Destruction12―「間隙剥鎧」


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○都市
 声 「うおおおおおおおっ!」

 雄叫び。破導獣軍団の機体、ダンサイバーが手にした破甲刀を眼前の敵機、 無人兵器〈邪獣骸〉の脳天に斬り付ける。脳天からボディへと喰い込む破甲刀 の刃。だが、〈邪獣骸〉の手にした対破導獣貫通槍ペネトレーターも、その穂先 がダンサイバーの胸板へと突きつけられている。
 ダンサイバーの胸板の上、破導獣の絶対の盾である二次元絶対シールドが、 ペネトレーターの三叉の穂先に刻まれ、二次元絶対平面という次元障壁から 正四面体という三角錐へと強制展開、破壊の容易な三次元存在へと変質している。 胸部に刻まれた三角錐ごとその胸板を貫かれるダンサイバー。相打ちとなって 爆砕する2機。

遮那・モノローグ(以下M)「世界各地にて、三枝博士の破導獣軍団、サイレント ・ボーンストリングの無人兵器群による侵攻と、その激突が繰り返されていた」

 激戦。ある都市を舞台に、破導獣軍団と無人兵器群の戦闘が展開している。 ビル街を炎に染め、続く激戦。しかし数の上か、情勢は破導獣軍団のほうが有利。

遮那・M「すべての大量破壊兵器を無効化するふたつの軍勢の争いは、戦争の スタイルを最も原始的な、兵士同士による1対1の決闘へと引き戻していた。 それはある意味、地球環境の破壊を誘引しない理想的な戦争でもあっただろう。 だが」

 巨獣型の破導獣に、ビルの壁面に叩きつけられる1機の〈邪獣骸〉。その真下を 逃げていた避難民達が、悲鳴と絶叫を上げつつ崩れ落ちる瓦礫の雪崩へと飲み 込まれていく。

遮那・M「その巨大すぎる者同士の戦いは、確実に人間の積み上げてきた文明も、 繁栄もすべて滅ぼそうとしていた」

 燃え盛る都市。泣き叫ぶ幼い兄妹を抱きしめている母親。その見上げる頭上 にて、破甲刀を振り上げるダンサイバーの悪鬼的な姿。きつく目を閉じ、子供達 を強く抱きしめる母親。刹那、
 轟――! 突如爆裂する、ダンサイバーの上半身。何事か、と空を見上げる 三人連れの親子。
 上空。背には稲光のごとき翼を、手には刀身に十字架を打ち付けた真紅の 大剣を、そして、胸にはやはり十字架のごとく四方へ延びる鬣をいだく肉食獣の 顔が…!


 その真紅の巨体が、手にした大剣を、眼下の敵すべてを斬るように一閃払った。 瞬間、触れてもいないはずのその剣に裂かれたように、一斉に炎を上げる破導獣 の群れ。
 対破導獣殲滅形態へと“反転”したザンサイバー、ザンサイバー・ブラッドで ある。
 地上へと降臨、なお、残った破導獣の群れへと駆け出していくザンサイバー B。その背中を、呆然と見つめる親子。

母 親「…神様」

 斬――! 揮う大剣、聖剣クロスカリバーの一閃が更なる敵破導獣を斬り裂く。 そして、そのザンサイバーに続く黒い機体。仮面の戦士、黒鬼駆る機体魔王骸。

黒 鬼「そうだ、斬馬 弦」ザンサイバーのパイロットの名を呼ぶ。「神を 騙る者には、神の裁きを――」

○砂漠、破導獣軍団基地
 砂漠の基地。既に制圧され、無数の破導獣の残骸が瓦礫と共に転がっている。 燃え盛る基地施設の上に立つ、無人兵器群の軍勢。
 そして、その無人兵器軍の前に立つ、巨斧を手にした青き巨体、破導獣 ザンサイバー!

邪獣骸「地獄を見に来たか、斬馬 弦!」
 弦 「へっ、ここが地獄ってんならずいぶん可愛いとこじゃねえか」 ザンサイバー、コクピット内。かつての仇敵、斑天一郎の声で叫ぶ敵機を前に、 不適に微笑む弦。その髪は、これまでの激戦を示すかのように白く染まっている。 「教えてやらあ。これから手前らが味わうコトのほうが、よっぽど地獄だってよ…」

 敵の真っ只中へと駆け出すザンサイバー。ペネトレーターの長槍を手に、 群がってくる敵を一閃また一閃、ことごとく手にした斧、戦刃クロスブレイカー で屠っていく。
 キヒヒヒ…! 笑い声を上げながら、四方から群れを成してザンサイバーへ 絡み付いていく軽戦型の機体〈空骸邪〉。ザンサイバーが完全にその四肢を 絡め取られた刹那、巻き起こる空気爆発。


 オオーーーン! 〈空骸邪〉の群れが 吹っ飛ばされたその中心から、咆吼を上げて駆け出す鋼鉄の肉食獣、ザンサイバー の四足獣型高速格闘戦形態ジュウサイバー。
 その高速で敵に襲い掛かる様はまさに電光石火のごとく。破導獣を貫く唯一 絶対の武器、ペネトレーターを手にした軍勢とはいえ、その高速を捉えることは できない。
 揮われるジュウサイバーの爪が、噛み付く牙が、群れ成す敵機をことごとく 破砕していく。そして、共に戦場を駆ける魔王骸。黒鬼、告げる。

黒 鬼「――悪魔を気取る者には悪魔の恐怖を…。斬馬 弦! 貴様の前に 立ちはだかる者、すべてに見せつけてやるがいい!」

 リーダー格の〈邪獣骸〉の直前、ザンサイバーへと再変形、手にした巨斧を 大きく振り上げる。

黒 鬼「神を越え、悪魔も倒せる唯一絶対の力を。お前の、誰かを守るために 戦う意志を、勇気を!」

 斬――! 砂漠の基地に、巻き起こる爆発。
 その基地の上空に飛来する、かつてのICONの飛行要塞。翼長300メートル 級のその飛行要塞こそ、現在ザンサイバーを戦力として擁することとなった、 指導者イオナが率いる第三勢力、新生ICONの母艦、ケアクエイルである。
 ケアクアイルの、艦橋と呼んで差し支えない広いコクピット。その中央にて 悠然と構える藤岡、遮那、蘭子。その三人の前に立ち、眼下の戦況を見据える 指導者イオナ。

イオナ「三枝小織博士! そしてサイレント・ボーンストリング! 聞くがいい!」 高らかに宣言する。「今や世界は、お前たち二人の大罪人の手の中で燃えている。 これも、お前たちの野望を阻めなかった私の罪…。だが、お前たちの野望を阻める のなら、私自身の罪を重ねようとも私は戦う! かつて、我がICONが 滅ぼさなければならなかった悪鬼、破導獣ザンサイバーに惨めに縋ろうとも!」

 残骸の中、巨斧を手に最後の敵を倒したザンサイバーが、傍らに立つ魔王骸が、 上空のケアクエイルを仰ぐ。

イオナ「我等ICONは、Igneous Crime Of Night arms――すべての罪を 焼き尽くす夜闇の軍から、Invincible Crusaders Of New Society―― 新世界のための無敵十字軍へと生まれ変わる! その名は “ICONS”!

