Destruction13―「開顎捕獣」


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○回想、10年前。都市、路地裏
 薄汚れた路地裏、水溜りの泥水を蹴散らし、息遣いも荒く駆け抜ける制服の 少女の後姿。その足が、路上に転がったビールの空瓶を踏み、足を滑らす。
 きゃっ…、と小さく悲鳴を上げ、水溜りに転倒する少女。その倒れた彼女の 背後、立ち止まる屈強なシルエット。
 少女、怯えた表情にて振り向く。そのギラついた目で少女を凝視し、息も荒く、 右手には大振りなナイフを手にした屈強な体格の男が。

少 女「おじさま…どうして?」
 男 「――済まない、小織(さおり)ちゃん」ナイフを手に、一歩、倒れて 動けない少女の元に歩み寄る。その刃を大きく振り上げた。「こうするしかない …俺が死なないで済むためには、他のみんなを殺すしか…ない」
少 女「いやぁーーーっ!」

 悲鳴を上げ、目を閉じる少女。銃声。
 恐る恐る、その瞳を開く少女。その彼女の倒れた傍ら、顔から水溜りへと 倒れ落ちる、今まさに彼女を襲おうとしていた男。
 ひぃっ、と、ゆっくり視線を真正面に向かわせる。彼女の視線の先、拳銃 を構えた、ひとりの青年。

青 年「…何なんだよ」嘆くように、呻く。「いつまで、こんなことを続け なきゃならない?」

 銃を持った片手を下ろし、茫然としたままの少女の元へ歩み寄る。スカートの 尻を水溜りに漬けたまま、怯え、後ずさる少女。

青 年「三枝、小織さん…だよね。はじめまして、かな」屈みこみ、少女の顔を 正面から見据える。「僕は皇 黄金(すめらぎ こがね)。君と同じ、 あの爺さんの48人の子供のひとり、だよ――あ、待って、君に危害を加えたり はしない」

 ひっ、と身を引く少女をなだめる。

青 年「今のを見たあとだ。信じてはもらえないかもしれないけど、僕は、 この狂った殺し合いをやめさせたい。できれば彼とも穏便に済ませたかったが、 今はこうするしかなかった…怖がらせたことは、謝るよ」下ろした右手に銃を 握ったまま、左手を懐中に入れる。もう一丁の銃を取り出し、銃身を持って グリップ側を、小織と呼ばれた少女に差し出す。「僕たちひとりひとりを殺し 合わせる…生き残った者が、あの爺さんの後継者だと…そんなもの知るか!」

 口惜しそうに、ギッ、と噛み締めた歯を軋ませる。

青 年「君みたいな女の子まで、こんな馬鹿げた殺し合いに巻き込まれることは ないんだ。――僕は、これから同じようにこの殺し合いを何とかしたいと 思っている仲間を探すつもりだ。これは、護身用に渡してくよ。願わくば、 君が誰も殺したりせず、逃げ延びられることを」

 未だ呆けた表情のまま、皇 黄金と名乗った青年の顔と、差し出された銃を 交互に見つめる少女、三枝小織。
 差し出された銃、アップ。そのグリップを、恐る恐る掴む、白く細いしなやかな 手。
 画面、暗転。テロップ「10年後」。

○現代、破導獣軍団母艦、烈華翁、指令室
 黄金の差し出したものと同じ銃のグリップを掴んでいる、白く細いしなやかな 手。そして、もう片方の手にも、まったく同じ形の銃が握られている。
 画面、手元からパン。二丁の銃の持ち手の顔、明らかになる。若干疲れた表情を 見せている、今現在世界を牛耳る二人のうちのひとり、三枝博士。

三 枝「もうすぐ…もうすぐ、願いが叶う…」手の二丁の銃を、慈しむように 胸に抱きしめる。「待ってて――」

○烈華翁内、ブラック・ファイアプレイス
 巨大な円筒状の機関部が据えられ、その周囲をドーナツ状に、横に寝かせられた 無数のシリンダー状のパーツが渦巻いている広大な機関室。それらの シリンダー群の蓋が開き、その中身が顕になっている。その肉体のあらゆる 部分に無残な傷が刻まれ、そこにパイプ類やコード、電極などで無理矢理 シリンダー内壁と肉体を機械的に繋がれている、しなやかな少女たちの肢体 ――しかもその顔は、すべてが、“進化の刻印”と呼ばれる少女、斬馬 昴と 同じものなのだ。
 その室内にて対峙している二人の男。ついに、このブラック・ファイアプレイス の秘密に辿り着いた時実博士と、三枝博士の腹心である皇 黄金。その顔は、 10年前、まだ少女だった三枝小織の前に現われた時とまったく同じもの。

黄 金「“進化の刻印”の複製を多数用意し、それをカートリッジとして擬似 ブラック・スフィアを起動させる…それがこのブラック・ファイアプレイス。 そしてその研究の過程にて、その技術の応用によって作られたのが僕――いえ、 “僕ら”だ。気付いてましたか、時実博士?」
時 実「あまり、ぞっとはしない光景だったがね…」

 カットバック。烈華翁内の要所要所、警備に当たっているヘルメット姿の 兵士達。そのヘルメットの、色濃いシールドの奥にある顔は――すべて、黄金と 同じ顔なのだ(何人かの兵の顔、アップ)。

時 実「この艦に乗り込んでいるのは、すべて…“君”なのだね? 皇 黄金」
黄 金「なかなかに、趣味の良い光景でしょう」片手で顔を覆い、くっくっ…、 と自嘲気味に笑う。「こんなことなら…僕が、僕のオリジナルが、彼女を殺して おくべきだった。10年前に――」

○サブタイトル「Destruction 13― 開顎捕獣」

○小笠原諸島、“十字の檻(クロスケイジ)”
 かつての戦闘の跡の残る、洋上の孤島。施設の各部カット。以前の戦闘による 破壊の爪痕も生々しく、その施設内には今やひと気が感じられない。
 そして、その港湾上にて、巨大な翼を降ろして着水しているICONS母艦、 ケアクエイル。

○“十字の檻”地下最下層
 僅かな明かりに照らされる広大な空間。今は使われていない、大型の作業 機械などが居並ぶ、一見には巨大兵器の工廠区画。かつて、昴を捕らえた三枝が、 昴を連れ込んだ場所。
 その工廠の中央に屹立しているザンサイバー。そして、その足元に立つ弦、 遮那、黒鬼。そして昴――いや、月島蘭子。蘭子、これまでの変装を解いた、 昴とまったく同じ顔という素顔を晒している。
 目前の、茫然となっている弦に、何かを語りかけている蘭子。最後のひと言を 話し終え、その唇が閉じられる。
 ドクン――!
 跳ねる鼓動。片手で、自らの心臓をぎゅっ、と掴む弦。

