Destruction16―「SIDE−A」

(原作協力:蘭亭紅男)

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○日本アルプス上空、夜空
 轟……! 大気を割り、炎の尾を引いて落下していく流星、アップ。
 雪山へと落下する流星。巻き起こる爆発。大量に雪崩れ落ちる、砕けた氷と 雪の流れの中に晒されている、十数名単位の登山隊。その、悲鳴を上げて雪崩に 飲み込まれていく者の中に、まだ若い時実博士の顔も見える。

時実・モノローグ(以下M)「20年前、日本アルプスにひとつの流星が落ちた ――」

 画面暗転。テロップ「20年後」

○日本アルプス、雪原
 弦 「優―――ッ!」

 銃声。雪原の惨劇、銃撃を繰り返すICON兵に追われる捜索隊。遮那に手を 引かれ、逃げる弦の目前、撃たれ、倒れる優。

遮 那「っ!」

 弦の手を引く遮那の足が、すぐ間際のクレパスへと飛び込む。クレパスの 底に落ちていく二人。

○場面転換、クレパスの底
 弦 「う!」

 岸壁に突き出た岩場に着地し、自分たちの落ちたクレパスの底を見つめ、驚愕 の表情の二人。眼下に見える、巨大な、凍てついた肉食獣の顔。
 GIN……! 一瞬、強く輝く、その肉食獣の獰猛なる双眸。

 弦 「なん…なんだ」怯え、一歩、あとずさる。その背を、何者かの手が叩く。 「うわ!」

 バランスを崩し、悲鳴を上げ落ちる弦。大きく顎を開いた、肉食獣の牙剥く 口腔の中へ――!

○謎の空間
 弦 「うわあああああっ!」

 絶叫を上げている弦。淡い光彩が渦巻く、謎めいた空間。その空間の中、弦の 身体が粒子を散らすような、淡い燐光に包まれている。いや、身体そのものが “光の粒となって、空間に滲み、溶けていく”。

弦・M「なんなんだよ…死ぬのかよ俺。こんな、訳の判らない化け物に喰われてよ」

 自分の肉体が泡粒のごとく溶け、弾け散っていく苦痛の中、何事が起きたかも わからず目を見開いている弦。自分の手の肘から先が、完全に宙に溶け散ったのを 目の当たりにする。

弦・M「死にたくねえ…こんな、こんな化け物に…喰われやしねえ…」

 脳裏に浮かぶ、昴の、そして優の笑顔。

 弦 「俺がこいつを喰ってやる!」

○日本アルプス、雪原
 例のクレパスの付近に集まっている、3機の多肢兵器、獣骸。ドオッ―― ! 突如、クレパスから巻き起こる水蒸気爆発!
 噴き上がる白い爆煙の中に包まれる、最も落下跡に接近していた獣骸。その 機体の目前、爆煙の中にギラリと輝く、鋭い双眸、
 突如、その獣骸の、武器を持った右腕に何物かが噛み付く! 驚愕する獣骸の パイロット。獣骸の腕に噛み付いた――凶暴な風貌の肉食獣、その首を振るう。 勢いのままに右腕を噛み千切られ、後方へ飛ばされる獣骸。

パイロット「ひっ…」

 倒された機体の中、怯えるパイロット。
 噴き上がる水蒸気の中から、白銀の尾根を震わす咆吼。その姿を現わす―― ザンサイバー!
 駆け出すザンサイバー。その鉄拳の一撃で、目前の獣骸を叩き潰す。


 弦 「うおおおおおおおおっ!」

 弦、絶叫。呼応し、咆哮を上げ続けるザンサイバー。その背後、轟音を立て、 山がひとつ崩れていく。砕け散る巨大な氷と、大津波のごとき雪崩となって 落ちていく雪。壮大な破壊の様。
 その崩れ落ちる氷の中から覗く、巨大な、白いドーム――。

時実・M「落ちた流星は、まるで運命を導くがごとく、様々な人を結びつけた」

 画面暗転。テロップ 「Old Destruction 01」「凍てついた骸」

○小笠原諸島、某島“BSラボ”

時実・M「流星、その正体が未知の宇宙よりの超技術体であることを知った 西皇浄三郎と日本政府はそれを“ブラック・スフィア”と名付け、小笠原諸島に その研究施設“BSラボ” を設けた」

 洋上に浮かぶ、要塞基地となっている孤島BSラボ俯瞰。

○BSラボ、指令室
 大型モニター画面に映る、あの、日本アルプスの戦場に出現した白いドーム。
 弦、そして昴の前に並ぶ、三枝博士、時実博士、そして、BSラボを率いる 怪老、西皇浄三郎。
 カットイン。直径50センチといった黒球ブラック・スフィアの解析実験の 様子。そして、建造されていくザンサイバー。

時実・M「そしてその技術を元に、斬馬博士はブラック・スフィアそのものを 動力源に孕む超兵器“ザンサイバー”を完成させた。ブラック・スフィアの 存在を狙う軍事結社“ICON”から、それを守る枢室として」

 カットイン、ずらりと並ぶ、獣骸、天骸鬼、餓空骸といったICON多肢兵器 群の軍勢。

三 枝「――だけど、あなた達のお父様、斬馬博士はザンサイバーを奪って逃走 した」カットイン。BSラボ施設を破壊し、逃走するザンサイバー。「 ザンサイバーの起動システムにはプロテクトとして、斬馬博士の、あるいは それと同じ遺伝子情報が必要。――もし、あなた達がパイロットとして私たちに 協力することを拒めば、行方不明のお父様は、国家反逆の徒となるわ」

 三枝の冷徹な言葉に、身を堅くする様子の昴。一方、不敵に微笑む弦。

 弦 「上等だぜ、やってやろうじゃねえか。――優を殺した奴等への復讐もできる」

 昴、信じられない、という表情。

昴・M「この冷たさ…本当に兄貴なの?」
西 皇「よく言った、弦! 儂らの命運、お前に預けよう」

○夜、砂浜
 昴と遮那、その二人の前に姿を現わす弦。

 弦 「叶司令補! ザンサイバーに俺を突き落としたのは、俺しかザンサイバー を動かせないと知ってたからか!?」

 その背後、施設に起こる爆発。

○BSラボ
 細かくカット挿入。BSラボに上陸、強襲をかけるICON上陸部隊。ジープに 乗り、ICON上陸部隊を相手に自ら戦う西皇と、そのジープ上で重機関砲を 振り回す弦。上空から爆撃を仕掛ける飛行型多肢兵器、天骸鬼。
 ザンサイバー出動。天骸鬼を頭部主砲の一閃で薙ぎ払い、撃墜する。
 月光に咆哮するザンサイバー。それを見上げている昴と遮那、そして西皇。