○サブタイトル「Destruction 12― 間隙剥鎧」

○洋上、巨大人口島(旧ICON本拠)
 上空を飛び交う無人兵器に守られる巨大人工島。その司令室。
 大型スクリーンに映る、ザンサイバーBの戦況映像。その映像を元に ザンサイバーBの能力解析が行われている。

天一郎「恐るべし、真紅のザンサイバー」

 腕組みし、唸る仕草を見せる斑天一郎の立体映像。
かつての最強の暗殺者斑三兄弟。本人たち亡き後その頭脳は無人兵器群の基礎 戦闘頭脳として利用されることとなり、中枢頭脳がこの人工島基地に存在 している。
 ほぼすべてのシステムが機械化され、人気のない司令室。その中央席に座り、 正面スクリーンに映るザンサイバーBの解析データを見つめる、今現在世界を 牛耳る二人のうちのひとり、無人兵器群の将サイレント・ボーンストリング。 その彼を囲む、参謀役ともいえる斑三兄弟の立体映像。

地二郎「きひひ…チョチョちょーっとシャレにならねーよなァ、あの真ッカカカ ーのザンサイバーはよォ、ヒャヒャ」
天一郎「どうする主。我等が戦力で、あの紅の破導獣に対抗できる手段は――」

 と、その斑三兄弟の戦慄をよそに、くくっ、と笑いを漏らすボーン。

ボーン「斑三兄弟…見えるかい? あの赤いザンサイバーが、無敵に…」目前の スクリーンに映るザンサイバーBを前に、くっくっ、と笑いが止まらないボーン。 「なるほど、面白い設計をしている新型だよ。だが、決して無敵の機体ではない」
天一郎「何と?」
ボーン「死相見たり、ザンサイバー」

○上空、破導獣軍団母艦、烈華翁
 雲海に浮かぶ、破導獣軍団母艦、烈華翁。その雲海を見渡す広い司令室にて、 対話しているいまひとりの大罪人三枝博士と、正体不明の科学者時実(ときざね) 博士。その三枝博士の後ろには、彼女の副官たる皇 黄金(すめらぎ こがね) の姿がある。

三 枝「ザンサイバー・ブラッド。よくも大した機体を用意してくれたわね」 ふん、と時実に告げる。「今後も弟との小競り合いが続くだろうというのに、 ザンサイバーによるこちらの損失もそろそろ笑えなくなってきているわ」

 その、彼女にしては弱気でもある発言に、にやりと含み笑いを漏らす時実博士。

時 実「そう…同じ破導獣でありながら、破導獣を滅ぼせる最悪の存在。世界の 理を覆すための存在」回想。時実が“トキさん”として暮らしていた暗い 機械部屋。そのパソコンに向かい、ザンサイバーBの設計作業に向かっている 時実。「――そうして設計したのがあの機体だ」
三 枝「本当に、貴方は何者なのかしらね。ザンサイバーにあそこまでの進化を 促すなど、ザンサイバーを作った私でも行き着けなかった」
時 実「君が、ザンサイバーを作ったか…斬馬の存在をきれいに忘れられるもの だな」

 一瞬、三枝の目線が険しくなる。

時 実「ザンサイバーの共同開発者、そして弦くんと昴ちゃんの父親、斬馬斉一 博士。彼の功績だろう? …日本アルプスに落下した獣面状の機械体と――」 回想。ザンサイバーの開発記録画像、“十字の檻(クロスケイジ)”の地下工廠に 運び込まれる、傷つき焼け焦げている、ザンサイバーの胸にあるそれと同じ 獣面型の機械体。「――それに収められたブラック・スフィア。そこから、 本来あの獣面を胸に抱いた機体――“ザンサイバー”の設計図をサルベージ したのは…」

 刹那、三枝博士が纏った白衣の袖から、隠された二丁の22口径を高速で抜き、 時実に向ける。その間、まさに一瞬。
 自身に向けられる二丁拳銃の銃口に、さすがに緊張した表情を見せる時実。

三 枝「…そう、厳密に言えば、ザンサイバーを設計したのは私でも斬馬博士でも ない。ザンサイバーの設計そのもののデータは、元々“あの獣面の中にあった もの”」ぴくりとも、手にしたハンドガンを動かさず冷たく告げる。「しかし、 それはあくまで私たちだけが知っていたこと。ICONに内通していた藤岡も 叶指令補も知る由のない情報のはず…ますます気になってきたわね、貴方の正体」
時 実「幼い頃の君が、つまらない男だと言った――」回想、幼い日の三枝に、 媚を売る笑顔で向き合う、若き時実。「…そんな男さ」
三 枝「そして貴方は、20年前日本アルプスのドームを発見して死んだの。 困ったわね、理に適わないわ」

 回想。20年前。営まれている日本アルプス遺跡(ドーム)調査団合同慰霊祭。 棺の中の時実の顔を無表情に見つめる、黒い洋服姿の、少女時代の三枝。

三 枝「…私も素直に、いつまでもあの機体にいいようにさせる訳には行かない」 手にしたハンドガンを、再び袖口にしまい、時実に見下ろす視線を向ける。 「私の作ったザンサイバー。私の作ったものに、私の願いが阻まれるなど…」
時 実「プライドかね? 西皇浄三郎48人の子供、そのうち“二人の生き残りの ひとり”としての」
三 枝「西皇会長――お父様の強者の論理は、いまこうして生き残ってみれば、 どれだけ都合の良かったものかと有難いぐらいだわね」
時 実「西皇浄三郎会長。その後継者を決めるため、自分の子供48人、すべてを 殺し合わせた…」
三 枝「そして、残った二人が世界の覇権とブラック・スフィアの使用権を賭け、 世界そのものを戦場として戦いあう…」

 くくっ、と自嘲気味に笑う。
 回想。自らの子供達を前に激昂する、在りし日の精力溢れる怪老。

西 皇「 どちらかが死ぬまで戦い、そして勝ち残れ! ――勝ち残った者にこそ力 を行使する権利がある! ブラック・スフィアをも調伏し、生き残り、そして 世界の理を思うがままに変えることすら出来る権利がな!

 回想カット。虚ろな表情にて炎の中に立つ、両手に銃を構えた十代の三枝。 その白い制服に染み付いている返り血。
 そして現実。時実に冷たい視線を向けている三枝。そして、もはや興味はない と、ふんと背を向ける。

三 枝「私には、叶えたい望みがある。取り戻したい世界がある」一度だけ、 信頼する副官、黄金に視線を向ける。「私は、私の見たかった世界を作る。 そのために、多くの血を分けた兄弟達をこの手で殺めてきた…その望みのため なら、世界など滅ぼそうとも構わない。宇宙すべての理を司るブラック・スフィア だって利用してみせる!」

 時実に向き直り、言い放つ。

三 枝「貴方を生かし、野放しにする理由は、貴方の正体などよりも、貴方が あの赤いザンサイバーを造った男だから! 貴方の目の前で、あのザンサイバー の胸の顔を引き裂き、ブラック・スフィアを引きずり出してあげる。あの胸の 十字架を、がらんどうになった胸に突き刺してあげる。ここまで私に不快感を くれた貴方に、わたしがすべての理を調伏し、私の世界が生まれる瞬間を見せて あげる! ――その時こそ、あなたを殺してあげる。楽には死ねないかも しれないけど…」

 冷たい、凄惨な笑みを見せ、黄金と共に退室する三枝。黄金が、横を歩き ながらその三枝の肩をそっと抱く。その二人の背中を見つめる時実。

時 実「私は、殺せないよ…私は“生き延びることを強要された”、惨めな男 だから…」憐れむように、目を伏せる。「“私の、取り戻したい世界”…君は、 ずっと過去だけを見つめている人間なのだな。世界を戦場に導きながら、 その未来をも見てはいない――」

○南米、アマゾン
 ドドド…。巨大な物体が、密林を踏み潰しながら進行している。その全長は 約200メートル。楕円形に盛り上がった形状、ひと目重厚そうな装甲にて全体が 覆われているそれは、まるで山ひとつが地響きを上げて前進しているかのようだ。
 その、あまりに巨大な物体が木々を薙ぎ倒しながら突き進んでいるその直上、 大空の一点が煌く。轟――! 爆音を上げ、背のブースターを噴かし、飛来 してくる青い機体、ザンサイバー。
 コクピット内、その密林を往く巨大な物体を見下ろしている弦。

 弦 「〈亀甲船〉たあよく言ったもんだぜ」と、その〈亀甲船〉の横のハッチ が開き、出撃してくる1機のダンサイバーと、それに続く数機の鳥類や昆虫類を 模した飛行型破導獣の群れ。「へっ、三枝のババァの要塞だったかよ。こいつ 持ってきて正解だったぜ!」

 背に作りつけられた武装ラッチから、固定されていたクロスカリバーを抜く。

○回想、ケアクエイル内、ブリーフィング・ルーム
藤 岡「コードネームは〈亀甲船〉。南米での三枝博士とサイレント・ ボーンストリングの軍勢同士の紛争地区に出現している」