 弦 「へへ…へへへ…」

 汗ばむ額、乾いた笑いを漏らす。

 弦 「冗談じゃねえ、笑えねえ…笑えねえぞ、それ…」
遮 那「弦くん?」

 様子のおかしい弦。その足元が、力を失ったようにふらつく。倒れる弦。

遮 那「弦くん――弦くん!」

○“十字の檻”病室
 室内の壁にひびは残るものの、小奇麗に片付けられた病室。その病床に、 点滴を受けつつ横たわる弦。その眼は開かれ、力ない視線で天井を見つめている。

医師の声(画面に被さる)「彼の肉体は、もはや限界です。ザンサイバーに 乗り込んでいるかぎり、彼には強固なまでの生命力が与え続けられます。 ザンサイバーを操縦するのに必要な強い肉体を維持するための。しかしその身体 そのものはあくまで人間のものなのです。いくら肉体が強化されようとも、 ザンサイバーから供給される生命力に肉体が追いつかない。…今までもずっと、 発作的に身体の激痛に苛まれていたはずだ。小さなバイクのエンジンに、 無理矢理ジェット機の燃料を注ぎ続けているようなものです。今のまま ザンサイバーに乗っていれば、彼の身体自体がいつバラバラになっても――」

 その、病室のドアをノックする音。

 弦 「…入んな」

 ぼそりと告げる。静かにドアが開き、ボディガードとしてか黒鬼を率いて、 沈痛な面持ちにて室内に入ってくる…ICONSの指導者イオナ。

イオナ「お体の具合は、大丈夫ですか…斬馬、弦くん」
 弦 「あんたか…珍しい見舞い客が来たもんだぜ」

 へへ、と笑って見せる弦。その力ない笑顔に、表情を俯かせるイオナ。

イオナ「もう、戦わないでと…私に言う資格はありません。君には、どんな 謝罪の言葉を尽くそうが、謝ることも出来ない」
 弦 「…俺なんか、いいんだ」点滴を受けている手、その拳をぎゅっと握り 締める。「俺がザンサイバーに乗る前、のほほんと生きていた陰で、あいつらは どれだけ傷ついてたんだよ…」

 カットバック。変装を解き、昴と同じ顔という素顔を見せる蘭子。

 弦 「俺のほうこそ、あいつらに地べたにアタマこすり付けて土下座したって 足んねえ」

○回想、“十字の檻”地下最下層
 弦、遮那、そして黒鬼の前に立つ、昴と同じ顔という素顔を晒している蘭子。

蘭 子「ここが…三枝博士と、あなたのお父様斬馬斉一博士が、ザンサイバーを …そして」一旦、言葉を区切る。「私の…“私達”のオリジナルである “進化の刻印”、昴さんを誕生させた場所です…」

 回想。第4話冒頭、未完成状態のザンサイバー(リュウサイバー形態)、その 竜頭と戯れる幼子…まだ小さい昴。
 ひと言も返せず、蘭子の言葉に耳を傾けている弦。

蘭 子「破導獣ザンサイバーと“進化の刻印”。この世界を破壊し新たに想像 するためのつがいとなる存在。だけど、このペアの量産兵器化を早い段階から 画策していた三枝博士は、斬馬博士も知らないところで独自に“進化の刻印”の 量産計画を実行に移しました。そうして生まれた、昴さんの複製が私達…」

 カットバック。無数に透明のシリンダーが並ぶ広い実験室。そのシリンダーの 中、詰められた培養液の中を漂う胎芽。それらのシリンダーを前に、ほくそ笑む 三枝博士。
 現実。今は中身が空になったシリンダーの並ぶ、明かりも付いてないその 実験室。扉の外から室内を覗いている一同。

蘭 子「――だけど、その研究はすぐに行き詰った。元々オリジナルの “進化の刻印”は、本物のブラック・スフィアと対をなして始めてその能力を 放つことができる絶対的にオンリーワンの存在。私たちが生まれる前、失敗作と して私たちの姉たちはどんどん廃棄されていった。それは何十人、何百人、 あるいは何千…」

 無言で、室内を睨みつける弦。

蘭 子「そして三枝博士は、何も知らずにいた斬馬博士をついにこの悪魔の業に 加担させます」カットバック。三枝にこの実験室へと案内され、愕然となる 斬馬博士。「おそらくは、離れて何も知らず普通に生活していたあなたと 昴さんの命を条件に脅迫した…。彼女がこの“十字の檻”に赴くより前に昴さんを 誕生させていた斬馬博士には、彼女の野心を叶えるための技術も蓄積もあった… はずでした」

 カットバック。斬馬博士の目前、次々とその目を開いていく、シリンダーの 中の昴の複製…蘭子たち。

蘭 子「だけど、先にも言ったとおり“進化の刻印”は絶対的にオンリーワン たる存在。たったひとつ、本物のブラック・スフィアと対になれる “進化の刻印”はたったひとりだけ、それが昴さんなんです。だから、 斬馬博士は三枝博士の要望に応えるための“ごまかし”をもって私たちを誕生 させた…」
 弦 「ごまかし?」
蘭 子「私たちは、オリジナルの“進化の刻印”同様、擬似ブラック・スフィア を発動させることも、破導獣に喰われることなく破導獣を操ることも出来る。 だけどその能力は、オリジナルである昴さんと共有することで得ている能力 なんです。だから、私たちの命もまた昴さんと共有しているもの。もし、彼女の 身に何かあれば、そのときは私たちも同時に生命力の供給を絶たれ、倒れる でしょう。…それが、私が昴さんはまだ生きていると断言できる理由。 だって私は、こうして生きて、あなたの前に立っているのだから」

○烈華翁、ブラック・ファイアプレイス内
 対峙している黄金と時実博士。

黄 金「そうして…斬馬博士の研究過程で得られたデータを元に、本物の 皇 黄金の細胞から複製され、生まれたのが僕らです…だけど僕らは、 ある意味ここで部品と化している彼女達よりも不完全な代物だ」室内に並ぶ、 シリンダーを見渡す。「僕らは肉体こそかつての皇 黄金のものと同じもの。 だけど知性も、2本の足で立つ生命力さえも、この体内に詰められた機械部品に 支えられている。結局彼女ひとりでは、満足な“人間”を作ることは 出来なかった。――斬馬博士が、研究の重要データを、ICONに 流してくれましたからね」

○“十字の檻”地下最下層
 一同、再びザンサイバーの立つ工廠ホールへ。

蘭 子「斬馬博士は、指導者イオナと内通し、私たちをここから逃がしてくれた のです。そのとき、連絡を取ってくれたのが叶指令補」一瞬、遮那のほうを 振り返る弦。「そして脱出の手引きをしてくださったのが黒鬼様。そして 斬馬博士は、この研究の重要データを、これ以上悪用されないために黒鬼様に 託されたのです」