 昴 「あれに…兄貴が乗ってるの?」
遮那・M「あなたも、喰われたほうが幸せだったのかもしれないのに…」

 笑う西皇。

西 皇「戦え、弦。命の限りな!」

 画面暗転。テロップ 「Old Destruction 02」「斬り抜ける獣」

○ICON要塞島

イオナ「ついに覚醒してしまいましたか、ザンサイバーが」

○洋上、国籍不明のタンカー
 タンカー甲板。囚われの弦、昴。イオナとの対峙。
 そのイオナの美貌に、茫然と目を奪われている様子の昴と、なお憎々しげに イオナを睨みつけている弦。

ICON兵「我等がICONの長、指導者イオナだ」
 弦 「上等だぜ! ここであんたを殺せば、この下らない戦争にもケリがついて 日本も安泰って訳だ!」

 一兵の言葉に、自らを縛る拘束を力ずくで捻じ切り、イオナに掴みかかろうと する弦。その弦を制するICON兵の蹴りの一撃。甲板に顔から叩きつけられ、 頭を押さえつけられる。

イオナ「そうしたいというなら…でも、ここで私を殺せば、歯止めが利かなくなる ばかりですよ」
 弦 「言ってくれるじゃねえか! ブラック・スフィアだかを手に入れて、 日本を滅ぼそうって女がよ!」

 甲板に頭から押さえつけられたまま、もがき、唸る。

イオナ「日本だけじゃない、世界中が…人間そのものが滅びます。ザンサイバー が存在する限り」
 弦 「滅ぼすのは手前ェらだろうが! 手前ェらのおかげで優は死に、俺と昴は モルモット扱い、おまけに親父は国家反逆罪だ! 全部、全部手前ェらが――!」
イオナ「斬馬博士――お父様の崇高なご意志を生かせなかったことが悔やまれ ます。そのせいであなた達ご兄妹が…」
 弦 「…何だと?」
イオナ「斬馬 弦くん、そして昴さん。どうか日本から――ザンサイバーから 離れてください。悪いようにはしません」手の仕草で、弦を押さえつけた兵を 退かせる。「今のままでは、あなた達は――人類そのものの抹殺に加担 させられます」
 弦 「何なんだ? あんた、一体何が言いたいんだ!?」
イオナ「あなた達に刻まれた“進化の刻印”、それこそ――」

○都市、ビルの屋上
 街の幾つかの箇所から火の手が上がっている。ビル街の真ん中に膝を付いている ザンサイバーと、それを狙って攻撃を仕掛けている多肢兵器、餓空骸。
 爆撃の最中、ザンサイバーに乗り込もうとする弦。

 昴 「兄貴!」

 その昴の声に、一度だけ振り返る弦。

 弦 「お前の、ためだ――」
 昴 「兄貴…」

○都市
 3機の餓空骸とザンサイバーの市街戦。取り囲まれ、ミサイルの集中砲火を 浴びるザンサイバー。
 弦、咆吼。ザンサイバーを中心に巻き起こる空気爆発。その衝撃で周囲のビルが 崩れ落ちる。
 立ち込める土煙。その中から轟く、野獣の咆吼。

三 枝「目覚めた…」

 BSラボ指令室、恍惚と呻く三枝。
 ビル街、崩れ落ちた瓦礫の上に立ち、咆吼を上げる鋼の四足獣、ジュウサイバー。
 画面暗転。テロップ 「Old Destruction 03」「逢うべき女」

○都市

 餓空骸を叩き潰し、夜空に雄叫びを上げているジュウサイバー。
 その上空、炎上、崩壊しているビル街を見下ろしている、飛行機動形態の ガイオーマ。

 優 「――これをお前が仕掛けたというのか? これが、ザンサイバーとお前の もたらす破壊なのか?」攻撃を放つガイオーマ。「友よ、君は何故悪魔に魂を 売った!」
 弦 「優!?」
 昴 「優くん…なの?」

○海岸
 昴の手を引いている弦と、対峙している遮那。

遮 那「BSラボを飛び出して、ICONに投降する? あそこには友達も 待っていたわね」
 弦 「そんな気はねえ! だがあんたらと関わるのももうご免だ!」
遮 那「逃げ道などないわ。――“ザンサイバーに縛られた者”には」
 弦 「あんたは何故だ。叶司令補、あんたがあんな悪魔に関わるのは何故だ?」
遮 那「私の兄は、あれのテストパイロットだった。――そしてザンサイバーに “喰われた”」

 息を呑む昴。

 優 「そうしてザンサイバーの犠牲になった人間はあとを絶たない」

 その場に現れる優。

 弦 「優!」
 優 「昴ちゃん、あえて言うよ。君のお父さんも――」
 弦 「優、お前何故ICONなんかに!?」
 優 「あの日、僕はICONに救われた。そしてICONで知った。… ザンサイバー、西皇、ブラック・スフィア…すべてを。そして、お前のことも」
 弦 「俺のこと、だと?」
 優 「説明してやる――」憎々しげに、弦を睨みつける優。「ブラック・ スフィアとあのドームを築いた存在、それが神なのか、あるいは宇宙の監視者 なのかは判らない。彼等は知性ある生命の芽生えた星を見つけては“種子”を 打ち込み、あのドームへと“成長”させる」
 弦 「あのバカでかいドームが…タネから育ったってのか?」

 イメージカット。太古の地球、黄昏の平原に立つ白いドームを見つめる類人猿 たち。

 優 「そしてドームは、文明の発展を見守る」

 細かくカットイン。火を起こす太古の人々。槍を手にしての戦争。機械の誕生、 産業革命、文化の発展、近代化していく兵器群――。

 優 「そして、その文明があるレベルに達したとき、宇宙から審判のための 存在が落ちてくる。それがブラック・スフィアだ。――その無限のエネルギー、 もし自らを滅ぼす“兵器”に使えば…」
 弦 「それが…ザンサイバー?」
 優 「そしてお前も、そのブラック・スフィアの産物だ。――お前が僕の 知っている弦だとして、お前、いつから人を殺せるようになった?」
 昴 「っ!」

 昴、衝撃。回想、BSラボに上陸してきた敵兵に、嬉々と重機関砲を撃ちまくる 弦。

 優 「ザンサイバーを自由に使いこなす技量、町ひとつを滅ぼすほどの冷酷さ!」
 弦 「何を――」
 優 「ブラック・スフィアを孕んだザンサイバー。並の人間の肉体と精神では 乗り込んだとしても喰われるだけだ。そして弦もまた喰われた――お前は、 弦の皮だけを残した化物だ!」
 弦 「優、手前ェっ!」
 優 「だがザンサイバーは、弦の血を認めた、そして自らの飼主に相応しい 肉体に作り変えた! 自らの手綱を取る技量と、血に飢えた殺人鬼としての精神を 与えてな! ――化物め、その血塗れの手を見ろ!」

 茫然と、言われるがままに自らの手を見つめる弦。

 弦 「化物…俺は、俺は…」怯えたように、その弦から、後ずさってしまう昴 「す、昴!」
 優 「昴ちゃん、そいつから離れろ!」

 銃声、冷酷に弦の脚を撃つ優

 昴 「兄貴――! いやぁぁぁぁっ!」

 昴、絶叫。
 格納庫、GIN…! 力強く輝く、ザンサイバーの双眸。
 打たれた脚を押さえ、うずくまる弦。その弦の頭に銃の狙いを定める優。刹那、 その場に飛来してくる…ザンサイバー!