 スクリーンに映る、黒煙の上がる戦場を驀進する〈亀甲船〉の映像を前に、 集まった旧ICON残党といった兵たちに説明している藤岡。その中には、弦、 遮那、蘭子。そして室内の奥の壁際には黒鬼の姿もある。

藤 岡「どちらの陣営に属するものかは不明だが…この移動要塞の出現地点で 紛争の激化が確認されている。おそらくは双方どちらかの機動兵器を積載 していると見て間違いあるまい。今回の作戦は――」
 弦 「要するにそいつを叩き潰しゃあいいんだろうよ。ったく作戦なんて いらねえ手順踏みやがって」

 藤岡がそこまで語り終えた時点で、ガタン、と乱暴に椅子を蹴って席を立つ弦。

藤 岡「どこへ行く? 斬馬 弦」
 弦 「こんな図体でかいだけの要塞潰すだけで作戦も何もいるかよ。 ザンサイバーでちょっくら出張って片付けてやりゃいいだろ」
藤 岡「放浪してきて、少しは頭を冷やして成長したかと思ってたが、単細胞 ぶりは直せんようだな。――ご覧の通り指導者イオナの世話になってる身とはいえ 立場は変わらんぞ。作戦を立てる以上、命令には従ってもらう」
 弦 「ついこないだまで死ぬの殺すの潰しあいやってた敵に、シッポ振って 再就職かよ。気に喰わねえな」

 その弦の台詞に、幾人かの兵が弦を睨みつつがたがたと席を立つ。

黒 鬼「――やめい」

 壁際で腕を組んだまま、静かに威圧する黒鬼。そのひと言に、立ち上がった 兵達がしぶしぶと再び席に座る。

藤 岡「斬馬 弦。心配せんでも〈亀甲船〉潰しの主役は貴様にやらせてやる。 ただし、今回はあまりに敵の詳細が未知数なのでな、黒鬼殿と組んでもらうのは 当然ながら、今回は叶と月島も戦力として一緒に行ってもらう」

 蘭子と遮那にそれぞれ注目が集まる。

藤 岡「集まってもらった兵士諸君にも、と言いたいところだが、残念ながら スペイサイドでもまだ当方の戦力すべてが完成を見ているわけではない。だが、 先行して叶と月島の機体用の新装備を積んだ輸送機が本日中に合流する。 二人の機体の換装作業を待って作戦は決行する」

○回想、ケアクエイル内、通路
 バン、通路の片隅、壁際に押し付けられた蘭子の、顔のすぐ横の壁を弦の手が 叩く。

 弦 「いいかげん俺でも意味が判るよう説明してほしいもんなんだがよ、エェ 月島よぉ」

 蘭子を追い詰める形で、その眼前にて凄みを利かせている弦。その弦の態度に、 一度だけ不快そうな表情を作る蘭子。

 弦 「お前、俺に昴は生きている、そう言ったな」カットバック。三枝博士に 撃たれ、〈十字の檻〉の施設屋上から落ちていく妹、昴。「――あそこで、 あいつが死んだようにしか見えなかった俺の目は、そんなに節穴だったのかよ、 えぇ?」
蘭 子「確かに、斬馬 昴さんは生きています。でも、私はそれを“感じ取れる だけ”」そっけない態度ながら告げる。「それを言葉に変えて君に説明できる のは、時実博士です」
 弦 「はあ? お前託ってた、あのトキさんとかいうジジィかあ?」
蘭 子「あの人への侮辱は、例え君でも許しません」きっ、と弦を睨む。その 視線に一瞬怯む弦。「あの人は、可愛そうな人」
 弦 「なに?」
蘭 子「自ら望む望まざる関係なしに、この世界の理の傍観者となってしまった 人。この世界の運命すべてを見つめる人――でも、“私たち”にとっては… 私たちを救ってくれた、お父様も同然の人」
 弦 「私たち、って…ってコラ、人の質問ケムにまくんじゃねえよ!―― そんなに、そんなに俺が死ぬその寸前まで、俺とザンサイバーを利用したいっ てかよ!?」バンッ、今度は両手で蘭子の顔の両側の壁を叩く。「人を利用する つもりなら――もうちょっとマシな言い訳考えやがれ!」
蘭 子「――でも、君は戦います」

 その、蘭子の自身ありげな言葉に、は、となる弦。

蘭 子「斬馬 昴さんが生きているという、その可能性がある限りは」
 弦 「…お前、ちょっと見ねえうちに、変わったな」ふう、と、溜息をつく ように蘭子から離れる弦。「ちょっと前のお前はよ、なんか緊張感のねえのほほん 面しやがって、下んねえことでいちいちケラケラ笑ってるような女だったがよ… 少なくとも、戦い続きでギスギスした気分を和らげてもらってたのは確かだ。 恥ずかしながらそいつだけは認めてやらあ」

 へっ、と疲れた笑みを漏らし、蘭子に背を向けてその場を去る。

 弦 「いまのお前、叶指令補様がひとり増えたみてえでよ、つきあってても 楽しかねえよ」
蘭 子「……」その、弦の背中を無言で見つめる蘭子。「…そうですね、 “彼女”は、そんなふうにみんなを和ませてくれる子でしたから…」

○現在、南米、アマゾン上空
 弦 「だぁりゃあぁっ!」

 斬! 空中、すれ違いざま1機の破導獣を、手にしたクロスカリバーで斬り裂く ザンサイバー。真っ二つにされた敵機が、ザンサイバーの後方を流れていき爆発 する。
 その、〈亀甲船〉めがけて降下していくザンサイバーの前に、なおも立ち 塞がってくる敵破導獣の群れ。

 弦 「こいつ!」

 更なる敵機へクロスカリバーを揮う。が、紙一重で避けられてしまう。 気付くと、ザンサイバーの周囲を取り巻く敵機の群れが、剣のリーチから逃れる ように距離を置いてきている。周囲を囲み、その中心のザンサイバーへと一斉に 火器による攻撃を仕掛けてくる敵機たち。
 ザンサイバーの装甲に、敵機からの攻撃の小爆発が撥ねる。

 弦 「効くかよ! ――ってもよ、藤岡のおっさんにタンカ切ってひとりで 勝手に飛んで来た手前、こんなとこで手間取ってる訳にもいかねえか」

 と、迂闊にザンサイバーに飛び込んでくる1機。

 弦 「ナロォ!」

 繰り出されたザンサイバーの右の爪先が、その敵機の頭を蹴り 潰す形で突進を阻む。手にしたクロスカリバーを、その背中に突き刺す。 ヴン…、足下に蹴り止めた敵機のその背に大剣を突き刺した姿勢のまま、腰の バックルに、宙空から滲み出るように次元波動顕在化装置(マテリアライザー)、 メサイアエクステンションが現出する。

 弦 「ここは一気に、要塞ごとブチ決めさせてもらうぜ!」

 その両の拳と拳を、激しく激突させるザンサイバー。轟――! 瞬間、 メサイアエクステンションに溜まったエネルギーが破裂、ザンサイバーの装甲を 、噴き上がる炎、迸る稲妻と共に焼き散らす。
 爆流するエネルギーの奔流の中、火の粉と散った装甲が、 メサイアエクステンションから投影された“次元波動の虚像”の象り再構成、 真紅の、新たなる姿へとザンサイバーを変貌――否、同じ破導獣でありながら、 破導獣の天敵たる存在へと“反転”させる。
 その胸から、群がる敵に突きつけられる断罪の十字架と、その十字架の中心 にて吼える獰猛なる獣の獣面。これぞ、破導獣軍団の恐れる真紅のザンサイバー、 SIDE-B――ザンサイバー・ブラッド。背から再び聖剣を取り、凛、と周囲を囲む 敵機を一瞥する。

 弦 「手前ら、一匹残らずヤキトリだ!」

 ザンサイバーB発動のエネルギーのあおりを受け、焼け焦げた足元の敵機から 突き刺したクロスカリバーを引き抜いた。その敵機を蹴り捨て、手にした クロスカリバーを、自体を軸にぐるりと一閃させる。刹那、ことごとく “内部から炎を噴き上げ”、四散する破導獣軍団。さらに、残った数機の敵へ とその稲光のごとき翼を広げて挑みかかる。斬、斬――、立ち塞がる甲中型 破導獣を聖剣で斬り裂き、残る軍団の隊長機、ダンサイバーの懐へと聖剣の 切っ先を向けたまま飛び込む。