 カットバック。黒鬼を先頭に通路を駆け抜ける、十数人の蘭子たち。

蘭 子「自由の身となった私たちは、それでも、これ以上三枝博士の野望を 喰いとめるため指導者イオナの元に付き、素顔を隠して密かに戦い始めました。 今も私のたくさんの姉妹たちが、世界中の戦場で三枝博士らの軍団と 戦い続けています。だけど、何人かは指導者イオナの協力者である時実博士の 元で、影にあなたをサポートする役目を仰せつかった。――あなたが始めて 出会った月島蘭子も、そのひとりです」

 その言葉に、自分の知る蘭子の顔を回想する弦。いつも屈託なく笑い、 あけっぴろげなな好意を隠さず自らに接した、ミステリアスな態度と裏腹に 笑顔が印象的だった少女――。

○烈華翁、ブラック・ファイアプレイス内
黄 金「そしてその研究データは、皮肉にもサイレント・ボーンストリングの元に 渡った。本名西皇 静。三枝博士やオリジナルの僕同様、西皇浄三郎48人の 子供のひとり。かねてからICONを指導者イオナから奪うべく組織に潜り込み、 幹部の地位まで上り詰めた奴は、まんまとそのデータを隠匿、自分の管理下に あったウェスラギア基地に封印した…」

 回想カット。第10話、ウェスラギア基地襲撃戦。基地内を駆け抜ける弦と 遮那。蘭子の手から藤岡へと渡されるMO。一同の目前にて、そのMOを奪い 哄笑する黄金。

黄 金「だが、藤岡大佐や斬馬 弦がまんまとデータを持ち出してくれた おかげで、こうしてブラック・ファイアプレイスは完成を見た――今現在、 三枝博士が世界を牛耳る人物にのし上がれたのは、まさしく斬馬博士とその 息子である弦、この親子のおかげですよ」

 くっくっ…と笑う黄金。

時 実「…だが、彼女は知らないだろうね」対照的に、悲しげな表情でシリンダー 群を見つめる。「ここにいる、昴くんの複製たちが、君同様すべて不完全な ものであることを」

○“十字の檻”地下最下層
 弦 「へへ…待てよ、じゃあ、あいつは…」額に汗を浮かべ、口元で半分笑い つつ、呻く弦。「あいつは…どこにいるんだよ?」

 ふと、焦燥の弦に視線を向ける遮那。

 弦 「あいつは…俺が、良く知ってる、いつもへらへら笑って年中平和なツラ してた、あの月島は今…どこにいるんだよ、おい!?」目前の、蘭子の肩に 掴みかかる。「あいつは、あいつはどこだ!? 言えよ、言ってくれよ ! あいつはどうしちまったんだよ!?」
遮 那「弦くん!」

 その弦の腕を掴む遮那。

蘭 子「…あの時、昴さんは、あなたの目の前で…だけど私たちは生きている」

 回想。弦の目前で、三枝に頭を撃たれ、“十字の檻”の施設屋上から 落ちていく昴。回想続く。“十字の檻”内、蘭子と二人きりになり、涙ながらに 懇願する昴。その昴を前に微笑む蘭子。自分の変装を解く。
 昴の目の前に鏡写しのように現れる、もうひとりの、自分――。

蘭 子「あの時…もしあなたの知っている月島蘭子が昴さんと接触できたとして、 自ら身代わりとなって、昴さんを逃がしてくれたとしたら。そして…」

 愕然と、蘭子の肩から手を離す弦。再び、回想。自分の目前で、“昴”が 撃たれ、落ちていく…。

 弦 「へへ…へへへ」自らの心臓を掴み、愕然としたまま、力なく笑う。 「冗談じゃねえ、笑えねえ…笑えねえぞ、それ…」
遮 那「弦くん?」

 その遮那の前で、激痛に苛まれる心臓を握り、倒れる弦。画面、 ホワイトアウト――。

○“十字の檻”病室
 画面、再びイオナが訪れている弦の病室へ。病室の隅、腕を組んで壁に もたれている黒鬼。点滴を受けている弦の手の掌が、ぎゅっ、と毛布を 握り締める。

 弦 「俺は、あいつに、なにもしてやれなかった」口惜しげな弦。「自分たち がこんなにも苦しんでいる陰で、お前は何も知らずのうのうと生きてきたんだ。 そう責めてくれたって良かったんだ。恨み言のひとつも言わねえでよ…今と なっちゃ、あいつの顔、笑ってるとこしか思い出せねえ」
イオナ「君のほうこそ、私をいくら恨んだっていい。私もまた、君をこの狂った 戦場に導いたひとりです」辛そうに告げる。「…君のお父様、斬馬博士の願い を守れず」
 弦 「親父、か…なあ」始めて、視線を天井からイオナに向ける。「親父は、 やっぱり、もう…」

 その問いに、ためらいがちに頷くイオナ。
 回想。“十字の檻”、ザンサイバー発進サイロ。その胸部獣面の開いた口腔 から機体に乗り込もうとする、分厚い防護服に身を包んだ中年男性と、 整備デッキから手を伸ばして制止しようとしている…黒鬼。

イオナ「“進化の刻印”量産計画を事実上崩壊させ、三枝博士に追い詰められた 斬馬博士は、それでも最後まで彼女の目論見を壊すべく残された手段に打って 出ました。ザンサイバーに喰われるのを覚悟で、自らザンサイバーに乗り込み 強奪、彼女の手の届かないところでザンサイバーを自爆させようとした…でも、 おそらくは、ザンサイバーが博士を喰らうほうが…」

 第2話冒頭、回想。パイロット視点。ザンサイバーのコクピット内、防護服の 厚い袖と太い手袋に包まれた手。その手が粒子を散らすような淡い燐光に包まれ、 手そのものが、“光の粒となって、虚空に滲み、溶けていく”。

イオナ「“十字の檻”からの脱出と共に、あなたのお父様にザンサイバーの 破壊を促したのは、私だった――!」

 悔恨を込めた、告白。

イオナ「ザンサイバーさえ――ブラック・スフィアさえ滅ぼせば、この狂気の 戦いは終わる。だけど結果的には君をザンサイバーに取り込ませてしまい、 私はそのザンサイバーの力にすがって戦い続けている…なんという、愚かな女…」
 弦 「でもよ…」ぽつり、と漏らす弦。「もしも、俺が、…本物の斬馬 弦が ザンサイバーに乗り込まなかったら…昴は、誰が守れたんだろうな…」