 優 「来てしまったか!」

○海岸付近、平原

 始まっているザンサイバーと、機動形態のガイオーマとの死闘。ガイオーマを 狙ったザンサイバーの拳が空を切る。と、突然膝を付くザンサイバー。

 弦 「くっ――なんでこんな時に…」

 肉体を苛む苦痛が走る。頭を抑える弦。

 優 「ザンサイバーが戦い続ければ、ドームが審判を下す! 自滅するしかない 文明を滅ぼし、新たな生命がリセットされる!」
 弦 「滅ぼすだと!?」

 強襲してくるガイオーマに対し、頭部主砲を撃つ。シールドを張り巡らせ、 その爆流を受け流すガイオーマ。

 優 「ドームの“決定”を受けて、ザンサイバーが滅亡の尖兵となる!」
 弦 「ザンサイバーが、世界を滅ぼすというのか!?」
 優 「お前なら判るはずだ! ――ザンサイバーが戦えば戦うほど、僕たちの 文明は滅亡に突き進んでいくんだ!」

 変形――畳まれていた四肢が伸び、その銀翼が大きく拡がる。その、人型と いう真の姿を現わすガイオーマ。

 優 「滅亡の尖兵、ブラック・スフィアを――ザンサイバーを倒すために指導者 イオナはICONを作った!」

 ザンサイバーに挑みかかるガイオーマ。その猛攻の前に、全身の装甲を裂かれ、 頭部の半分を砕かれるザンサイバー。そのザンサイバーの片腕を取り、 地に組み敷く。

 弦 「くそっ! 俺は、世界を滅ぼしたりしない!」
 優 「無駄だ。その前にお前が自滅する」
 弦 「!?」
 優 「作り変えられ、強化されたとはいえ所詮は人間の肉体。ザンサイバーが 動けば動くほど、お前の命は削られていく!」
 弦 「死ぬ…俺が!?」
 優 「聞け! BSラボの、西皇の真の目的は、お前が死に、人類が新たに リセットされた後の世界で、ザンサイバーを使って君臨することだ!」

 愕然となる弦。ほくそ笑む怪老の顔、カットイン。弦、絶叫。
 ザンサイバーから巻き起こる空気爆発。ザンサイバーを組み敷いていた ガイオーマが吹き飛ばされる。そのガイオーマに襲いかかる――変形した ジュウサイバー。
 その戦いの様を、遮那と共に見つめ、涙を流すしかない昴。

 昴 「なんで、なんで優くんが、兄貴を殺さなきゃならないの…」
遮 那「いつも人は憑かれてしまう…」

 ジュウサイバー対ガイオーマ、その、互いの装甲を砕き合いつつの死闘の様に、 呟く遮那。

遮 那「戦いに、力に…」カットイン、BSラボ、その戦いを見つめる時実と 三枝。ICON本部、悲しげな瞳のイオナ。「愛する誰かのためだと…言い訳 しながら…」

○BSラボ
西 皇「そうだ弦、その命尽きるまで戦え」2機の死闘を見つめる西皇。 「――ザンサイバーを、儂の新たな肉体とするその日まで!」

 画面暗転。テロップ 「Old Destruction 04」「砕け散った心」

○洋上

 上空、BSラボに空から迫る、ガイオーマを先頭としたICON多肢兵器軍団 の大群。
 ガイオーマ、コクピット内、決然とした表情の優。

○BSラボ、地下層
 鉄格子の付いた監獄の中、手錠でベッドに縛り付けられ、繋がれた獣のごとく 唸り続ける弦。
 鉄格子の外から、そんな弦を見つめている遮那。

遮 那「――でも、まだ死ねないわ、君は…」

○BSラボ、ザンサイバー格納庫
 昴 「お父さん…私、どうすればいい…」

 格納庫に立つザンサイバーを前、涙を流す昴。刹那、ザンサイバーの双眸が 輝く。

 昴 「――!?」

 瞬間、昴の脳裏に流れ込むビジョン。雪山、白いドーム、弦、優、父、 時実と三枝、西皇、宇宙、流星、ザンサイバー、そして、二本の龍の鎌首―― 閃光、

 昴 「そう、なの…?」昴の問いかけ。その双眸の輝きも消え、応じることの ないザンサイバー。「なら、それなら…私は…」

○洋上
 始まっている、護衛艦隊とICON多肢兵器軍団との戦闘。既に何機もの 多肢兵器群がBSラボへの上陸を果たした中、出撃し、踊りかかるザンサイバー。 手にした斧が、ことごとく敵機を叩き伏せていく。
 コクピット内、嬉々と、狂気めいた笑いを上げている弦。

 優 「現れたな、ザンサイバー!」

 そのザンサイバーに挑みかかるガイオーマ。

○BSラボ、指令室
 大型モニターに映る、半分砕かれたガイオーマの腰の鬼面。その砕かれた鬼面の 奥に覗く、厳重にデバイスで固定された黒球…。

西 皇「あれは…」
時 実「お察しのとおり、“ブラック・スフィア”です。――ICONの礎と なった異星の文明、その惑星を滅ぼす役目を終え、新たに宇宙に飛び立っていた はずの…」

 時実を先頭に、武装したICON兵に制圧される指令室。

○ICON本部
 イオナ「私には、こうするしかなかった…ブラック・スフィアのもたらす 災厄に対して、同じブラック・スフィアをぶつけるしか…私の星を滅ぼした ガイオーマを」

○洋上
 それぞれ斧を、槍を手に、ザンサイバー対ガイオーマの激突、続く。

 優 「同じブラック・スフィアを孕むといっても、この機体、ザンサイバー などとは出来が違うぞ!」

 ザンサイバーの胸部獣面を直撃する、穂先の一閃。

 弦 「ぐぁぁぁぁっ!」

 海へと落ちるザンサイバー。

○BSラボ、指令室
時 実「ザンサイバーが!」

○洋上
 ザンサイバーの落ちた海上を見下ろしているガイオーマ。と、渦巻き始める海面。
 刹那、まるで天変地異のごとく、ザンサイバーの落ちた海面が、巨大な竜巻を 巻き起こす。嵐のごとく荒れる海面、立ち上った巨大な竜巻から、迸る数条の稲妻、


時 実「何だ!?」


遮 那「あれは…」


イオナ「まさか…」


 竜巻が、突然崩れた。ドドド…大量の巻き上げられた海水が、大瀑布となって 再び海面に落ちていく。
 大瀑布が落ちたあたりの海面が、またも唐突に割れ、何かが顔を表す。

 キュオォォォン…!