 ダンサイバーの、悪鬼の表情を模した胸板へと、まっすぐ突き込まれる剣先。 ダンサイバーの内部から迸る稲妻、爆発。
 1分とかからない、文字通りの秒殺にて蹴散らされる破導獣軍団。

   弦 「残りは手前だ、一撃で吹っ飛ばしてやる!」

 眼下の〈亀甲船〉へと、再び突撃を仕掛けようとする。と、
 DON――! 号砲一発、何処からか放たれた砲撃が、ザンサイバーBの 肩装甲に命中、“その一撃で破砕される装甲”。

 弦 「――っ!?」

 慌て、機体を空中制止させる弦。
 響き渡る、ひゃーっひゃっひゃっひゃ! という哄笑。眼下、〈亀甲船〉を 取り巻く密林から、続々と上昇してくる軍勢。無数の〈邪獣骸〉、〈空骸邪〉、 〈邪骸怒〉といった無人兵器の群れ。それらの機体は、MADARA−システム という、かつての斑三兄弟のパーソナリティーを移植した人工知能が、その 戦闘能力と共に収められている。

空骸邪「マッジかよォと思ったけどヨォォ、本ッ当ォーに二次元絶対シぃールドが ナナ無くなってやがるゥ! オオ俺のタマで、ザンサイバーにキズ付けられたの ォ、初めてじゃねえかァッ! キヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!」

 長銃身のライフルを手に、今しがたザンサイバーBを狙撃し、その肩装甲を 砕いた1機の〈空骸邪〉が、収められた斑地二郎の狂気そのものと哄笑する。 つられて、一斉に耳障りな哄笑を宙に響かせる〈空骸邪〉の群れ。
 今度は、破導獣でなく無人兵器群の軍勢に囲まれるザンサイバー。しかもその 機体数は、先の破導獣どもよりはるかに多い、空を埋め尽くさんばかりだ。

 弦 「こいつら…」
邪獣骸「かかったな! 見事に我等が姦計に堕ちてくれたか、斬馬 弦そして SIDE-B!」

 リーダー格と思われる、1機の〈邪獣骸〉が、ザンサイバーBを指差し 宣言する。

 弦 「――罠の、つもりだってかあ」
邪獣骸「いかにも。戦闘で捕獲した数機の破導獣を、こうして貴様を絡め取る 餌としたのよ。――SIDE-Bを引きずり出し絡め取るための餌とな!」

 その〈邪獣骸〉に対し、逆に声を上げて笑い返す弦。

 弦 「さすが三バカ兄弟! ゾロゾロとミジンコみてえに増殖しようがオツム は相変わらずアホのまんまらしいな。この天下無敵のザンサイバー、今さら 頭数揃えてぶつけるなんて手で潰せるかよ!」
邪獣骸「…ほう、自慢の二次元絶対シールドが、我等の攻撃すべてを跳ね返す という自信かな?」
 弦 「ム…」
邪獣骸「それとも、その聖剣から我等の機体に炎や稲妻と化した次元波動 エネルギーを送り込み破裂させるか? “ブラック・スフィアを積んでいない、 我等の機体にな”」

 その〈邪獣骸〉の嘲る様な言葉に、無言で唇を噛み締める弦。

邪獣骸「SIDE-B、ザンサイバー・ブラッド。ブラック・スフィアの次元波動制御 能力を完全に攻撃能力のみに集中させた対破導獣必殺形態。替わって機体の動力 となるウルティメイトイオン、アクセラレイトプラズマ各エンジンのエネルギーを 敵破導獣の機体の発する次元波動に反応させ、敵機を炎で焼き尽くしあるいは稲妻 で引き裂く――」
空骸邪「きひひひ、ハハ破導獣の天敵とはよォーく言ったもんだァ、タタ確かに “破導ォー獣相手だったら”、まァずムム無敵だしよォ、ヒャヒャヒャ」
邪獣骸「しかし、それは敵機が“次元波動を発する擬似ブラック・スフィアを 孕んだ破導獣”という前提の上よ――次元波動とはまったく縁のない、“通常の 動力機関”程度しかない我等の機体に、その戦法は果たして通用するかな?」
 弦 「ち…」

 舌打ちする弦。その額に一条、汗が流れ落ちる。

空骸邪「そォーしてッ!」

 さらに1機の〈空骸邪〉が手にしたライフルを撃つ。ザンサイバーBの、 先程砕かれたのとは反対側の肩装甲が、その砲撃にてまたも破砕される。

空骸邪「コココ攻撃能力のォーみに特化したブラぁック・スフィアはキキ機体の 制御権をォうーしーなーいー、イー忌々しい盾だった二次元絶ェッ対シールドも 無くなっちまうゥゥ! キヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
邪獣骸「そして、代わりの防御壁として膨れ上がった装甲は――」その砲撃の 隙に、更に別の〈邪獣骸〉が瞬時にザンサイバーBの懐に入り込む。「元の 機体の機動力を鈍化させる――こうしてたやすく翼を斬り裂くほどになっ!」

 斬――! 邪獣骸が両の手にした2本の半月刀が、一閃にてザンサイバーBの、 威信たる稲光のごとき翼を斬り落とした。

 弦 「しまっ――」

 焦る弦。ブラック・スフィアから得られるはずの重力制御能力を持たない ザンサイバーBの空中機動力を司るのが、両肩のアクセラレイトプラズマエンジン と連動したこの翼なのだ。
 翼を失い、一瞬空中から落下しかけるザンサイバーBに更に突撃してくる、 巨大ブースターを背負った重装甲型の機体〈邪骸怒〉。斑三兄弟末弟、無言の 巨漢斑人三郎の人格を持ったその重々しい機体が2機、背の巨大ブースターも 全開にザンサイバーBに突撃を仕掛ける。

 弦 「うお!?」

 その2機の推進力に、宙を超高速で引きずられるザンサイバーB。大気を 超高速で突き抜け、先までの空域とはたっぷり離れた岩山の麓、その岩壁へと 背中から叩きつけられる。

 弦 「がっ!」

 たまらず悲鳴を上げる弦。その岩山の麓の密林からも、続々と姿を現す、群れ なす〈邪獣骸〉、〈空骸邪〉、〈邪骸怒〉の大軍勢。
 またも戦域に響く、無人兵器群からの哄笑。

空骸邪1「ざざざざザマぁねーなあッ! ザぁーンサぁーイバぁぁぁっ!!」
空骸邪2「そーらを自ィ由ゥゥゥにッ、飛ォーびたァーいのォォッ! ヒヒャヒャ ヒャヒャヒャヒャ!」
邪獣骸1「もはや空へ逃げることも叶うまい、SIDE-B!」
邪獣骸2「ブラック・スフィアによる重力制御を受けられないその姿において、 空中機動力を受け持つのがアクセラレイトプラズマによる地磁気反撥現象。その 磁場フィールドの発生機関である翼を裂かれてはもはや飛べまい!」
 弦 「…アホアホ三兄弟のクセして、よくこっちのプロフィール学習してやがる」 悪態をつきつつ、決して手放さなかったクロスカリバーを杖に、傷ついた ザンサイバーBの機体を立ち上がらせる。「――ざっけんじゃねえぞ手前らァッ!」

 岩山を背に、立ち上がるザンサイバーB。だか、その真紅の機体に向かい、 2機の〈空骸邪〉がそれぞれ手にしたライフルを撃つ。たやすく撃ち砕かれる、 ザンサイバーBの両脚のフレア状装甲。

 弦 「ぐっ!」
邪獣骸「どうした? この形勢を跳ね返すには、元のザンサイバーの姿に戻る しかないが?」
空骸邪「キヒヒヒ…まァーあそりゃムム無理な相談だよなだよな。ヒャヒャ!」
邪獣骸「やるのだ〈邪骸怒〉!」〈邪骸怒〉の重々しい機体が数機、前に出る。 「――華燐砕月!」

 〈邪骸怒〉の全身の増加装甲――無数の小型ミサイルを隠したミサイルベイが 一斉に開放される。

 弦 「やべぇ、またアレか!」
邪獣骸「天罰覿面!」

 弦の悲鳴をよそに、一斉発射される数百発単位の小型ミサイルの雷雨! 二次元 絶対シールドが使えない現在の状況では、その嵐のごとき破壊力は命取りだ。

 弦 「畜生、これしかねえ!」

 半ば自暴自棄に、正面コンソールの隅のスイッチを叩く。刹那、
 バンッ! ミサイルの嵐が機体に迫る寸前、強制排除されて吹っ飛ぶ ザンサイバーの全身の装甲――、
 轟轟轟轟轟轟轟轟轟――!
 沸き起こる無数の大爆発、戦場に上がる巨大な火柱。ややあって、爆発も収まり、 ジャングルの木々が一斉に吹っ飛んで穿たれた、硝煙燻る焼け焦げたクレーター。 その中心に、
 ――片膝を付きながらも、手にした聖剣一本を杖にそれでもその頭を上げ、 目前の敵機の群れを睨む、全身の装甲すべてを失った状態のザンサイバーが!