 は、と、弦の顔を見るイオナ。その表情は、穏やかでもある。

 弦 「ザンサイバーが昴を守る訳が判るぜ。あいつの中には親父も、俺に昴を 託した…本物の斬馬 弦もいる。――月島の奴が言ってたんだ。俺は、 昴を守りたいって、純粋な願いから生まれたんだとよ…」へへ、と笑う。 「純粋かどうかは知らねえけど、でも、昴を守るのが俺の存在意義なんだから… だから、俺は死ぬ訳にはいかない。昴はどこかで生きているから。――俺は、 昴を守り抜くために、まだ戦える。それに、あいつは…命がけで昴を守って くれたんだ…あいつの、ためにも」

 回想。“十字の檻”施設屋上から、撃たれ、落ちる前の、昴と同じ顔をした 少女の表情。どこか、諦めたような、それでも穏やかな眼差し。口元が、何か、 言葉を刻んでいる。

 弦 「あいつ…なんて言ってたのかな…」
イオナ「……」
 弦 「なあ」イオナに向き直り、告げる「あんたの星の“進化の刻印”は… あんたにとって、どんな人間だったんだ?」

○病棟、通路
 病室を後にするイオナと黒鬼。その病室の前に、凛とした姿勢で立ち尽くす 遮那がいる。イオナに会釈する遮那。

イオナ「あなたは…弦くんには?」
遮 那「私が逢いに行っても、彼は喜びません」淡々、と応じる。「彼は、私を 憎んでいます。彼を直接、この狂った運命に導いた私を…」

 第2話回想。日本アルプスの雪原、かつてザンサイバーが落下したクレパス。 氷に閉ざされた落下跡の底、地響きと共に地割れが走り、その地割れから閃光が 溢れ出している。その光景に目を見張っている弦。

遮 那「私は、彼を救えとあなたに命じられました。そのあなたの命に、私は、 一番簡単な方法で対処しようとした」

 回想に被る遮那の声。凝視する弦の目前にて、閃光を漏らしながら地割れが、 まるで意図的に何かの意匠を形作るように地面に走っていく。それは…真正面を 向いた、咆哮を上げる、獰猛なる肉食獣の顔。

遮 那「――私は、彼を、殺そうとしたんです」

 なおも愕然とクレパスの底から目を離さない弦。その弦の背中に、銃を向ける 遮那。

○病室
 病床にて天井を見つめている弦。  回想。やはり、ザンサイバーとの出会いの場となった日本アルプス。茫然自失 状態にて、クレパスの底の肉食獣の顔を見つめる自分。その、自分の背中を 突き落とす、何者かの手。
 刹那、爆音。病室を揺らす振動。

 弦 「――!」

 窓の外に目を向ける弦。

○“十字の檻”上空
 “十字の檻”の十字状の施設が築かれた孤島、達磨島。その達磨島の直上、 無数の量産型破導獣、ダンサイバーに周囲を守らせ姿を現している、全長700 メートルの巨大空中戦艦――破導獣軍団母艦、烈華翁!


○烈華翁艦橋、指令室
 眼下の“十字の檻”を睥睨し、ほくそ笑んでいる三枝博士。

三 枝「こちらから踏み潰しに来たわよ」


○ケアクエイル、指令室
藤 岡「今から離陸しても間に合わん。対空砲準備、シーバス・リーガル隊 の出撃を急がせろ。“十字の檻”に赴いている人員は急いで引き上げさせろ。 あそこが無人になったら、防衛からは外して構わん」

 オペレーターたちに指示を飛ばしている藤岡。そこへ、黒鬼を伴い駆けつけて くるイオナ。

藤 岡「――やられました、完全な不意打ちです」
イオナ「ここまで近付いてくるのに、気付けなかったと?」
藤 岡「旧ICONの擁していた多肢兵器にも、あらゆるレーダー、センサー 等の検知網を無力化させる機体があった。三枝博士なら、そのシステムを解析、 発展させるぐらいのことはやる」
黒 鬼「全長700メートルもの艦の存在を完全に消せるとはな…」

 珍しく、ぽつりと呟く黒鬼。その間にも、イオナが指令室中央の席へと駆け 込む。

イオナ「藤岡大佐、今この付近にいる他のケアクエイルは?」
藤 岡「二番機がオーストラリア戦線に、六番機が台湾上空をそれぞれ飛行中 です。六番機は先にシーバス・リーガル隊を先行させると言っています」
イオナ「我が方の機体は?」
藤 岡「今現在、発進します」

 港湾上に着水しているケアクエイル。その巨大な翼下に吊り下がった、 片翼4機、計8機のスマートな機体が、続々と発進していく。
 その機体は、遮那と蘭子の搭乗する機体、ロイ・フランメ、ロイ・フォウドレ のベース機シーバス・リーガルだ。ただし、こちらは両翼のエンジンが前述 2機のものと違ってより生産性の高いブレイザージェットエンジンに換装された、 量産型の機体なのである。
 前進翼の翼を開き、上空の烈華翁へと向かっていく量産型シーバス・ リーガル隊。
 一方、ケアクエイル機体両側の発進ハッチが開き、人型状態のシーバス・ リーガル数機がそこから発進、空中にてやはり飛行形態へと変形し頭上の脅威 へと向かっていく。その中には、量産型と異なり機体両翼にアクセラレイト プラズマエンジンを換装した機体、ロイ・フォウドレの姿もある。

蘭 子「発進――」

 ロイ・フォウドレのコクピット内、落ち着いた口調にて告げる蘭子。両翼の アクセラレイトプラズマエンジンが電磁的な唸りを上げ、瞬時にケアクエイル から飛び立つ機体。飛行形態に変形、その爆発的な瞬発力にて 一気に先に発進していた機体群を追い抜き先頭に出る。


 そして、その前に立ち塞がるように、烈華翁から続々と降下してくる ダンサイバーの群れ。

蘭 子「各機、戦闘準備」

 両肩のエンジンに直接装備されていた、二丁の大型専用銃、フォウドレ・ フシルレズを取った。折り畳まれた状態から、展開する銃身。

○“十字の檻”、病室
 上空での戦闘の爆音、白い室内にまで響いてきている。
 だが、そこにあるベッド、もぬけの殻。垂れ下がった点滴のチューブが、 空しく薬を零し続けている。

○病棟、通路
 ここにも響く爆音。その中を、壁に手で這うように進む弦。

遮 那「――迎えに行くまでもなく、大人しく寝てはいなかったわね」
 弦 「叶、司令補…」

 その弦の前に、憮然とした表情にて現れる遮那。

遮 那「撤退命令が出ているわ。ここはケアクエイルに――」
 弦 「いや、ザンサイバーのところだ」にやり、と微笑む「あのたかって きてるハエどもを叩き落す。相手が三枝のババアってんなら尚更だ。あの ババアにはでっけえ借りがあるからよ」

 その、不敵な弦を見る遮那の視線に、一瞬蔭が差す。

遮 那「…まだ、戦おうというの?」
 弦 「戦わなきゃならねえ理由がある」
遮 那「昴さんの…ため?」
 弦 「今回に限っては、あいつのためだ」拳を固める弦。「昴を守って、 最後まで、笑っていた…あいつのために、な」
遮 那「……」

