣い、柾 優の駆るガイオーマ、その真の 戦闘能力を封印した姿である。
 そのガイオーマの肩に乗り、凍てつくような吹雪をその身に受け つつ、遥か彼方――この“遺跡”を巡っての戦いが行われている 戦場の方向を無言で見据えている優。
 その口の端が、僅かに緩む。
 これから待つ、最後の戦いを期待するかのように。

(「Destruction18」へ続く)



  

  


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