 空中に、大きく咆吼を上げる、二本の鎌首。それは、まさに“竜”の首だ。 さらに海面が割れ、その“二首竜”の、全身像が海面に姿を現す。
 四肢から生える鋼の爪、二本の長大な尾、そして、その背から生える、 肉食獣の頭を模した胴体を持つ人型の半身…!

 優 「あれ、は…」思わず、攻撃の手を止め、その異形の二首竜を凝視する。 「ザンサイバー…なの、か?」

 キュオォォォン…!

 空を切り裂く咆吼。異形の巨竜、リュウサイバー――!

○ICON本部
イオナ「全軍引け! あれに構うな――あれはもう人が触れてはいけないものだ!」

○洋上
 二つの鎌首の口腔を、大きく開くリュウサイバー。その口腔の中に発生する、 エネルギーの光球の淡い輝き。次元波動のエネルギーが、口腔内に急速に収束 しているのだ。
 シールドを張る体制を取り、身構えるガイオーマ。


 昴 「駄目! 逃げて!」


 優 「!」

 咆吼――、リュウサイバーの口腔内に溜まった、膨大なまでのエネルギーが、 凶暴な爆流と化して吐き出される!

 轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟――!

 一瞬にして、閃光に呑み込まれる、ICON大編隊。

 優 「これは――!?」その爆流の威力に、ガイオーマもまた飛ばされる。 瞬間、「――!」

 優の脳裏に、流れ込んでいくビジョン。宇宙、生命、誕生、滅亡、そして…、


 太平洋上を、一直線に突き進む爆流。その突き進む先は…、

 東京上空、俯瞰。東京湾を割り進み、首都に届く閃光、
 東京を爆心地に、膨れあがる閃光。やがてそれは、東京のみならず、関東圏全体を も包んでいって…。


 ガイオーマのコクピットの中、閃光の中で、脳裏に走るビジョンを 見つめている優。

優・M「そう、か…」悟ったかのように、瞳を閉じる。 「ブラック・スフィアは…」

○BSラボ、指令室
 衛星からの、日本列島を映し出した画像に、茫然自失となっている時実。
 その、モニターに移る日本列島の映像、関東平野の部分が大きく抉り 取られている…!

時 実「関東平野が、一瞬で壊滅…?」

○ICON本部
イオナ「…なんということを」

 俯き震えている指導者イオナ。長い髪に隠れて、その表情は見えない。だが その垂れ落ちた髪の奥から、くぐもった嗚咽が聞こえる。

イオナ「私は…なんということを…」

○上空
 戦線を離脱し、飛んでいるガイオーマ。

 優 「やることがある…僕は行かなければ…」

○廃墟
 関東近郊。リュウサイバーの砲撃の被害を受け、壊滅している街。その中を ひとり、その二本の脚で、北へと向かう昴。

 昴 「私…行かなくちゃ…」

 画面暗転。テロップ 「Old Destruction 05」「光芒を呼ぶ魔龍」

○日本アルプス

 雪原、吹雪の中、あの白いドームを見据えている昴。

 優 「“おかえり”、昴ちゃん」

 そこに、飛来するガイオーマ。ゆっくりと降下、手を差し伸べ、昴を迎える。

○BSラボ、病棟
 白いベッドの上、口元には呼吸器をはめられ、点滴を受けつつ、目を 見開いたまま天を向き、微動だにしない弦。その髪は真っ白に染まって しまっている。
 その傍らにて、悔やむような表情にて立ち尽くす遮那。

遮 那「――時実博士が反旗を翻しつつも、西皇は三枝博士を切り捨てまんまと BSラボを脱出…」

 カットイン。指令室、左肩を撃たれ、茫然と倒れる三枝と、銃を構えたまま 笑っている西皇。

遮 那「あの戦闘の後、ガイオーマは突然ICON本部への破壊活動を開始する」

 カットイン。ガイオーマの攻撃によって炎に包まれるICON要塞島。 脱出する数機の飛行要塞。その1機に乗っているイオナ。

遮 那「ICON本部を壊滅させた後、ガイオーマは日本アルプスのドームに 姿を現わした。指導者イオナは残存兵力を集め、ガイオーマごとドームを破壊 することを決心された」

 カットイン。雪原、ドームを背に立つガイオーマと、日本アルプスへと向かう、 数機の飛行要塞を中心としたICON残存部隊。

遮 那「そして西皇は、図々しくもなおドームを奪取すべく、巨大戦艦を用意し 日本アルプスに乗り込もうとしている」

 カットイン。大阪、西皇重工造船施設。出撃を待つ、巨大万能戦艦烈華翁 の威容を前にほくそ笑む西皇。

遮 那「みんなが、あのドームに集まろうとしている…そして君は、もう二度と、 立ち上がることさえできない」目前の、衰弱した弦を前に、目を伏せる。 「もう、ザンサイバーは二度と動くことはない。――それが、ザンサイバーに たったひとりの兄を殺された、私の望みだったはずなのに、ね…」

 カットイン。格納庫、各部を鎖や溶接した鉄骨で拘束、封印された状態の ザンサイバー。

○日本アルプス、ドーム
 ドームの頂点、その上に立つガイオーマと、足元にて吹きすさぶ風をその身に 受けている優。

 優 「あの日、弦はこの地で死んだ…だけど奴が現れた。弦の皮を被り、 ザンサイバーを駆って弦の姿を血で汚すあいつが! 許せない…許せるもんか!」 優の脳裏に浮かぶ、暴れ回るザンサイバーと、それを嬉々と操る弦の姿。 「ICONに救われた僕は、ガイオーマに選ばれ、その機体を操るために自らの 身体を切り刻み、身体の半分以上を機械にして強化した。すべては ザンサイバーと戦い、叩き潰すため! ――ふふ、愚かだな、あまりに愚か過ぎた」