 無言で、弦の元に歩み寄る遮那。その横に立ち、弦に肩を貸す。

遮 那「ザンサイバーは最下層の工廠。そこは直接発進サイロと繋がっているわ。 あそこからなら、一気に烈華翁の上まで飛び出せる」
 弦 「司令補、あんた…」
遮 那「急ぐわよ――」

 遮那の肩を借り、ザンサイバーの元へと歩き出す二人。へへっ、と笑う弦。

 弦 「流石だよ。あんた、それでこそ…」ふと、その不敵な顔を、穏やかな ものにする弦。「それでこそ…俺の、相棒だよ」

 その言葉に、一瞬、足を止めかける遮那。しかしその言葉にも応じず、弦に 肩を貸し、まっすぐ、前を向いて進む。

○上空
 破導獣軍団とシーバス・リーガル隊の戦闘、始まっている。地上から迎撃 すべく出撃してきたシーバス・リーガル隊に対し手にした銃器を撃ってくる ダンサイバーの群れ。シーバス・リーガル隊も手にした銃器で応戦するが、 二次元絶対シールドに守られたダンサイバーには傷ひとつ付けられない。

蘭 子「通常火器を撃つだけでは効果はない。各機、3機ずつに組んでクイール ・ランチャーを」

 蘭子の指示により、3機ずつ組むシーバス・リーガル隊。その手の銃を一斉に、 先頭から向かってくる1機のダンサイバーへと向ける。


 シーバス・リーガル3機の手にした銃、その銃身上部に装着された銃剣のごとき 刃物が一斉に発射された。ダンサイバーへと放たれる3枚の穂先、当然、装甲を 貫く直前で、絶対の盾である二次元絶対シールドに阻まれる。と、三方に拡散 する穂先。シールド表面にビームの軌跡を刻み“正三角形”を描く。その 正三角形が、中心点から “三角錐として膨れあがっていく”。ダンサイバーの 胸部装甲表面に形成される、穂先の直撃点を中心点とする“正四面体”。
 あたかもサイレント・ボーンストリング擁する無人兵器軍の対破導獣貫通兵装 ペネトレーター同様に、二次元絶対シールドを“破壊”という法則から 逃れられない、三次元上の“物質”へと展開したのだ。
 そのシールドを物質化された機体へと殺到する銃弾。わずか一撃で“正四面体” が砕け散り、シールドを失った装甲に次々と銃弾が撃ちこまれていく。 爆発――。

○烈華翁、指令室
三 枝「指導者イオナ、あんなものまで用意したというの!」その光景に、 激昂する三枝博士。「二次元絶対シールドを打ち破る武器、あれを持って いいのは弟の軍勢だけよ。私と弟の、何者の介入も許さない戦いのために――」

 きっ、と戦況を見据える。3機編隊にて1機ずつ、確実にダンサイバーを 仕留めていくシーバス・リーガル隊。

三 枝「黄金を呼びなさい。業砕刃(ゴウサイバー)を出します。――あの邪魔な 編隊を先に全滅させる」

○烈華翁、ブラック・ファイアプレイス
黄 金「こうして三枝博士は、皇 黄金の複製を多数用意することによって 自らの私兵とした。しかし、言ったとおり彼女の技術で生きた人間の複製は 不完全なものだ。僕のような皇 黄金のオリジナルの記憶と自我を持った複製が 生まれるのは稀なんです。だから、ここにいる僕と同じ顔の兵のほとんどは、 自我を持たない人形も同然。斬馬 弦とザンサイバーに何度となく始末された おかげで、今や皇 黄金本人の記憶を持つのは僕ひとりだ。――もっとも、 彼女からすればその僕も、たとえ死んでも数十人ぐらいまた作り直せばひとり ぐらいは生まれる程度の認識かもしれませんが…」

 そこまで時実博士に吐露し、自嘲的な笑みを見せる黄金。

時 実「――どうして、それを私に教える?」冷静に、訊ねる。「君の発言は、 彼女にとっては立派な裏切り行為ではないかね」
黄 金「裏切り? …ふふ、ならば時実博士、貴方にはまず、このブラック・ ファイアプレイスをどうにかしていただきたい。あの赤いザンサイバーを 設計したあなたなら、この狂気のシステムを無力化させるぐらいたやすいで しょう」
時 実「自分の手は、汚したくないというのか?」
黄 金「残念ながら…この意志は皇 黄金のものでも、身体を支える機械は 三枝博士のものだ。この烈華翁を壊そうとする行為は、身体が拒絶してしまう。 いまこの艦で、完全に三枝博士の支配に置かれていない者は、あなたしか いない――」

 そこまで言って、ふと、は、とした表情になる。黄金の体内の機械部品が、 なんらかのアラームを発したのだ。

黄 金「…三枝博士が呼んでいます。どうやら出撃のようだ」

○上空
 破導獣軍団とシーバス・リーガル隊の戦闘、続いている。数の上では ダンサイバー群が有利なものの、編隊を組んで1機ずつ着実にダンサイバーを 撃墜するシーバス・リーガル隊の統制の取れた戦術と、機体自体のスピードに 翻弄されて次第に押され気味になっているダンサイバー群。

蘭 子「烈華翁の上に出る。母艦への直接攻撃で勝負をつける」

 統制の乱れたダンサイバー群を潜り抜け、飛行形態へと変形したシーバス・ リーガル隊が、蘭子のロイ・フォウドレを先頭に一斉に急上昇、烈華翁の上へと 出る。瞬間、
 ガッ、蘭子のすぐ後方を続いていた機体、その機体の脚部を“何か”が突然 掴み上げた。見ると、そのシーバス・リーガルの脚部に、まるで蟹爪の ごとき物体がその鋼の鋏を開き、喰いついている。

パイロット「何だ…うわ!」

 パイロットがいぶかむ間もなく、突然あらぬ方向へと引っ張られる機体。 機体の脚に喰いついた蟹爪が、その後部のブースターを噴射、見かけによらぬ 出力でシーバス・リーガルを高速で引っ張っているのだ。
 シーバス・リーガルが引っ張られていく、烈華翁の甲板上。そこに、右腕を 高々と掲げた1機の人型多肢兵器の姿が見て取れる。シーバス・リーガルを 掴み上げたまま、ゆっくりと逆噴射し、その機体の右腕へと再装着される蟹爪。 さらに、掲げられた左腕の蟹爪が、頭上に捕まえたシーバス・リーガルの今度は 胸板を掴む。
 ギギギ…、破滅的な軋みを上げ、左右に開かれていく謎の機体の両腕。悲鳴を 上げるパイロット。ついに、力任せに引き千切られ両断されるシーバス・ リーガルの機体。顕になる、新たな敵機の姿。
 両腕には蟹爪。巨大な胸板には破導獣の威信たる獣の顔――あたかも牙虫的 な表情が施され、鋭い形状の本来の頭部には、四方に角が伸ばされている。