 〈空骸邪〉の1機が、生意気とばかりライフルを一発撃つ。だが再展開した “二次元絶対シールド”に阻まれ、その機体表面で弾ける砲弾。
 そのザンサイバーの姿に、哄笑するリーダー格の〈邪獣骸〉。

邪獣骸「そうだ! そうするしかない! SIDE-Bの姿を捨て、再びブラック・ スフィアの恩恵を受けられる元のザンサイバーに戻るしか! ―-その装甲と武装、 すべてを失おうともな!」

 弦、その〈邪獣骸〉の哄笑に憎々しげに歯を噛み締めつつ、装甲を失った素体 状態のザンサイバーを立ち上がらせる。

邪獣骸「SIDE-B、その紅の装甲は、元々の装甲をエネルギーの爆流で無理矢理 焼き散らせ、その灰を寄せ集め再構成することで形成される」
空骸邪「ヒャヒャ、つぅーまりは焼ァけてボォーロボロになったキキ金属をォ、 無理矢理ソソ装甲の形に繋ぎとめてるゥーってコトよ! ヒィヒィヒィ」
邪獣骸「一度脆くも焼けた金属を、元の冷たく硬い塊に戻すことは出来ん。―― 貴様の装甲は“使い捨て”よ! ひと度その姿となれば、元のザンサイバーに 戻るには“装甲を張り替えるしかない”のだ!」丸裸の状態のザンサイバーを 指差し、嘲笑する。「ザンサイバー・ブラッド、まさに破導獣に対する 切り札! だが切り札は、相手を選び最高の好機で仕掛けるものよ! 使い どころを誤った切り札など、愚の骨頂!」
 弦 「…好き勝手抜かしやがって」

 舌打ちしつつ、唸る弦。その間にも、四方上下周囲を取り囲んだ敵機の群れが、 背からペネトレーターを一斉に抜く。あの長槍の前では、二次元絶対シールドと いえど役には立たない。

弦・M「武器はクロスカリバー1本、ブースターもねえからスピードで逃げる ことも出来ねえ。主砲…は撃つのに時間がかかるからこの際計算外かよ」

 弦、覚悟を決め、操縦桿を握り締める。クロスカリバーを構えなおす、 丸裸同然のザンサイバー。一斉にかかれ、との号令を発するべく、右腕を高く 掲げるリーダー格の〈邪獣骸〉。

 弦 「腕の一本ぐらい、くれてやるつもりでやるっきゃねえか――」

 リーダー格の〈邪獣骸〉が、その振りかざした手をさっと降ろした。怒号、 哄笑を上げ、一斉に襲い掛かってくる数多の無人兵器群…! 全身の武器も 装甲も無く、手にした長剣一本にて身構え、駆け出そうとするザンサイバー。
 刹那、
 DODODODODODODO…! 無人兵器群の襲い掛かってくる方向 とはまったく別の方角から、殺到するミサイルの嵐。それが、無人兵器群の密集 する一角を強襲し、数機の機体を撃墜して隙間を作る。

邪獣骸「な…!?」
 弦 「なに!?」
遮那の声「――弦くん、無事ね」と、通信回線から響く遮那の声。「援護する わ。そこに出来た隙間から離脱しなさい」
 弦 「叶指令補!?――いまはそれっきゃねえか!」

 大地を蹴るザンサイバー。突然の吸収にて混乱している敵機の間を潜り抜け、 なんとか包囲を抜けようとする。させじと、その前に立ち塞がる1機の 〈邪骸怒〉。
 邪魔だ! とばかりに薙ぎ払われた聖剣の一閃が、その横幅のある機体の頭部を 一撃で叩き飛ばす。頭を失った敵機の機体を蹴り、更に上昇。そのザンサイバーの 視界、蒼空、瞬く二つの光点。
 轟――、爆音を上げ、高速で飛来してくる二つの光点。先鋭的なシルエットの 2機の高速戦闘機、シーバス・リーガルである。コクピット描写、耐Gスーツに 身を包み、各々の期待の操縦桿を握る遮那と蘭子。


 見ると、それがノーマルの機体に各々別々の新装備を施した機体であるのが 見て取れる。遮那機は機体の推力となるウルティメイトイオンエンジンの両脇に 武装バインダーを装着したもの。その武装バインダーの左には今しがた援護攻撃を 加えたミサイルランチャーが、右には、なんとも大振りな“剣”が装備 されている。
 そして遮那機に遅れて続く蘭子機は、機体両脇のエンジンそのものがまったく 別のものに換装されていた。爆発的な推進力こそ無いものの、磁気反撥 フィールドを発することにより機体に多彩な三次元機動力を与える アクセラレイトプラズマエンジンである。
 戦域に飛来し、並んだ2機がそれぞれ高速飛行しつつ機体を人型へと変形 させる。
 遮那機が、右手に自機ほどもある巨大な“剣”を手に取る。蘭子機が、 エンジンの一部となっていたパーツを両手に取った。そのブロック状のパーツが 展開、二丁の大振りな“銃”となる。
 それぞれの機体の、胸部重力デフレクターが展開。隠されていた、 “赤い獣”と“蒼い竜”をそれぞれ象った胸部センサーブロックが顔を出す。

   

   

   

 各々、異なる装備を与えられたシーバス・リーガル改。遮那の機体―― 赤い獣面、赤い大剣を携えた機体がロイ・フランメ。蘭子の機体――蒼い竜面、 二丁の大型銃を手にした機体がロイ・フォウドレ。
 赤と青、二色の武装を身に纏った2機が、ザンサイバーを追う有象無象の大群の 前に新たに立ち塞がる。


 青の機体、ロイ・フォウドレが両手の大型銃フォウドレ・フシルレズを 構えた。ザンサイバーに追いすがってくる敵機に向かい、その引鉄を引く。 DODODODODODODODO…! その銃口から高速連射される、 “稲妻の砲弾”! 砲弾となって凝縮、連射された、稲妻を纏った重力子の 弾丸がザンサイバーの後ろの敵機の群れに殺到する。不可視の砲弾がハンマーの 一撃となって敵機の装甲を強烈な衝撃で窪ませ、そこに凶暴なまでの大電圧が 叩きつけられるのだ。装甲を割られた敵機の内部に迸る稲妻、その破壊力を持ってことごとく撃墜されていく敵機。  銃身のコンデンサから余剰電力となる火花を撒き散らし、高速連射される 稲妻が迫る敵機をことごとく撃ち落す、が、その味方機を盾に砲撃を躱し、 こちらの懐に飛び込んでくる1機の敵機。
 遮那の機体、ロイ・フランメが動いた。手にした長剣フランメ・ブリセウアー を一閃させる。真っ向から両断され、四散する敵機。



 弦 「やるじゃねえか!」
遮 那「ぬか喜びしないの! 勝手に飛び出したあげく罠に嵌ってその格好、 正直決して格好よくは無いわね」
 弦 「ぐ…」
蘭 子「弦くん、ケアクエイルがここに来ています。一刻も早く合流して装甲を 装備しなおしてください」
遮 那「剣はその間預かっておくわ」
 弦 「判ったよ、畜生!」