 顔を上げる優。恍惚とした表情。

 優 「もう、そんなことはどうでもいい。…ブラック・スフィアの意志が、 その存在の大いなる意義が…判らない奴等のことなどどうでもいいんだ…」

 その、ドームの上空に迫る、ICONの軍勢…。

○飛行要塞
 モニターに映る時実の顔。通信を交わしているイオナ。

イオナ「“進化の刻印”。ドームに育てられた文明が、人工の生命を創るという 神の領域に達したとき、生み出されるようにプログラミングされた人工生命体。 ――そしてブラック・スフィアは、ドームの元へと落ちます。進化の刻印を守る 守護者となるために」
時 実「では…ドームが人類を生み出すときにプログラムを施し…それを生み出す べくして作ったというのですか…?」愕然となっている時実。「“進化の刻印” である昴くんと、ブラック・スフィアそのものを孕む“守護者”、ザンサイバーを…」
イオナ「――私の星では、ガイオーマがその“守護者”にあたりました」 イメージカット、ドームの前に立つ昴。「時が来たとき、ドームは進化の刻印を、 新たなドームの胎芽として宇宙へ放つのです。…ひとつの星の文明が役目を 終えたとき、また別の星で新しい生命、新しい文明を生み出すために…進化の ために」

 BSラボ指令室、戦慄した表情の時実。

時 実「進化とは…進化とは何なのですか」
イオナ「破滅です」

 カットイン。異星の文明を炎に包み、滅ぼす、ガイオーマの悪鬼のごとき姿。

イオナ「私の星の文明、技術、知識すべての最高峰のものを注ぎ込まれた ガイオーマは、たった1機で私の星を滅ぼしたのです」
時 実「そして、ブラック・スフィアには、その星の文明、技術、知識すべての データが記憶される…」
イオナ「役目を終えた星を、その文明も人類も滅ぼし、自らの殻を脱ぎ捨て、 ブラック・スフィアは再び宇宙へと旅立ちます」イメージカット。ガイオーマの 機体を内側から砕き、宇宙へと登っていくブラック・スフィア。 宇宙を走る流星――。「また、新たな星のドームの元に降り立ち、その星で 育まれてきた文明と知識、すべてを搾取し滅ぼすために…」
時 実「――無数の、ドームとなる胎芽とブラック・スフィアとが、宇宙を 飛び交い、創造と破壊を繰り返して、文明の知識を蓄えていく… 誰が作った輪廻、誰が作った宇宙なのだ!」

 たまらず、手元のコンソール・パネルを拳で叩く時実。口惜しげに、歯をギ リ…と鳴らす。

時 実「…!」そして、気付く。「ガイオーマの体内には、まだブラック・ スフィアが納まっている…一体それは!?」
イオナ「――ほころびは、既に用意しておきました」

 上空、既にICON部隊とガイオーマの戦闘、始まっている。ガイオーマに 挑みかかるも、ことごとく返り討ちに逢って撃墜されていく多肢兵器部隊。
 その中の1機として、ガイオーマの前に立ち塞がる黒い機体――魔王骸!
 そして、彼方の上空からは、自らの有する多肢兵器ダンサイバーの大群を 連れた西皇の巨大戦艦、烈華翁が迫ってきている。
 烈華翁艦橋、始まる戦を前に、不敵に笑っている怪老。

イオナ「時実博士。狂った滅びの輪は、この星で断ち切ります! ―― ザンサイバーをここへ送ってください!」

○BSラボ、指令室
 巨大モニターに映し出されている、日本アルプスを舞台に始まる、ガイオーマ、 ICON、そして西皇の総力戦の戦況。

時 実「ザンサイバーは…弦くんは、もう!」嘆く。「――斬馬のときと同じ なのか!? この星を、子供たちを守るために起った彼のために、何もして やれなかった私は…今度も、今度もそうなのか!?」
三 枝「それが、あなたの限界ですもの…」

 左腕を包帯で吊った三枝が、その時実の無様でもある姿を嘲笑する。
 そして、

 弦 「時実博士、それは違うよ――」
時 実「!」

 突然指令室に入る、通信。

時 実「弦くん、今どこに!?」
 弦 「俺と、昴と、この星を守るために起った、か…国家反逆罪どころか、 自慢の親父だぜ。疑っちまったこと、きちんと謝んなきゃいけねえ」


 ザンサイバー、コクピット内。操縦桿を握り締める弦。

 弦 「でもよ、時実博士。親父のように、行動を起こす奴だけじゃ駄目だ」


 指令室。室内の一同に届く弦の声。

 弦 「その行動を、後に伝えてくれる奴がいれば…親父が、俺が、何のために 戦ったのかを、伝えてくれる奴がいてくれれば…きっと誰かが、この戦いの意味 を考えてくれる。そして判ってくれる」
時 実「弦、くん…」

 通信モニターの中の、弦が微笑む。

 弦 「誰かが、俺たちのことを判ってくれる未来――それがあるなら、俺たちの 生きてきたこと、戦ってきたことには意味がある。――あんたが伝えてくれ」


 BSラボ外観。ザンサイバー発進口が開いていく。
 発進口の中に姿を現わす、ザンサイバーの勇姿。


 弦 「あんたが、生きて、未来の誰かに、俺たちの行動(おこない)を 伝えてくれ。だから、そのためにも――」

 決然としたものになる、弦の表情。

 弦 「そのためにも、未来は決して閉ざさない!」

 轟…! 発進口より、果てなき蒼空へと出撃していくザンサイバー。
 指令室の大窓から、その、空に消えていく光点を見つめる時実。
 画面、ホワイトアウト――。

 テロップ 「Old Destruction 06」「振り下ろす刃」

時実・M「――それが、彼が私に託した、最後の言葉だ」

 真白い画面が、再び色付いていく。洋上にて、巨大な翼を休める、ICONS 飛行要塞ケアクエイル。

○ケアクエイル内、一室
 弦、遮那、蘭子。そして藤岡にイオナといった一同を前に、感慨深く、 語り終える時実。
 時実の語り終えた、途方もないもうひとつの世界の歴史に、声もない一同。
 そして、部屋の隅にて、黙って腕を組んで立ち尽くしている黒鬼。

時 実「それから――」

 画面、再び“かつての世界”へ。夜の砂浜、力なく、銃弾に穿たれた足を 引きずり、BSラボ施設からよろよろと歩み出てくる時実。星空を見上げる。 一瞬、夜空の一点に瞬く閃光。ふと、振り返る。驚愕の表情。
 そこに、つい今の今までいたはずの、BSラボの施設がない。あるのは、 荒涼とした無人島の、人工物ひとつない山々と風に鳴く木々のざわめき、押し 寄せる波の音だけ。
 茫然と立ち尽くす時実。