蘭 子「新しい…破導獣?」

 呻く蘭子。これぞ、破導獣軍団の新鋭機、破導獣業砕刃(ゴウサイバー) ――!
 果敢と、そのゴウサイバーに向けて銃身のクイール・ランチャーを構える シーバス・リーガル隊。だがゴウサイバーが両腕を構えなおすほうが早い。 ゴウサイバーの両腕、それに装着された蟹爪後部のブースターが唸りを上げた。 轟! 撃ち放たれるふたつの蟹爪。


蘭 子「!?」

 機体の持つ二丁の大型銃、フォウドレ・フシルレズを乱射する。そのプラズマを 纏った重力子弾の嵐をかいくぐり、ロイ・フォウドレの両脇を飛び抜ける蟹爪。 その蟹爪が、ロイ・フォウドレのすぐ後方にいた2機の機体をそれぞれ襲った。
 蟹爪のひとつは、そのままシーバス・リーガルの腹に命中、その腹の装甲ごと 構造を撃ち抜き、空中にて両断、爆発させる。さらにもうひとつの蟹爪は別の 機体の首を掴み上げた。小さな見かけによらず、その大出力にて掴んだ機体を 高速で上空に持ち上げる蟹爪。やがて、宙からそのまま下方へとターン、 轟! さらに加速し、掴んだ機体をそのまま烈華翁の甲板へと叩き付けた。 爆発、2機のシーバス・リーガルを血祭りに上げ、ゴウサイバーの両腕へと 戻る蟹爪。

蘭 子「くっ!」怯まず、蟹爪がゴウサイバーの腕に戻ったその瞬間を狙って フォウドレ・フシルレズを撃つ蘭子。だが元より破導獣である機体、 張り巡らされた二次元絶対シールドの前に、高密度の破壊力そのものである 弾丸も空しく弾かれる。「やはり――ザンサイバーでなければ太刀打ちできない」

黄 金「やれやれ、このままではザンサイバーが出てくる前に敵を全滅させて しまうな」ゴウサイバー、コクピット内。その圧倒的な自機の力の前にほくそ 笑む黄金。「早く来るがいい、ザンサイバー――?」

 視線を下方にやり、いぶかむ黄金。洋上の“十字の檻”、その十字状に 配された施設の中央施設、その施設が開き、地下のサイロが姿を現そうと している。

蘭 子「弦くん?」
黄 金「来るか――」

○“十字の檻”、発進サイロ
 巨大な円筒状の空間内、そこにエレベーターにて、地下工廠より上昇してくる ザンサイバーの機体。
 サイロ内部を臨む管制室。ひとり、コンソールパネルに着き機体の発進作業を 進める遮那。そのしなやかな指先がパネル上の機器類を走っている。

遮 那「上部施設、発進位置に移動…機体エレベーター固定、脚部ロック解除… 内壁次元波動コーティング展開…」

 ヴン…、淡い燐光に包まれる、発進サイロの内壁。天井部の残った数枚の シャッターが開き、陽光がサイロ内へと差し込んでくる。陽光に映える、 ザンサイバーの機体の青。
 コクピット内、操縦桿を力強く握る弦。

弦・モノローグ「ちくしょー…さっきまであんだけ身体に力入んなかったってのが …」顔を上げる。その表情には、ギラつくまでの生気とふてぶてしいまでの 自身が満ち溢れている。「こうして、ここに座ってるだけで身体中にエネルギー が入ってくるのが判りやがる…こいつとはとことん切れねえ仲らしいな」
遮那の声「弦くん、大丈夫ね?」
 弦 「おおよ!」通信機から聞こえる、遮那の声に応じる。「――いつでも、 行けるぜぇっ!」

 その弦の叫びに呼応し、ザンサイバーの頭部、胸部獣面、ふたつの双眸が 力強く輝く。ザンサイバーの機体から溢れる、次元波動の閃光。サイロ内壁の 次元波動コーティングとエネルギーが反撥し合い、ザンサイバーの機体を 上空へと解き放つ推進力と化す。

遮 那「目標、“十字の檻”直上。座標修正よし。いつでもどうぞ!」
 弦 「おおっ!」声高に、決意を込め強く応じる。「ザンサイバー、発進 だァッ!」

 轟――! サイロから、光の柱となって一直線に上空に迸る閃光。

○上空
 宙に浮かぶ、烈華翁の巨大な艦体のすぐ脇の空間を、地上から伸びた閃光の柱が 天へと向かって貫いていく。
 やがて、上空の一点となって消えていく閃光。その宙空の閃光が一瞬瞬いたか と思うと、蒼空を高速にて、何かが烈華翁へと向かって降下してくる。

 弦 「――ぅおおおおおおおおおおッ!」

 天空から響き渡る絶叫。ザンサイバーだ。

○烈華翁、指令室
三 枝「現れたわね――」

○ケアクエイル
藤 岡「行ったか!」
イオナ「弦くん!」慌て、振り返るイオナ。「黒鬼! ザンサイバーの援護を ――」

しかしそこに、既に黒鬼の姿はない。

○烈華翁、甲板
黄 金「お出ましか!」

 天空より高速降下してくるザンサイバーに対し、自機の腕を揮う黄金。 その指示を受け、数機のダンサイバーが迎撃すべく急上昇していく。

 弦 「どけーーーッ! このクソハエ共ッ!」

 肩からバリアブル・ロッドを抜くザンサイバー。瞬時にリキッド・メタルの 棍棒が液状に展開、巨斧の形状へと再硬化する。戦刃クロスブレイカーだ。
 たちどころに立ち塞がってきた3機のダンサイバーを瞬断、が、刃を振り 抜いた体勢の瞬間、別の機体が懐に飛び込んでくる。咆哮する胸部獣面、 その鋭い牙の並んだ顎が、懐に突撃して来たダンサイバーの頭部を噛み砕いた。 頭から爆発を上げ、落ちていく1機のダンサイバー。
 ズン…、ついに烈華翁の甲板へと着地するザンサイバー。その視線の先には、 黄金駆るダンサイバーも、怨敵三枝博士の陣取る、破導獣の上半身そのものと いった烈華翁の艦橋もある。