 悪態をつき、手にした唯一の武器クロスカリバーをロイ・フランメに 押し付ける。追いすがる敵を二人に任せ、撤退する弦。上昇、雲海へと出る ザンサイバー。その雲海の中、飛来してくる翼長300メートルの巨大飛行要塞 ケアクエイル。その機体に並んで飛んでいる魔王骸。

黒 鬼「斬馬 弦、なんとも情けない姿で戻ってきたか」
 弦 「ほっとけ!」
黒 鬼「ケアクエイルの後ろから入れ。急いで装甲を取り付けろ」

 言われるまでもない、とケアクエイルの後方に回り込むザンサイバー。 ケアクエイルの、開放されている後部ハッチから着艦コースを取る。速度を 落とし、後部ハッチから要塞内に帰還、そのボディを大型のアームが掴まえる。
 素体状態のザンサイバーを掴んだアームが、そのまま機体を要塞の奥へと 移動させる。その間、移動進路内に用意されていたザンサイバー用の交換装甲が 小型マニピュレーターによって、機体に徐々に貼り付けられていく。 ケアクエイル内にて、ザンサイバーがついに元の蒼い装甲すべてを取り戻した 状態となる。
 雲海を行くケアクエイルの発進口が開く。

黒 鬼「我々は先に〈亀甲船〉を片付ける」
 弦 「俺は、あの増殖三バカの群れを駆除してから行く!」
黒 鬼「一緒に来い、と言って素直に従う貴様ではないか」

 開いたケアクエイルの発進口より緊急発進、再び戦場へと飛び出す ザンサイバー。雲海の下への戦場へと、超高速で帰還する。雲を突き抜け、 遮那と蘭子、二人の機体が果敢に無人兵器群と戦っているそのすぐ上空へと戻る。

 弦 「うおりゃあっ!」

 戦場へ躍り出るザンサイバー。両手の甲の鋼爪パイルドスマッシャーを伸ばし、 手始めとばかり手近な敵機を2機、その胸板を打ち貫く。鋼爪が背から突き抜け、 その傷口から火花を散らし爆砕する2機。オオーン! ザンサイバーの 胸部獣面が、群れを成す敵機を威嚇するよう吼える。
 その青い破導獣の出現に、怯む様子を見せる無人兵器群。

邪獣骸「お、恐れるな! 奴の得物は所詮刃物のみ、頭部主砲とて使わせ なければ無力!」群れのリーダー格の機体が喚く。「数で押さえつければ どうということは無い、殺ってしまえ!」
 弦 「言っただろうが。今さらザンサイバーを、頭数で潰せるかってよ!」


 ザンサイバーの、両腰の箱状パーツ、その蓋部分が開放された。それは 時実博士の新設計にて新たに設けられたウェポンコンテナとなっている。 そのコンテナに、それぞれ収められている、対となった2丁の大型拳銃。

   

 腰のコンテナからそれぞれの銃を取った。一見左右ともまったく同形の 自動拳銃だが、右手に取られた銃の銃身には金色の稲妻が、左手に取られた 銃身には飛び散る血飛沫のごとき紅の紋様がそれぞれ施されている。
 左の赤い紋様の銃はエクスバレル(トゥラジディー・オブ・エックス)、 右の金の紋様の銃はワイバレル(トゥラジディー・オブ・ワイ)とそれぞれ 銘打たれている。この二丁の銃の総称が、ザンサイバーの新兵装“十字砲火 (バスター・クロス)”である。




 新たに群がってくる敵の一角に、左手のエクスバレルを向けた。引鉄を 引き絞る。GAOM! 銃後方のボルトがブローバック、配莢口から吐き出される 空薬莢。銃を持った手に走る強烈な反動、次元波動の青白い電光の尾を引く 無数の散弾が、群がってくる敵機に撃ち放たれる!
 BABABABABABABABA…! 次元波動のエネルギーを帯びた 散弾が、群がる敵を引き裂くばかりでなく、その一発一発がミサイル並みの 爆発力を持って無数の爆発を引き起こし、空の一角を紅蓮の大火に染める。

邪獣骸「何と!?」

 更に、右手のワイバレルを撃つザンサイバー。こちらの弾奏に詰まっている のは散弾ではなく徹甲弾だ。ただし、これも次元波動を大口径の弾丸が纏い、 その発射の様は銃口が猛烈な青白い炎を吐き出すかのようである。敵機の群れの 中を一直線に貫いていく青白い火線。そして、その銃弾の走り抜ける衝撃波の 煽りを受けて、弾丸の軌道上にいた敵機が直撃を受けないまでもことごとく 五体を引き千切られ爆砕していく。

 弦 「手前らのバカにした、対破導獣用の武器がこれよ! もともと 二次元絶対シールドをブチ破るためのテッポーだけどよ、そんなもん 持ってねえ手前らにゃはるかに効果テキメンってな!」嬉々と唸る弦。 「ただいま店内フィーバータイムとなっております! 出ダマ出放題、 出血大サービスで喰らいな!」

 更に両翼から迫る敵機の群れに向かい、両の銃を撃つ。 轟轟轟轟轟轟轟轟轟――! 飛び散る散弾が、一直線に貫く銃弾が、それぞれの 一撃で多くの敵機を地獄の業火に包み屠っていくその様はまさに“十字砲火”。
 気が付けば、残る敵機はもはや数えられる程度。しかし一方のザンサイバーも、 銃を持つ両腕の各関節部から火花と薄い白煙が上がっている。

 弦 「だからこいつ、あんまりサービスして使えねえんだよな…」

 その威力と引き換えに、腕に破滅的な負荷をもたらす武器なのだ。警告灯が 点滅し、アラームが悲鳴を上げるコクピット内にて呻く弦。

邪獣骸「おのれザンサイバー、だが我等とて無駄には死せず! ――〈邪骸怒〉、 噴岩強爆!」リーダー格の〈邪獣骸〉の号令の元、わずかに生き残った重装型の 機体〈邪骸怒〉が前に出る。「――天罰降臨!」
邪骸怒「――ウォォォォォォォォォッッッ!!」

 元来不言であった斑人三郎のパーソナリティーを受け継いだ〈邪骸怒〉達が、 一斉に重々しい遠吠えを上げた。そして、背負った2基の、巨大な円筒形の ブースターが本体から切り離され、宙へと向かって放たれる。

遮 那「大型ミサイル!?」

 だが、その放たれた大型ミサイル群は、ザンサイバーら3機のはるか頭上を 越え、雲の彼方へと上昇していく。

遮 那「長距離弾…あの方向…しまった!」敵の狙いを悟る遮那。「奴らの 狙いはケアクエイルよ!」
邪獣骸「気付くのが遅かったな!」

 〈邪獣骸〉が哄笑する。その機体の顔面に、ザンサイバーの膝のグラインド・ バンカーが炸裂した。首から上を失い、落下していく〈邪獣骸〉。

遮 那「追いかけて撃墜する! 弦くん、ブーステッド!」
蘭 子「こちらに残った敵は私が引き受けます」
 弦 「またあんたと組むのかよ…」舌打ちする。「しゃあねえ、行くぜ!」

 残る敵機に向けて銃を乱射するロイ・フォウドレをその場に残し、放たれた ミサイル郡を追って飛翔するザンサイバーとロイ・フランメ。背のブースターを 全開に飛ぶザンサイバー。一方、ロイ・フランメも戦闘機形態に変形、その 爆発的な推力をもってザンサイバーに追いつき、機体を上下反転させる。
 刹那、長大な機首部を前方に高速発射するロイ・フランメ。その放たれた機首 と本体の間の軌道に入るザンサイバー。ロイ・フランメのパーツがレーザー 誘導にて再び接近、ザンサイバーを挟み込む形で、合体…完了する。