時実・M「――何が起きたのか、まるで理解できなかった。」

 カットイン。街の雑踏の中にいる、傷ついた脚を杖で引きずる、薄汚れた 格好の時実。

時実・M「なんとか本土に戻った私は、そこで初めて知った――」手にした 新聞に、目を見開き、おののく。あの、自分も参加した日本アルプス調査団、 全員死亡の記事。そして自分の死亡記事…。「一体如何なる時間の陥穽なのか、 私は、20年もの時間を過去に遡っていた。本来の歴史の中で、私たちが ブラック・スフィアを発見し、日本アルプスから帰ってきたその日に――」
遮 那「そして…自分が死んだという、“変化してしまった歴史”の中に現れたと …言うのですか?」

 茫然とした、遮那の問いに頷く。

時 実「そして、絶望した」

 イメージカット。20年近い時間の中を、杖を着き、茫然と放浪する時実。

時実・M「時の流れから見放された自分。私が既に死んでいるという、他愛の ないだけの変化をした世界の中で私は、生きているという証明も、生きている 意味も何も見出せなかった。長い間…本当に長い間、ただ、絶望だけを胸に 放浪する日々が続いたんだ」

 飲み屋街。あの、トキさんとして過した風俗店の前にて、酔い潰れ、涙を 流して壁を背に倒れている時実。店から出たひとりの女がその時実に気付き、 声を掛ける。時実を慕っていた、あのイオナ似の女。

時実・M「――そんな私の前に、意外な人物が現われた」

 フラフラと、飲み屋街を闊歩する時実。その前に立つ、黒装束の、鬼面の 戦士――。

遮 那「では、あなたも…」

 黒鬼へと振り向き、問う遮那。頷く黒鬼。

黒 鬼「俺もまた――時実博士と同じ世界から、追放された男だ」

 衝撃の事実――。

時 実「そして黒鬼殿は、既にひとり戦い始めていた。必ずやもう一度巡ってくる であろう、ブラック・スフィアを巡る悲劇――その悲劇を食い止めるために」
藤 岡「腑に落ちないことがある」珍しく、口を挟む藤岡。「かつての ザンサイバーは、あなたと斬馬博士、そして三枝博士の三人の手によって 完成を見た。しかしこの世界では“十字の檻(クロスケイジ)”にあなたは いない。あなたの存在なくして、どうしてこの世界でザンサイバーは完成を 見たのだ」
時 実「藤岡大佐。“十字の檻”の司令官だったあなたなら、ザンサイバーの 開発記録を見たでしょう」

 カットイン。第7話、三枝のディスプレイに映るザンサイバーの開発記録。 日本アルプスから回収された、あちこちが焼けただれ、裂けた機械の残骸。だが、 その残骸と呼んで差し支えない機械体こそ…まごうことなく、ザンサイバーの 胸部の、あの獣面そのものである。

時 実「“この世界”に落ちてきたのはブラック・スフィアそのものではない。 “ブラック・スフィアを孕んだザンサイバーのコア部分”なのだ」
藤 岡「あの世界で戦った…ザンサイバーの残骸…!」
時 実「そのコア部分に残った、ザンサイバーの機体のデータ。それが、私が 死んだというifの世界での、私の代役になるんだろうね…この世界で ザンサイバーを誕生させるための――」

 黒鬼と目が合う。頷く黒鬼。

時 実「そして私は、この世界の時の流れの傍観者――観測者となった」

 カットイン。あの、風俗店の二階の暗い部屋。パソコンのモニターを 前に作業を続ける時実。その傍らに立つ蘭子。
 そして、ICONの軍勢の中、指導者イオナの後ろに控える黒鬼。

時 実「ICONへと根を下ろした黒鬼殿の情報を元に、蘭子の協力を経て、 私がいないというifの歴史を辿るBSラボ――“十字の檻”を注意深く見守った」

 カットイン。13話、松本市にて戦況を観察する蘭子。7話、弦と接触する蘭子。

時 実「一方で、準備を続けた」時実のパソコンに描かれる、ザンサイバーBの 設計図。「SIDE−Bの能力を持った新ザンサイバーの設計を密かに 指導者イオナの元に流し、人知れず処分されるだけの運命だった蘭子たちを 救い出し、黒鬼殿の薫陶を受けた藤岡大佐を“十字の檻”の司令官として 送り込み…」

 カットイン。密林の戦場、武装した、まだ若い藤岡の前に現われている黒鬼。 第8話、藤岡と昴の前に立つ黒鬼。

時 実「そして最大の元凶、西皇浄三郎の暗殺も成功させた」飛び散る血飛沫。 黒鬼による、西皇暗殺――。「すべての準備は整ったかに見えたのだ。そう―― あの世界の悲劇を塗り替えるための準備が」
 弦 「待てよ…」

 そこで、初めて、声を出す弦。

 弦 「あんた、すべて、そこまで全部知ってて…そこまで先に手ぇ打っておいて、 それでなんで親父を見捨てた…なんで俺と昴を、ザンサイバーを巡る戦いに 巻き込んだ…?」
時 実「私が手を下したとしても…君と昴君は、間違いなくザンサイバーに関わる こととなっていたよ」ザンサイバーに始めて乗った日、ザンサイバーに “喰われる”弦。「君たちの運命は、生まれたときからザンサイバーと共にある ――。たとえザンサイバーと離れた場所に逃げようと、ザンサイバーの力を 欲する者たちによって君はザンサイバーに乗せられていただろう…それが 判るからこそ、君があの日、日本アルプスに行くことについて、私は手出しを しなかった…少なくとも、君がザンサイバーに乗り込むその瞬間、私は傍観者で あるしかなかったのだ」

 その、冷静に告げる時実の顔を睨む弦。

時 実「一度、起こってしまった世界の悲劇、その歴史を塗り替えるための力と なるのは――ザンサイバーしかないのだ」
 弦 「それで俺に…そのための力として、“もう一度”ザンサイバーを 背負わせたのか…?」
時 実「それと…これは言い訳として聞いてくれて構わん。もし、これも悲劇を 塗り替える一因になるならと…当初のザンサイバー奪取計画において、 ザンサイバーには本来蘭子が乗り込み、君のお父上を救出するはずだった――」
 弦 「なんで――なんで、こんなふざけた“やりなおし”の主役があんたなんだ?」