黄 金「――待っていたぞ、ザンサイバー!」
 弦 「どきやがれ、ババァの腰巾着に用はねえんだ!」
黄 金「なにっ…!?」
 弦 「聞こえるかぁッ、三枝の鬼ババァ!」立ち塞がるゴウサイバーの背後、 見上げる烈華翁の艦橋へと手にした戦刃を向ける。「来てやったぜぇ、 ザンサイバーだ! 手前ェが親父の命踏みにじって完成させた破導獣だ ! 手前ェの野望を踏み潰す鋼のケダモノだ! 今までの借り、きっちり返しに 来たぜ…そこの腰巾着の三下片付けたら、すぐそっちに行ってやらぁッ ! 首洗って待ってやがれ!」
黄 金「…腰巾着とは、ずいぶんあんまりじゃないか」

 舌打ちし、ゴウサイバーを構えさせる黄金。余裕の表情で戦刃を構え直す弦。 対峙する、2体の巨体――。

蘭 子「弦くん、奴はとんでもない飛び道具を持ってる、気をつけて!」
 弦 「今まで飛び道具でザンサイバーに歯向かって、生き延びた奴はいねえよ!」

 吼え、戦刃を手に駆け出すザンサイバー。

黄 金「ふんっ!」

 唸り、左腕を大きく揮って拳を突き出すように左腕の蟹爪を放ってくる ゴウサイバー。

 弦 「おっと!」

 だが、ザンサイバーを駆る弦の動体視力と反射神経も並外れたものだ。 ザンサイバーが僅かに首を逸らしただけで、その頭を狙って放たれてきた 蟹爪が頭のすぐ横を突き抜けていく。そのすぐ刹那、今度は右の蟹爪を大きく 振りかぶって撃ち放ってくるゴウサイバー。

 弦 「舐めんなってんだよ!」真っ向から、戦刃を振りかざす。斬―― ! 真正面から真っ二つに切り裂かれる蟹爪。爆発。「今さら飛び道具ごときで、 ザンサイバーをどうにかできっかよ!」
黄 金「――ああ、使い方次第でね」

 そう黄金がひと言告げた瞬間、ガッ! ザンサイバーを真上から襲う衝撃。

 弦 「うお!?」弦の呻き、倒れるザンサイバー。先ほど躱したはずの蟹爪が、 ゴウサイバーからのコントロールを受けて真上からザンサイバーを強襲 したのだ。後ろから首根っこを押さえ込まれる形で、甲板に叩き付けられる ザンサイバー。「うげえ!」
黄 金「その首貰ったぞ、ザンサイバー!」

 駆け出してくるゴウサイバー。瞬間、銃撃がザンサイバーを押さえつけた 蟹爪を弾き飛ばした。

黄 金「何!?」

 視線を巡らせる黄金。その先に、フォウドレ・フシルレズを構えたロイ・ フォウドレの機体がある。自由を取り戻し、素早く立ち上がるザンサイバー。 その手には先の衝撃でも落とさなかった戦刃が握られている。


 弦 「一応礼言っとくぜ!」ロイ・フォウドレに対して親指を立てる。 「――コラァ腰巾着、ずいぶん遊んでくれたじゃねえか!」
黄 金「いや、遊び足りないな――こういうのはどうかな」

 なおも余裕の表情で告げる黄金。と、先ほど跳ね飛ばされたはずの蟹爪が、 またもザンサイバーを直接狙って突っ込んでくる。

 弦 「しつけえ!」
蘭 子「そんな、直撃したのに?」いぶかむ蘭子。たとえ超合金製だろうと、 フシルレズの重力子弾の前ではおおよそ原形を留め得ないはずだ。 「――まさか? 弦くんまずい!」

 何かに気付いた蘭子の叫び。だが遅く、真正面からザンサイバーの胸部獣面へ と喰らいつく蟹爪。ギリギリ…。しかも、二次元絶対シールドに守られている はずのその装甲が軋みを上げ、鋼の爪が胸部獣面に穴を開け喰い込んでいく。

 弦 「こっ、こいつ!」
蘭 子「くっ!」ザンサイバーの胸に喰らいついた蟹爪を狙ってフシルレズを 撃つ。が、その重力子弾の直撃にも耐える蟹爪。「やはり、二次元絶対シールド ――弦くん、その爪も“破導獣”なんです!」
黄 金「いかにも! 遠隔操作型小型破導獣、ソウバ! 同じ破導獣同士、 その爪の前では二次元絶対シールドとて無力!」

 蟹爪――小型破導獣ソウバの握力がぐっ、と強まる。ずぶり、ずぶりと 胸部獣面になお喰い込んでいく鋼の爪。その爪を、ザンサイバーの両手が掴んだ。

 弦 「アホか! 同じ破導獣だろうが、こんな小っせぇハサミがザンサイバーの 相手になるかよっ!」両腕を一気に広げるザンサイバー。縦真っ二つに 引き千切られ、爆砕されるソウバ。「さあ、これで武器はねえぞ!」

 落としていた戦刃を拾い、再び駆け出す。

黄 金「まだ手の内はあるぞ――行け、ガガバ!」

 黄金が告げた瞬間、ゴウサイバーの胸の、牙虫のごとき獣面が本体から分離して 飛び出す。
 完全に虚を突かれ、その飛び出してきた獣面、小型破導獣ガガバの、牙を 突き出した体当たりの直撃を受けるザンサイバー。

 弦 「がっ!」 呻く弦。一瞬、ゴウサイバー本体の姿が視界から消える。 「くっ、くそっ!」

 戦刃を持たない左腕で、喰らいついてきたガガバを払うザンサイバー。刹那、

 弦 「――ッ!?」

 目を見張る弦。宙空から、今まさに迫ってくるゴウサイバーのキック…!


 GAN! そのゴウサイバーの全重量が乗った一撃に、たまらず吹っ 飛ばされるザンサイバー。

 弦 「ぐわっ!」背中から甲板に激しく叩きつけられる。「こ、こいつ!」
黄 金「どうしたいザンサイバー! それが今まで僕の分身をさんざ血祭りに 上げてきたケダモノか!?」
 弦 「うっせえんだよこの野郎!」

 素早くザンサイバーを起き上がらせ、またも駆け出させる。怒りに任せて 鉄拳を揮う。その鉄拳を、こともなげに掌で受け止めてみせるゴウサイバー。 しかも、その足元は衝撃にたじろいだ様子ひとつない。

 弦 「な…こいつ!?」
黄 金「武装がなくなれば脆いとでも思ったのかい」ザンサイバーの拳を受け 止めた体勢のまま、その腹に蹴りを繰り出す。また吹っ飛ばされるザンサイバー。 「まっすぐ突っかかってくるしか能のないあたりはやはりケダモノだな。―― だが、そのケダモノがこれまで立ちはだかってきた敵すべてを喰い尽したと 思えば、恐ろしくもある」