 轟! ザンサイバーの背に接続されたロイ・フランメ本体の、両翼の ウルティメイトイオンエンジンが咆えた。元々のエンジンの推力に、 ザンサイバーの慣性制御能力が重なり、空気抵抗激しい外見に反して合体前 以上のスピードを発揮する。
 これぞ、ザンサイバーとシーバス・リーガルの高速空戦合体形態。その名は ブーステッド・ザンサイバー。
 猛速でミサイル群を追尾するブーステッド・ザンサイバー。コクピット内の 弦と遮那の表情が、激しいGに歪む。
 やがて、雲海から降下しているケアクエイルと、それに迫るミサイル群とが 視界に入った。更に加速、ミサイル群の真下につく。
 ザンサイバーの額の、赤いセイフティーパーツが開いた。額に渦巻く エネルギーの流動…主砲発射! 大きく空に膨れ上がり、放たれた閃光が一撃で 大型ミサイル群ほぼすべてを撃墜する。ザンサイバーの頭部主砲、 エヴァパレート・インフェルノだ。
 が、その宙に膨れ上がった爆炎の中を、一発の大型ミサイルが無傷で すり抜けた。

遮 那「しまった!」

 呻く遮那。ケアクエイルに迫る残った一発のミサイル。刹那、
 斬! そのミサイルが、宙空にて突如三つに切断された。高速回転しつつ 飛来した二枚の刃が、ミサイルを切り裂いたのだ。
 標的に届くことなく、爆発するミサイル。そして、戻る高速回転する刃―― 黒刃シャドウエッジをキャッチする、ケアクエイルの傍らを飛ぶ魔王骸。

遮 那「黒鬼殿…」
黒 鬼「何をしている、斬馬 弦、叶!」安堵する二人を、叱咤するかの黒鬼の 声。「本来の目標は、今、真下にいるぞ」

 黒鬼の言うとおり、既に真下には、緑の密林を轢き潰し前進する全長200 メートルの移動要塞〈亀甲船〉が!
 亀甲船の各部のハッチが開き、続々と顔を出す、大振な粒子ビーム砲台群。

邪獣骸「我等が分身たちの屍の山を築き――ここまで来たか、ザンサイバー!」 1機の〈邪獣骸〉が要塞の頂上に立ち、上空の魔王骸とブーステッド・ ザンサイバーに対し叫ぶ。「だがそれもここまで! この要塞、貴様ごときの 好きには出来ぬぞ!」
 弦 「しゃらくせえ!」

 再び、頭部主砲を撃つザンサイバー。だが放たれた爆流が〈亀甲船〉の 直上にて分散、分散したエネルギーが〈亀甲船〉の周囲で爆炎を巻上げるものの、 肝心の要塞には傷ひとつ付けられない。

 弦 「こんなんありかよ!?」
遮 那「ごく単純な…対エネルギー障壁フィールド。よくやる」〈亀甲船〉を アナライズしたデータを、遮那が解析する。「あの要塞、全体が巨大な ジェネレーターになってる。直径数百メートル単位のジェネレーターが、 ザンサイバーの主砲を防ぐほどの力場を形成したか…」
 弦 「感心してる場合かよ! 要するに…主砲撃つんじゃなくて、直接ブチ 当たりゃいいんだろ!」

 と、そこへ対空砲火として放たれてくる、〈亀甲船〉各部の大型粒子ビーム砲。 その一撃一撃が、エヴァパレート・インフェルノの爆流並みに膨れ上がった威力 をもって放たれてくる。これでは要塞に取り付き、直接刃を突き立てることも 出来ない。

 弦 「くそっ、またテッポーでぶっとばすっきゃ…」
遮 那「やめなさい。腕の構造が撃ちすぎでギチギチよ」カットイン。 ザンサイバーの腕、アップ。いまだ間接から、火花と薄い白煙が上がっている。 「今度撃ったら間違いなく腕が吹っ飛ぶわね」
 弦 「打つ手なしかよ、畜生!」

 次々と撃ち放たれてくる〈亀甲船〉からの攻撃を回避しつつ、唸る弦。

遮 那「あるでしょう。攻撃力のみに特化した、真っ赤な諸刃の刃が―― 分離するわ。SIDE-Bに“反転”して」
 弦 「あいつら相手に、SIDE-Bじゃ通用しねえんだよ!」
遮 那「こんなときのために、この機体には用意されてるのよ。“黒破魔矢” がね」
 弦 「あれかよ…」ち、と舌打ちする。「あんたと協力して使う武器は、 気に喰わねえんだがよ!」

 分離するザンサイバーとロイ・フランメ。離れたロイ・フランメが人型に 変形する間、ザンサイバーも再び両拳をぶつけ合わせ、炎と稲妻を噴き上げて ザンサイバー・ブラッドへと反転する。
 ロイ・フランメが両翼のバインダーに装着していた二振りの剣、フランメ・ ブリセウアーとクロスカリバーを取った。そのクロスカリバーを投じる。
 ロイ・フランメから返された聖剣をキャッチ、正眼にて構えるザンサイバーB。

邪獣骸「馬鹿め、この期に及んでSIDE-Bなど…何を?」

 いぶかむ要塞上の〈邪獣骸〉。ロイ・フランメが左手に掲げた大剣が。縦に 真二つに割れたのだ。剣柄の部分を支点に、大きく展開される分割された剣。 その左手に持たれ大きく開いた様は、まるで弓矢の如し。そしてその“弓” の中心には、まさに“矢”のごしき弾頭が姿を現している。
 “弓矢”を構えたロイ・フランメの、右手が剣柄の尻を握った。その剣柄に 縮められた重力ボルトを、まさに弓矢に番えられた“矢尻”として大きく引く。 その様、まさに弓矢を構えた武者のごとく。
 これぞフランメ・ブリセウアーの射撃モード、ブリセウアー・アーク。


遮 那「あの扇一矢射させ給はせるべく候――」

 口上と共に、ロイ・フランメの右手が重力ボルトの矢尻を放った。 轟――! ブリセウアー・アークに番えられた矢、“黒破魔矢”が重力衝撃を 受け、爆音を上げて放たれる。
 対空砲火となる爆流を掻い潜り、超高速で飛ぶ放たれた“黒破魔矢”。ついに、 その矢が地上を往く要塞の外面に突き刺さった。しかも、突き刺さった瞬間 矢尻より内蔵されたロケット・ブースターを点火、そのまま要塞の内部へと 潜り込み、突き進んでいく。

邪獣骸「馬鹿め、今さら矢一本で何を――これは?」足元の、要塞内部の異常に 気付く〈邪獣骸〉。〈亀甲船〉が、本来ありえないエネルギーの脈動を発して いるのだ。「次元…波動!?」

 〈亀甲船〉内カット、要塞内の、直径数百メートルという巨大な ジェネレーターに突き刺さり制止している“黒破魔矢”。その矢の先端部分が 開き、隠された、“黒破魔矢”の中枢部分が顕になっている。
 カットバック。前々話、各地の戦場にてシーバス・リーガルが破導獣軍団の 残骸から集めている…擬似ブラック・スフィア――。

邪獣骸「ブラック・スフィアを…撃ちこんだだと!?」
 弦 「うおりゃあああああっ――!!」

 弦の叫びと共に、ザンサイバーBが手にした聖剣を真横に払った。〈亀甲船〉 の両舷から、装甲を突き破って噴出す閃光。要塞内に迸る破滅的なまでの プラズマの奔流。
 更に、聖剣を縦一文字に振り下ろす。〈亀甲船〉の前後から、要塞内部を 完全に焼き尽くして噴き出す火柱。
 クルセイド・コンヴィクション。X軸に稲妻、Y軸に炎と、二つの威力を 十文字に重ね敵を爆砕するザンサイバーBの必殺技。
 大地に巨大な十字を描き、文字通り“四散”する、全長200メートルの 大移動要塞。


○上空、破導獣軍団母艦、烈華翁
 烈華翁内、その機関室。機械音が重々しく響く広大な室内、その中心に 発動機と見られる巨大な円筒状の機関部が据えられ、その周囲をドーナツ状に、 横に寝かせられた無数のシリンダー状のパーツが渦巻いている。その内壁の 一角、人ひとりギリギリ通れるかという幅のダクト口、その格子戸が内側から がくがくと揺さぶられ、外れて床に落ちる。
 その中から、埃と油に汚れた上半身を引っ張り出す時実博士。