 握った拳を震わせる。

時 実「私ではないよ。この、ザンサイバーとブラック・スフィアを巡る時間の 流れの中心にいるのはあくまで君だ。あの世界での最後の戦い、そこでの決着、 そこで何が起きたかはもはや誰にも判らない。だがもし、あの、最後の局面で… 弦くんが、もうひとりの君が“失敗した”のだとしたら…」
 弦 「……」
時 実「彼はブラック・スフィアを滅ぼそうとしたのかも知れない。だが、 ブラック・スフィアがそれを拒んだとしたら…」
 弦 「…俺に、判るように説明しろ」
時 実「この、一度20年の時間が巻き戻されてしまった世界、そして私が 20年前に死んだ世界を作ったのは――おそらくブラック・スフィアだ」
 弦 「…!」
時 実「そして君は…あの世界での君は、自らの行動、戦い、生きてきた意味 ――すべてを“未来に伝える者”として“私を選んだ”。この時間流に起きえた 不思議な現象を説明する理由として、なんの科学的根拠もないが…私が、 こうして君の前に立ち、すべてを語っているのは…そう思えてならない」

 目を伏せる時実。

時 実「本当なら私は、あの、滅亡に瀕した世界を救ったのは誰なのか、それを 伝え続ける未来があったのかもしれない。だが“未来は、閉ざされてしまった”」 もう一度、顔を上げる。「私ができることは…悲劇の歴史を知る者として、 もう一度辿る歴史を傍観しつつ…それでも、その悲劇を塗り替えるために足掻く しかなかったのだ」
 弦 「……」
時 実「あの日、彼が私に託した願い…それを守るには、こんなことしか私には できなかったのだ」
 弦 「――冗談じゃねえ! いや、笑えねえのは冗談とも言えねえな!」遂に、 激昂する弦。「ざけやがれ! 20年前に戦ったもうひとりの俺だと? そんな 奴のことは知ったこっちゃねえ!」
蘭 子「弦くん!」

 立ち上がり、今にも時実に噛み付かんばかりの弦に、後ろからしがみつき 抑える蘭子。

 弦 「じゃあなんだ、この世界が、一度リセットされて繰り返しているってン なら…あの世界で、もうひとりの俺ってのは“昴を救えなかった”ってことか!?」

 は、となる蘭子。そして遮那。

 弦 「今、俺が生きてるこの時間、この世界を作ったのがブラック・スフィア だってんなら、結局奴は最後の最後に負けちまったってことか!? 俺は 認めねえ、そんなの気に喰わねえ!」

 怒りが収まらない弦。

 弦 「あんたが知ってるもうひとりの斬馬 弦も、俺の前にザンサイバーに 喰われた本物の斬馬 弦も、みんな糞野郎だ! 昴を守る力もなく…負けて、 喰われて、何もできねえクズ共だ! ――俺は違うぞ、あんたなんかに自分の 未来を託したりしねえ! 自分の行いを未来の誰かに話したいってんなら、 それは昴が伝えることだ!」

 もはや、弦の叫びを、黙って聞いているしかない一同。

 弦 「この俺の手で、こんな糞つまんねえ運命とやらから助け出されて、 幸せな未来を掴めるはずの――あいつが、私にはこんな馬鹿な兄貴がいたって、 笑いながら伝えることだ! 俺はあんたの知ってる斬馬 弦とも、俺の知ってる 本物の斬馬 弦とも違うぞ、俺は絶対昴を助け出してやる! 最後の、最後 まで生き延びて、昴に手を出す奴の首根っこ喰らい付いて噛み千切ってやる ! あんたなんかの手を借りなくたって――あいつの未来は、この俺の手で 切り開いてやる!」

 乱暴に、背中にしがみついた蘭子を振りほどく弦。きゃっ、と小さく悲鳴を 上げて倒れかける蘭子に構わず、その部屋から飛び出していく。
 その弦の背中を目で追うこともなく、悔恨に顔を伏せている時実。

時 実「結局、私は…」自嘲気味に、呟く。「…20年前も、今も、彼を苦しめて いるばかり、か…」

○ケアクエイル機内、通路
 息も荒く、肩を怒らせ、通路を進む弦。だが、その視界がふいに歪む。

 弦 「くっ…」

 心臓を押さえた。迸る激痛と、視界を霞ませる眩暈。立ち止まり、その場に 両膝を着く。そのまま力なく倒れかけたその時、
 ぐっ、と、弦の肩にかかる力。そのまま倒れそうになる状態を起こし、その肩を 支える。
 遮那だ。

遮 那「自分の命に、限界があるってこと、判ってる?」
 弦 「ギャアギャア怒鳴るな、とでも言いてえのかよ…」
遮 那「少なくとも、その朽ちかけた身体にいいとは思えないけれど? ―― 立てるわね」
 弦 「へっ…」

 遮那の肩を借り、何とか立ち上がる弦。そのまま、ゆっくりと通路を歩き出す。

 弦 「さんざ怒鳴ってて情けねえが…こんな時だけは、本物の斬馬 弦のほうが マシだな。少なくともあいつは、寿命いっぱいまで生きてられる身体だった」
遮 那「俺は、本物の斬馬 弦とは違う、か」弦の顔を見もせずに、告げる。 「では――君は、自分を何者と思っているの?」

 その、遮那の、思わぬ言葉にふと足を止める弦。

遮 那「事あるごとに、口にしてたわね。自分は偽物だ、偽物だって。―― この際はっきり言っとくけど、その言い回し、気に喰わなかったのよ」
 弦 「俺は…」
遮 那「教えてもらいたいところね。本物と偽物の区別など、どこで線引き しているというの?」
 弦 「お、俺の身体は…」
遮 那「身体が一度喰われました。でも作り変えられました。――でも、 “喰われた斬馬 弦くんの魂は、どこに行ったのかしら”?」
 弦 「俺は…俺は…」

 顔から、余裕が消えている弦。遮那が言おうとしていることを、聞きたくない とばかりに。

遮 那「私には、はっきりと判る」その弦の顔を見据え、無慈悲に、その言葉を 告げる。「…君は、“本物の”斬馬 弦よ」
 弦 「!」
 遮 那「…君自身がどう思おうとも、君は、間違いなく、18年の人生を 友達や昴さんと笑いながら生きてきた――どこにでもいる少年だった、 斬馬 弦くんよ」
 弦 「――違う!」