 弦 「ごちゃごちゃゴタク並べてんじゃねえんだよ…」倒れたザンサイバーを 立ち上がらせる。「剣が間に合わねえのは痛いが…ハンデってことにしといて やるぜ」

 両拳を握り、互いの拳を打ち付ける姿勢を取る。

黄 金「ほう――SIDE−Bか」
 弦 「遺言があれば、聞いててやるぜ!」

 拳同士を打ちつけ、SIDE−Bに反転しようとする――刹那、
 轟――! ゴウサイバーの背後から、撃ち落したはずの蟹爪、ソウバが飛び 出してきた。2機のソウバが、拳を打ちつける寸前のザンサイバーのそれぞれ 両肩に喰らいつく。

 弦 「何!?」

 驚く間もなく、打ちつけられる拳。瞬間、
 DODODODODODODODO…!! ザンサイバーの両肩に喰らいついた ソウバ、その後方のノズルから、猛烈な勢いでプラズマの紫電が放電された。 しかも、両拳を打ちつけるアクションによってスイッチが入るはずの SIDE−Bへの反転現象、それも起きることなくザンサイバーは元々の 機体の青色のままなのだ。

 弦 「ちっ、畜生!」

 焦って何度となく両拳を打ちつけるザンサイバー。その度、両肩に喰いついた ソウバから猛烈な放電が繰り返される。
 たまらず哄笑する黄金。

黄 金「ザンサイバーSIDE−B! その姿への反転は、両肩と両脚に内蔵 されたアクセラレイトプラズマ、ウルティメイトイオン各エンジンの発動に よって行われる! だがこうして、肩のエンジンのエネルギーを宙に放電 されてしまってはどうかな!?」

 その反転を封じられたザンサイバーの背を、先程分離していたガガバが襲った。 GAN! 激突したガガバの推力に押される形で、ゴウサイバーの元へと 押し飛ばされるザンサイバー。
 揮われたゴウサイバーの猛烈なアッパーカットが、ザンサイバーの巨体を宙へ と跳ね上げる。

 弦 「――ッ!!」


 悲鳴を上げる間もない弦。瞬間――、
 ガシッ、何事が起きたのか、“呆れるほど巨大な掌”に、その身を掴まれる ザンサイバー。
 蘭子が、遮那が、イオナが、藤岡が、その光景を目にした者たちがそれぞれ 目を見張る。
 これまで、まったく動じることのなかった不動の巨体――破導獣の半身 そのものと形容できる、烈華翁の艦橋。その伸ばされた手が、宙に跳ね飛ばされた ザンサイバーの機体を掴んだのだ。

三 枝「あはは…」艦橋、指令室。たまらず、含み笑いを漏らす三枝博士 「あーっははははは!」
 弦 「クッ、クソババァ手前ェッ!」
三 枝「あらぁ? さっきまでの威勢はどうしたのかなー、げ・ん・タン♪」
 弦 「こっ、このっ!」
三 枝「無駄よぉ、無駄無駄」なおも嘲るように笑う。「待っていたのよぉ、 わざわざこっちの懐にまで飛び込んできてくれる、その瞬間をね」

 ザンサイバーを掴んだ烈華翁の艦橋。その艦橋の胸部獣面の口腔が、がばと 開口される。

 弦 「何しやがる気だ!?」
三 枝「これで――烈華翁は完全な状態として完成する。“本物のザンサイバー” としてね!」
弦 「本物のザンサイバー…だと?」
三 枝「元より烈華翁は、本物のブラック・スフィアの器となることを前提に 設計した艦、言わば全長700メートルの超巨大破導獣なのよ…あとは、 ブラック・スフィアを孕んだザンサイバーを、この艦体に取り込んでしまえばいい」

 牙を剥き大きく開かれた烈華翁の口腔へと、持って行かれるザンサイバー。

 弦 「離しやがれ!」
蘭 子「弦くん!」

 ロイ・フォウドレがザンサイバーを掴んだ手を狙って撃つ。だが文字通り、 豆鉄砲ほどの威力すらなく空しく弾かれる重力子の銃弾。
 そして――、
 閉じられる、口腔。文字通り、烈華翁の体内へと“喰われる”ザンサイバー…。

○烈華翁艦橋、指令室
 くっくっく…、その美貌を歪ませ、目を剥き、笑いをこらえることが出来ない 三枝博士。やがて、指令室内に大きく響き渡る哄笑へと変わる。たまらず、 膝を着き、腹を抱えて哄笑する。

三 枝「――指導者イオナ」

 やおら顔を上げると、通信回線を開いた。

○ケアクエイル、指令室
 室内に届いている、三枝博士からの通信。

三枝の声「私はこれから、弟と決着を着けてきます。そして、そのまま“遺跡” のドームへと攻め込む。…不可侵戦域、日本アルプスにね」
イオナ「なんということを――」

 その三枝の言葉に、蒼白になるイオナ。そこへ、室内に駆け込んでくる遮那。

遮 那「三枝博士!」声も荒く、告げる「ザンサイバーは…弦くんはどうしたの !?」
三枝の声「あら、ICONSのスパイさん? …彼等なら、本来あるべき場所に 収まってもらっただけよ。本物のザンサイバーである、この烈華翁の動力源、 ブラック・スフィアとしてね」
遮 那「あなたは――!」

 日頃の冷静さもかなぐり捨て、表情に怒りを顕にする遮那。

三枝の声「あなた方はそこで、大人しく待ってらっしゃい。世界が私のものに なる、その瞬間を目撃するまで」

 烈華翁の艦首、そこに位置する砲塔が、眼下の孤島――“十字の檻”へと向く。

藤 岡「いかん!」

 藤岡、絶叫。撃ち放たれる砲火、
 洋上に上がる、大爆発――。

○上空
 蒼空に響く三枝博士の哄笑。
 洋上に上がる巨大な黒煙を背に、小笠原の海域から飛び去っていく烈華翁。 残ったシーバス・リーガル隊の数機とともに、その飛び去る姿を睨みつけて いるロイ・フォウドレ。

蘭 子「――指導者イオナたちは?」

 吹き飛ばされた島へと、踵を返すシーバス・リーガル隊。

○烈華翁、ブラック・ファイアプレイス
 室内に大きく響く機械的な稼動音。機器のあちこちに設けられた警告灯が激しく 明滅し、ブラック・ファイアプレイスの機関自体の異常稼動の様を知らせている。
 その室内の唸りと振動に、まともに立てない状態の時実博士。

時 実「ザンサイバーを取り込んだことで…システムが活性化したというのか?」 手近なシリンダーにもたれかかり、室内を襲う振動に耐えている。「脚が 不自由な身には、ずいぶん辛い状況だな…」
???「ならば、俺が杖の替わりになろう」

 時実のひとりごちな呟きに、何者かが応じた。顔を上げる時実博士。 その表情に、希望がさす。

時 実「来てくれたか――」

 室内の振動の中、悠然と腕を組み、時実博士の前に現われている…黒鬼。

(「Destruction14」へ続く)





(烈華翁コンセプトデザイン・蘭亭紅男)

   


   





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