時 実「…年甲斐もないことをしたものだな」
 声 「ご壮健なのは決して恥ではない、若い者はむしろ敬い、そして憧れる べきことですよ」

 その時実博士の側頭部に、待ち構えていた、とばかりの銃口が突きつけられる。

時 実「…案内されていなかったから潜り込んできたのに、待っていたなら 戸を開けてほしかったものだが」待ち構えていた、皇 黄金の薄く笑った顔を 見上げ、困った表情となる。「すまないが、肩を貸してもらえるかね。片足が 不自由な身には結構辛い運動だったのでね」
黄 金「まあ、まずは歓迎しますよ、時実博士」銃を降ろし、にこやかに、 その時実博士へと片手を伸ばす。「ようこそ。――貴方が最も来たがっていた 場所、ブラック・ファイアプレイスへ」

○ケアクエイル内、格納庫
 格納庫内に戻ったザンサイバーの整備作業が慌しく進められている中、同じく 格納庫内に収容された自機、ロイ・フランメから降りる遮那。そして視線の隅に、 格納庫内の壁際の一角にて、蘭子を問い詰めている弦の姿を捉える。

 弦 「いいかげん物事ハッキリ白黒つけとこうじゃねえかよ、え?」

 再び、蘭子を壁際に追い詰める形で、彼女を詰問している弦。そんな弦に、 冷ややかな視線を向けている蘭子。

遮 那「やめなさい、弦くん」その場に割って入る遮那。「何を問い詰めたいのか 想像は付くけど、女を脅そうなんて態度は下劣よ」
 弦 「下劣でもなんでも構いやしねえさ。いい加減自分が何のために 戦ってんのか、それがはっきりしねえのは我慢ならねえ」遮那に振り向きも しない弦。「俺は、死んだと思った昴が生きてるという、こいつの言葉を 聞いて戦場に戻った。でもその肝心の昴がどこでどうしてるなんて毎度毎度 のらりくらりと話ズラしやがって。昴がどうしてるって判らねえまま死ぬ つもりもねえし、かといって実は俺をコキ使うためにウソ八百並べ立ててた なんて抜かされたら、今回みてえに死にかけた目に遭ってよぉ…たまった もんじゃねえ!」
蘭 子「昴さんの所在を答えることは、出来ません」淡々と、応じる蘭子。 「でも、彼女は間違いなく生きています」

○烈華翁中枢、ブラック・ファイアプレイス
黄 金「いかがですか。我等が破導獣軍団に命の火を灯す、ブラック・ ファイアプレイスを目の当たりにされた感想は?」
時 実「一見には、何の変哲もない大型の動力機関に見えるがね」

 ブラック・ファイアプレイスの制御コンソールに付き、そのシステム 類を解析している時実博士の後ろで、黄金がそれを阻むこともなく微笑んでいる。

時 実「だが、ただの動力機関で“進化の刻印”なくして起動しえない 擬似ブラック・スフィアを動かすことは不可能――しかし君が、ここまで私の 行動を容認するとは意外なのだが」ちら、と黄金のほうを振り向く。 「皇 黄金。その名はリストの中にあった――君もまた、西皇48人の子の ひとりだったな」
黄 金「だが、三枝博士と違い、勝ち残る者の恩恵を得ることは叶わない」 肩をすくめる、オーバーなリアクション。「僕は死んだ。その時点でもうの 僕にはその資格はないのだから」
時 実「そうだな。少なくとも私は、君が一度死ぬのを見た」カットバック、 前話、ザンサイバーBの前に敗れる、ダンサイバーに乗っていた黄金。 「だが君は、変わらず小織くんの片腕として働いている。私が言うべき 言葉ではないが…理には合わない」
黄 金「僕は、かつて自分の47人の兄弟すべての上に立つこと叶わずして 死んだ」回想カット。驚愕の表情の、制服姿の小織の目前、背後から撃たれる やはり学生服姿の若い黄金。「そしてこうして、三枝博士のために 死に続けている。何度も、何度も――」
時 実「そうか――そういうことか」ふう、とコンソールパネルから手を離す 時実。「もう、この機械の正体を知るまでもない。私には判る。彼女も、君も、 そしてこの機械もまた、ブラック・スフィアの狂った理に取り込まれたもの なのだとな」
黄 金「だからこそ、僕もこの理を覆す」時実博士の隣に歩み寄り、 コンソール上のひとつのスイッチを叩く。「僕はもう、この狂った輪廻にこれ 以上付き合うのはごめんだ。あなたが彼女を止めに来たというなら、 貴方にもまたこれを見てもらう。彼女の狂気をその目で確かめるがいい――」

 ブラック・ファイアプレイスの機関中心を取り巻く、並んだ無数の シリンダー状のパーツ、それらの“蓋”の部分に一斉に隙間が生じ、水蒸気が噴き出す。たちまち室内を満たしていく白い霧。 そして、シリンダーすべての“蓋”が、ゆっくりと開放されていく。 遂に顕になる、ブラック・ファイアプレイスの全貌――。

○ケアクエイル
蘭 子「彼女は、“確実に、生きています”」

 その、自信に溢れた彼女の言葉に、一瞬呆気に取られた顔になる弦。

蘭 子「言ったとおり、私には今、彼女の所在は判りません。だけど斬馬 昴 さんはは間違いなく生きている。こうして私が、生きて、君と共に戦い続けて いることがその証明」ふと、表情を伏せる。「私は――“私たち”は、彼女 なくては存在できない生命だから」
弦 「お前、一体…」
黒 鬼「月島蘭子――もうこの男に、教えてやっても良かろう」

 その場に、音もなく現われる黒鬼。

 弦 「黒鬼…」
黒 鬼「ブラック・スフィアの狂いし理、すべてそれに取り込まれたのだ。 貴様も、その娘も、そしてこの俺自身も…」
蘭 子「……」

 蘭子が、自らの顔の縁に手をやる。目を剥く弦。蘭子の、その“本来の顔” の上に張り付いていたゴム製の皮膚が、彼女自らの手によって捲られ、 剥がされていく。
 そこから現われた顔は…。

○烈華翁
 時実と黄金の目前、顕になるブラック・ファイアプレイスの正体――。
 その内部を開放された、室内を無数に並ぶシリンダー。その1本1本の中に ――横たわっている――全身の体毛を一切剃られた、しなやかな少女の肢体 ――その肉体のあらゆる部分に無残な傷が刻まれ、そこにパイプ類や、コード、 電極などが無理矢理シリンダー内壁の機器類と少女達の肉体を機械的に 繋いでいるのだ。
 そして、シリンダーの1本。少女の顔を薄く隠した霧が流れ、その顔が顕に なっていく。その顔は…。

○ケアクエイル
 蘭子の手に、今まで自分の“本当の顔”を隠していたゴム製の皮膚が 握られている。目の当たりにした、蘭子の本来の顔に、動揺を隠せない弦。
 回想カットバック。いつも、自身の前で明るく笑っていた蘭子。初めての 出会いと、強制的に付き合わされたデート。“十字の檻”攻略戦前夜、 彼女に弱音を打ち明ける自身。そして“十字の檻”内、対峙した昴の訴えに、 悟ったような笑みを見せる。今と、同じように、昴の前で、自分の顔に手を掛け “変装を解いていく”。

 弦 「お前…」

 それだけのひと言を、呻く弦。今、目の前にある蘭子本来の顔――、

○烈華翁
時 実「…小織くんは、気付いてないだろうね…」顕になった、シリンダーの 中の切り刻まれた少女達の顔に、噛み締めるように告げる。「…この彼女達が、 擬似ブラック・スフィアを動かせることが…昴くんがまだどこかで生きている、 その証明であることを――」

 居並ぶ、シリンダーの中の少女達の顔――、

○ケアクエイル
 弦の脳裏を、あの、一番思い出したくない光景が駆け抜ける。“十字の檻” 施設頂上、三枝に、側頭部に突きつけられた銃を撃たれ、頭から血を流して 堕ちていく。その寸前に見せた、何かをあきらめたかのような乾いた笑顔。
 その顔と――同じ顔が――目の前にあった――。

 ブラック・ファイアプレイスのシリンダー群の中と、
 たった今、弦の目前に、

 昴の顔が――。

(「Destruction13」へ続く)




   




   






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