 絶叫し、否定する。

 弦 「違う…違う! 俺の――俺の記憶は確かに斬馬 弦の物かも知れねえが、 俺の記憶には臭いも、肌触りもねえ、ただのテレビの画像みたいな――」
遮 那「ザンサイバーの中で、一度肉体が再構成されたことによる記憶情報の 混乱あるいは欠如。理由付けならいくらでもできるわよ」
 弦 「!」
遮 那「それとも――君は自分を」
 弦 「違う…ちがう…」
遮 那「どうしても、偽物と思いたいのかしら…?」
 弦 「違うんだよ!」懇願するように、絶叫した「“本物の斬馬 弦”じゃ …昴は守れねえんだよっ!」

 遮那の肩を払い、その場に跪く。

 弦 「…へへ、笑えよ」その場に顔を伏せたまま、乾いた声で独白する。 「本物は…本物の斬馬 弦は、こう抜かしてやがる…怖えぇ、死にたくねえ… 昴も、何もかも投げ出して逃げちまいてぇ…いやだ、いやだ、死にたくない、 死ぬのは怖えぇってよ! こんな――こんな情けねえ奴が、昴を、あいつを 守れんのかよっ!」

 ドン、と拳で床を叩いた。あひゃひゃひゃ…! と、哄笑を漏らす。嗚咽 混じりの哄笑――。

 弦 「…だからよ、俺は偽物だ、偽物なんだ…」嗚咽が抜けぬまま、続ける。 「俺は、本物の斬馬 弦みてえな腰抜けじゃねえ…“偽物”だから、命なんか 惜しかねえ…死んだところで、誰からも文句は言われねえ…死んだって、 偽物だから仕方ねえで済むじゃねえか。…昴のために、最後まで…死ぬまで 戦える…だから…」
遮 那「――偽物だから、死んだって構わない。偽物だから、自分の死も納得 できる…馬鹿言ってんじゃないわ!」

 怒りも顕に、怒鳴った。俯いた弦の顔を上げさせ、無理やり襟首を引っ掴む。

 弦 「………」
遮 那「死など恐れない、命などいらない、そんな口を叩くような奴、私は 許さない!」回想カット、ザンサイバーの中で、光の粒となって散っていく… “喰われていく”自分の兄。「生への執着、死への恐怖、それを持たない人間 なんていない!」

 パァン! 乾いた音を立てて、弦の頬が張り飛ばされる。

遮 那「誰かのために、自分は死ねるなんて言葉…私は信じない! 認めない ! そんな聖人君子ぶった台詞、糞喰らえよ!」

 パァン! 反対側の頬も、力強くひっぱたいた。

遮 那「君は生きているんでしょ、だったら叫びなさい! 泣き喚きなさい ! ――いやだ、こわい、死にたくないって! 自分は今、生きているんだって こと、精一杯叫んでみなさいよ!」更に襟首を掴み上げ、顔の間近で怒鳴る。 「みっともない姿を見られたくないなんて、今さら言うんじゃないわよ… そんな下らないこと抜かしたら、今度こそ、私があんたを殺してあげるわ…!」

 弦の身体を突き放した。そして、所持していた銃を弦へと向ける。通路に 尻餅を着き、茫然と、その怒りも顕な遮那を見上げる弦。

 弦 「…俺…」
遮 那「さあ!」
 弦 「俺は…俺は――」

 ギリ…、力強く歯を食いしばる弦。頬に一条、零れるもの。
 通路に響く、慟哭――、

遮 那「…泣きたいだけ泣きなさい」手にした銃をしまい、弦の傍らにしゃがむ 遮那。弦の肩を抱きしめる――。「そうやって、全部吐き出したら、今度こそ… 最後の、最後の一瞬まで、胸ぇ張って、精一杯生きてみなさい…」

 通路の陰。その二人から見えない位置にて、静かに弦の慟哭を聞く時実と蘭子。

蘭 子「……」

 無言で、顔を伏せ、その場から去っていく蘭子。ひとり残される時実。その 表情に、なおも刻まれている、悔恨。

時実・M「弦くん、私が知っている世界のことで、ひとつだけ言っていないことが ある」慈しむかの、遮那の顔、アップ。「黒鬼殿から聞いた、あの日本アルプス での最後の戦いで、彼女は…」

○ケアクエイル、上部
 海面に浮かぶケアクエイルの巨体。ひとりその機体の上に立ち、風を受け、 月の輝く夜空を見上げている黒鬼。

黒 鬼「……」

 無言にて、あの日、魔王骸を駆って自分が経験した最後の戦いを回想する。
 イメージカット。自らの目前で、優に撃たれるイオナ。
 爆発的に崩壊するドームと、そこから宇宙へと打ち上げられる“種子”。そして それと共に宇宙へ飛び立つガイオーマ。
 それを追って、ザンサイバーを抱えて大気の外を目指す、愛機、魔王骸…。
 宇宙――。地球を背に、上昇していた2機。ザンサイバーを抱えていた 魔王骸の、機能が停止していく。


黒 鬼(鬼面はつけていないが、顔は見えないアングル)「済まんな、弦。 ここでガス欠だ。――あとはひとりで行ってくれ、頼んだぞ」
 弦 「どうして…あんた、ここまでしてくれたんだ?」
黒 鬼「指導者イオナの、最後の願いだ。――“進化”という名の滅びの輪を 壊す。そのためにICONはあった。そして今、それができるのはザンサイバー だけだ」
 弦 「畜生!」唸る。「俺のせいで――みんな死んじまうようなもんじゃねえか …畜生、畜生ォッ!」
黒 鬼「それは違う。弦、俺がこうするのは、あくまで俺の意思だ」決然と 告げた。「他人の血で手を汚すだけの、ただの兵隊だった俺に生きる意味を 与えてくれたのはイオナだ。俺は、彼女のために生きてきた」

 最後の力で、静かに、ザンサイバーを離し、宇宙へと押しやる魔王骸。逆に、 魔王骸の高度が落ちていく。すべての動力が落ちたまま、再び重力の井戸の底へ ――。

黒 鬼「彼女が願った、地球の未来は…お前の手の中にある。役目を―― 果たせ!」
 弦 「どいつもこいつも、みんな…勝手なこと言いやがって!」

 再び、ケアクエイルの上。

黒 鬼「かつて…目の前で、愛したひとを失った。もし、その悲劇を避けることが できるのなら…」

 ひとり、誰ともなく呟く黒鬼。

黒 鬼「俺は…それを塗り替えたいだけなのかも知れん、な」

 また、夜空を仰ぐ。
 イメージカット。
 宇宙。――激突する、ザンサイバーとガイオーマ。


 その死闘の画に重なる、テロップ 「Old Destruction 07」「空を裂く命」

 画面、ゆっくりと暗転していって…、

○サブタイトル「Destruction 16 ― SIDE−A」

(「Destruction17」へ続く)



「SIDE−A」イメージソング
『Fatally』(mp3ファイル)

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